上 下
29 / 32
英雄への産声

第28話 模擬戦

しおりを挟む
 エファリカの誘いを腕組みしたまま検討もせずに即断で断ったディアナ。
 エファリカは少々驚いたものの、長く生きた中で様々な人間がいる事を知っている。
 だから表情には一切出さず、冷静に疑問と忠告を口にした。

「その少年を?もしも私が連れて行くのを許したとして、その少年は確実に命を落とすだろう。連れて行かない方が少年の為だと思うが?」

 エファリカからすれば小さくてガリガリで弱弱しいマルコはどう見たって足手纏いにしか見えない。
 常識的に見て良かれと思っての発言だったのだが、ディアナはそれが気に食わなかった様で、あからさまに不機嫌な表情を浮かべた。
 それがエファリカには理解出来ない。

 この少年にはディアナがそれほど拘る様な秘密があるのだろうか?
 いや、長年生きて来たがこれ程までに弱弱しい人間は見た事が無い。
 あるとすれば生まれたばかりの幼子か衰弱して死に掛けている人間だが、マルコにはそれに近い儚さを感じる。

 エファリカには理解が出来ない。

 あるとすれば、生命力に溢れるディアナの庇護欲が弱弱しいマルコを守ろうとしているのか。
 それにしたって魔物が大挙して押し寄せる戦場に連れて行きたいと思うだろうか?
 いいや、常識的に考えればありえない。

 エファリカには理解が出来ない。

 エファリカが思考を巡らせていると、ドミニクから思い掛けない提案があった。
 いや、ドミニクは最初からその展開を考えていたのだろう。

「エファリカは無駄死にする様な足手纏いを連れて行きたくない。ディアナはマルコを連れて行きたい。そういう事だな?」

「別に足手纏いとまでは言っていないが、そうだな」

「そうね」

「だったらエファリカがマルコと模擬戦をして連れて行くかを決めれば良い。マルコもディアナを一人で行かせる気はないんだろう?」

「はい」

「だったら自分の価値を示せ。不老の英雄様と戦える機会なんてそうはないぞ」

「わかりました」

 マルコは納得した様子で了承する。
 模擬戦とはいえエファリカと戦うというのに、まるで勝てる確信があると思っているかの様に首を縦に振った。

「ディアナもそれで良いな?もしもマルコが価値を示せなかったら、マルコを置いていってエファリカと戦う」

「ええ。良いわよ」

 ディアナは明らかに自信満々といった感じで、マルコを信じ切っている。

「エファリカもそれで良いか?ディアナを納得させるにはこれしかないが」

「まあ、良いでしょう」

 本当であれば、そんな余興をしなくてもエファリカにはディアナを連れて行く方法はある。
 例えば今回の戦いに参加しなければ冒険者としての資格を永久に停止するとでも脅してやれば、生活の掛かっている冒険者は参加をせざるを得ない。
 過去にはそういった方法で冒険者を動員したケースもあった。
 エファリカはそれが出来るだけの力を持っているが、出来るならば自分の意志で参加させたいし、納得した上で戦った方がディアナも実力を発揮出来る。
 どうせすぐに終わる余興でディアナが納得出来るのならばと、エファリカはドミニクの提案を受け入れた。

「模擬戦は訓練場でしょう?あたしはマルコを送り届けたら一っ走りしてくるから、あたしが着くまで待っててくれる?」

「ん?ああ。まあ、わかった」

 少し待っていて欲しいというディアナにドミニクが許可を出して、執務室にいる面々はギルドに併設してある訓練場へと移動した。

 冒険者ギルドの裏手にある訓練場は、約30m四方で地面は土になっている。
 訓練場には数名の冒険者がたむろしていたが、ドミニクは彼らを追い出して模擬戦が終わるまで立ち入り禁止にした。
 何だ何だと外から様子を窺う冒険者も散らして、窓は暗幕を掛けて隠す。
 どうやらドミニクは模擬戦を誰にも見せる気は無いらしい。

 ディアナはマルコを置いてから猛烈な速度で駆け出した。
 数分後、戻って来たディアナが肩に担いでいたのは、鍛冶屋のガントだった。

「おい!こんな所に連れて来て何だってんだよ!」

「だから、マルコが戦ってるのを見られるって言ってんの!」

「別に興味ねぇよそんなの!まぁ、見ろって言われりゃ見るけどよ」

 ディアナが地面に下ろすと、ガントはどっかりと胡坐をかいて座った。

「おやっさんを連れて来たのかよ。準備が出来たなら、さっさと始めるぜ。俺も書類仕事が溜まってるんだよ」

「それはいつもじゃん」

「今日は特別溜まってるんだよ!」

「あはは」

 一人待ちぼうけを食らっているエファリカを除いてリラックスした雰囲気が流れる。
 ディアナは手を繋いでマルコを訓練場の中央へと連れて行った。
 エファリカは既にマルコの向かいで訓練場に常備されている木剣を持っている。
 どうやら自分の得物を使うつもりはないらしい。

