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英雄への産声

第9話 いざトマス村へ

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 野営などの準備が必要になる依頼は、受注した翌日に出発する場合が殆んどだ。
 依頼の日にはいつもよりも早めに宿を出る小さな剣は、今日も仲睦まじく手を繋いで冒険者ギルドにやって来た。
 朝のギルドはオイシイ依頼の争奪戦で掲示板周りが騒がしく、時には拳が飛び交い血で血を洗う争いとなる事も珍しくない。

「ふあぁ。ほんと朝から煩いわね」

「あはは。皆必死なんだよ。クロムさんは…いつもの席に座ってるね」

 ギルドを見回して、端のテーブルにクロムを発見したマルコは、眠い目を擦るディアナの手を引いてそちらに向かおうとした。
 しかし、そこへ3人組の若い冒険者パーティーが立ち塞がった。

「あんたBランクなんだってな。俺達は紅蓮の凶槍。今はまだFランクだが、すぐにAランクまで駆け上がるギルド期待の冒険者だ。こんな何の役にも立たなそうなチビとしか組めなくて可哀想だから、俺達のパーティーに入れてやるよ」

「わたくしは別にいらないと思うんだけど、ハンスがそうしたいって言うから入れてやっても良いわ」

「ちょっと…二人とも失礼だよ。一応まだ上のランクの冒険者なんだから…」

 どこにでもこういう勘違いした手合いは存在する。
 特にマルコとディアナが村を出たばかりで冒険者になりたての頃は酷かった。
 体格の良いディアナをパーティーに入れようとする勧誘は後を絶たなかったし、その度にマルコを侮辱する言葉やマルコに弱みを握られていて逆らえないんだろうという勘違いした発言が見られた。
 その度にディアナは拳でもって相手を黙らせ、マルコを侮辱した謝罪をさせて来たのだった。

 近頃はベルートホルンを拠点にしている為、ディアナがBランクである事は地元の冒険者の間で知れ渡っているし、マルコが“何だか良く分からないが、どうやらただの足手纏いではない”と認識されている。
 それでも時々こうやって勘違いした新人が絡んでくるのだが、マルコに何度も諭されて大人になったディアナは、以前の様に拳に訴えたりはしない。

 ただハンスとかいう男が差し出した手をバシンと弾いて肩に手を置き、上から見下ろして。

「話にならない。失せろ」

 と言って本気の威圧を浴びせるだけである。
 ハンスもそうだが、殆んどの冒険者はこれだけで腰を抜かす。
 ついでに女二人も威圧してから通り過ぎ、首だけで振り向いて。

「マルコへの侮辱は万死に値する。次にやったら本気で殴るから覚悟しておけ」

 これで勘違いした新人3人組は全員並んでガタガタと身を震わせた。

「暴力に訴えないのは素晴らしいよ。ディアナは優しい大人の女性だね」

「そうでしょう!あたしもいつまでも子供じゃないんだからね!」

 はははと豪快に笑うディアナを見て、いつの間にか争奪戦の手を止めて成り行きを見守っていた冒険者達は、(どこが優しい大人の女性なんだよ!)と揃って心の中でツッコミを入れたのであった。

「おはようございます。今日から数日間、よろしくお願いします」

「よろしくね」

「おう。今回の依頼に同行する掃除屋は3パーティーだ。顔見知りだろうから知ってると思うが、土魔術師がいるから処理は早い。一日半で着くペースで移動してくれて構わない」

 マルコから掃除屋のリーダー達への挨拶。クロムから簡単な説明があって、小さな剣を先頭に冒険者ギルドを出た。
 掃除屋パーティーの残りの面々は、既に街を囲む城壁の外へと出ている筈で、外で合流して同行する事になる。

 小さな剣が出て行った冒険者ギルドでは、血で血を洗う依頼争奪戦が再開され、威圧を受けた3人組は漸く立ち上がると口を開いた。

「俺達の誘いを断るなんて、絶対に許せないぞ」

「あいつらが受けた依頼の魔物を、わたくし達で倒しちゃいましょうよ」

「ええ…それなら、途中までは跡をつけて行く?」

 どうやら紅蓮の凶槍も小さな剣に着いていくつもりの様である。

 街の外。
 ベルートホルンの街は5m程の石造りの城壁に囲まれていて、貴族や大商人を除く多くの者は正門から出入りする。
 
 依頼に出る時のディアナは半袖のシャツに長ズボンと編み上げのブーツ。心臓を守る皮の胸当てをして、大き目の背嚢を背負っている。
 ベルトに下げた武器は左に幅広のロングソード、右に東刀(マルコの前世で言う日本刀のような剣)と変わった組み合わせとなっている。
 マルコは子供用の上下を着ているだけで、装備は何も着けていない。

 小さな剣は正門を潜るとディアナが空の背嚢を開けて、マルコは背嚢に足を通した。
 背嚢に足を通すとはおかしな表現だが間違いでは無い。
 底に二つ穴を開けた背嚢にマルコが足を通し、それをディアナが背負う形で小さな剣は移動するのだ。
 二人の体の大きさの違いから、まるで子育てをする母親と赤子に見えるが、実際は同い年の15歳である。

「ぷくくっ…何だあれ。ダセェ」

 なんて声が耳に届いても反応する事は無い。
 これが小さな剣が3年間で辿り着いた、もっとも最適な形なのだから。

 掃除屋の準備が出来たのを確認すると、ディアナはトマス村へ向けて出発する。
 普通は多少遠回りになっても街道沿いを移動するのだが、マルコの頭に周辺地図が入っているので森を突っ切って最短距離での移動となる。
 途中出くわした魔物はディアナがロングソードで瞬殺して、多少ペースを落としている間に掃除屋が解体。死体を埋めて処理を行う。
 小さな剣とクロムを含めた掃除屋集団は十数mの距離を取って移動していて、これは二人の冒険を邪魔されたくないというディアナの意向を反映させた形だ。

「ああいう冒険者には絶対になりたくないな。あんな情けない事するぐらいなら、おっさん達はさっさと引退すれば良いのに」

「そうよね。何で冒険者やってるのかしら。それよりもあのデカ女、歩くペース早くないかしら?」

「早いね…。私達が着いて来てるのに気付いて嫌がらせしてるのかも…」

「絶対にそうじゃんか!負けねぇぞ!」

 歩幅の広いディアナの歩く速度が早いのは、いつもの事である。
 こうして新人冒険者では着いて行くのも一苦労なペースで移動を続け、小さな剣は予定通り1日半でトマス村へと到着した。
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