「少年は東刀を使うのかな?それならば東刀を使ってくれて構わない。こちらの攻撃は寸止めにするから安心してくれ。勝敗はどちらかが降参するか、立てなくなった方の負けで良いかな?」

「問題ありません」

 エファリカがルールを決めて、マルコはそれを了承した。
 審判はドミニクが行う。

「マルコ、いつも通りに」

「うん。ありがとうディアナ」

 鞘から抜いた刀を渡して、ディアナはガントがいる入口の前まで移動した。
 片手で軽々と木剣を構えるエファリカに対し、刀が重くて切っ先を地面に置いているマルコの構図が、傍から見るととてもシュールである。

「それでは両者準備は良いか?」

 どう見てもマルコの方は良く無さそうだが、お互いに頷いて応える。
 緊迫感はあまり無いが、マルコの表情は引き締まっている。

「ガントのおじさん。瞬きしたら見逃すからね」

「あ?そりゃ勝負は一瞬で付くだろうよ」

 ガントはマルコが一瞬で負けるのだろうと疑わずに言った。
 それと同様に勝利を疑っていないのはエファリカだろう。

 模擬戦開始を前に、ロウも良い子でお座りをしている。
 そしてミルナは鞄の中で寝ている。

 ドミニクが右手を上げ、その手を勢い良く下ろして模擬戦が始まる。

「始め!」

 開始の合図と共に、エファリカの目が獲物を狩る強者の目に変わった。
 マルコとエファリカの距離は約10m。

「悪いが一瞬で決めさせて貰う」

 そう口にして一気に距離を詰めに掛かったエファリカ。
 勝負は本当に一瞬で決まった。

 距離を詰めて突きを狙ったエファリカに対し、マルコはその場から動かない。

 何を狙っているのか。あるとすれば魔法か。
 いや、何も狙ってはいないだろう。あの細い体では攻撃に反応する事すら出来ない。

 エファリカはマルコを観察して思考する。
 何も出来ない相手に対しても油断はしない。
 長い時を生きたエルフは、油断をして圧倒的な格下相手に命を落とした強者を沢山目にして来たからだ。

 エファリカには少しの油断も無かった。
 ただマルコがエファリカが高く想定した天井よりも何倍も早く動き、エファリカの反応速度を超える速さで刃を首筋に当てただけだ。

 エファリカが大きく1歩距離を詰めた所でマルコの【大番狂わせジャイアントキリング】が発動。
 地面を蹴って一気に距離を詰め、致死線デッドリーラインをなぞって刀を振った。
 どうにか寸止めしたつもりだったのだが、目測を謝ったのかエファリカの美しい白肌が僅かに切れて、滲んだ血が垂れている。

「参った。私の負けだ」

 まさかの負けに目を見開いて負けを認めたエファリカは、一瞬だけ悔しさを滲ませてから笑いだした。
 その瞬間、マルコの【大番狂わせ】は切れて、マルコは必死で刀を地面に下ろした。
 マルコには刀が重過ぎて手がプルプルと震え、余程堪えたのか肩で息をしている。

「ふっ…ふふっ…はっはっは!なるほどな!それを持っている人間が現代に現れたのか!」

 楽しそうに、愉快そうに、エファリカは笑う。
 まるでマルコの力の秘密に心当たりがあるかの様に。

 マルコは寸止めが上手く出来ずに傷付けてしまった事を謝罪したが、エファリカは気にする必要は無いと言った。

「これは作戦の練り直しが必要だな。君はディアナ君と一緒に連れて行く。嫌だと言っても何としても連れて行くからな。ギルドマスター。執務室を貸してくれ。もう一度彼らと話をしたい」

「はいはい。それじゃあ先に行ってんぞ」

 エファリカはドミニクを連れて訓練場を出て行った。
 マルコ達を残したのは、どうやらマルコに用がありそうなドワーフがいたからだ。

 ガントはマルコとエファリカの戦いを見て、わなわなと身を震わせていた。

「マジか…マジか…お前マジか!本当に瞬きしてたら見逃す所だったぜ…。おいマルコ!今までの非礼を詫びる!お前はとんでもない奴だった!お前の動きは目に焼き付けた!いや、あんなもん忘れられるかよ!お前の刀は俺が打ってやる!いや、俺に打たせろ!今日から忙しくなるぜ!」

 ガントは言いたい事だけ言い切って訓練場を去った。
 あの様子ならば、然程時間も掛からずにマルコの刀は出来上がるだろう。

「あはは。ガントさんが刀を打ってくれるなら有難いね」

「あのおっさん、腕は良いものね。そんな事よりも!不老の英雄に勝っちゃうなんて流石はマルコよ!最高に格好良かったわよ!」

「あはは。ありがとう。ディアナがお膳立てしてくれたお陰だよ。さあ、お二人を待たせても悪いし、執務室に戻ろう。ロウも大人しくしてて偉かったね」

「アンアン!」

 小さな剣は、いつものほんわかとした雰囲気で会話をしながらギルドへと戻った。

 ミルナは未だ鞄の中で眠っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放もの悪役勇者に転生したんだけど、パーティの荷物持ちが雑魚すぎるから追放したい。ざまぁフラグは勘違いした主人公補正で無自覚回避します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ざまぁフラグなんて知りません!勘違いした勇者の無双冒険譚  ごく一般的なサラリーマンである主人公は、ある日、異世界に転生してしまう。  しかし、転生したのは「パーティー追放もの」の小説の世界。  なんと、追放して【ざまぁされる予定】の、【悪役勇者】に転生してしまったのだった!  このままだと、ざまぁされてしまうが――とはならず。  なんと主人公は、最近のWeb小説をあまり読んでおらず……。  自分のことを、「勇者なんだから、当然主人公だろ?」と、勝手に主人公だと勘違いしてしまったのだった!  本来の主人公である【荷物持ち】を追放してしまう勇者。  しかし、自分のことを主人公だと信じて疑わない彼は、無自覚に、主人公ムーブで【ざまぁフラグを回避】していくのであった。  本来の主人公が出会うはずだったヒロインと、先に出会ってしまい……。  本来は主人公が覚醒するはずだった【真の勇者の力】にも目覚めてしまい……。  思い込みの力で、主人公補正を自分のものにしていく勇者!  ざまぁフラグなんて知りません!  これは、自分のことを主人公だと信じて疑わない、勘違いした勇者の無双冒険譚。 ・本来の主人公は荷物持ち ・主人公は追放する側の勇者に転生 ・ざまぁフラグを無自覚回避して無双するお話です ・パーティー追放ものの逆側の話 ※カクヨム、ハーメルンにて掲載

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

恵麗奈お嬢様のあやかし退治

刻芦葉
キャラ文芸
一般的な生活を送る美憂と、世界でも有名な鳳凰院グループのお嬢様である恵麗奈。  普通なら交わることのなかった二人は、人ならざる者から人を守る『退魔衆』で、命を預け合うパートナーとなった。  二人にある共通点は一つだけ。その身に大きな呪いを受けていること。  黒を煮詰めたような闇に呪われた美憂と、真夜中に浮かぶ太陽に呪われた恵麗奈は、命がけで妖怪との戦いを繰り広げていく。  第6回キャラ文芸大賞に参加してます。よろしくお願いします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

剣に願いを、両手に花を

転生新語
ファンタジー
 ヒロイン(女子高生)が異世界に転生、もしくは転移。ぼろぼろの服を着て森を彷徨(さまよ)っていた所、エルフ?の集落に保護される(耳は尖ってない)。ヒロインは記憶喪失で、髪の色からクロと呼ばれるようになる。集落は女性しか居なくて、ヒロインは集落の長(エルフみたいだから、『エルさん』とヒロインは呼んでいる)に恋をする。しかし長であるエルさんは、他の集落に攫(さら)われそうになっていて……  剣道少女が自らの剣で、愛する人を守る話です。「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿を開始しました。  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330650166900304  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5688hy/

無限の精霊コンダクター

アキナヌカ
ファンタジー
リードは兄たちから虐げられていた、それはリードが無能だったからだ。ここでいう無能とは精霊との契約が出来ない者のことをいった、リードは無能でもいいと思って十五歳になったら貴族の家を出て行くつもりだった。だがそれよりも早くリードを良く思っていないウィスタム家の人間たちは、彼を深い山の中の穴の中に突き落として捨てた。捨てられたリードにはそのおかげで前世を思い出し、また彼には信じられないことが起こっていくのだった。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

処理中です...