上 下
9 / 32
英雄への産声

第8話 クロム

しおりを挟む
 小さな剣の二人は依頼を受けた足で、とある宿へとやって来た。
 ここは駆け出しの冒険者や稼ぎの少ない冒険者向けに冒険者ギルドが経営している宿で、部屋はかなり狭いが格安で泊まる事が出来る。
 マルコの前世で言うならば、カプセルホテルをイメージすれば良いだろうか。

 宿の一階は食堂になっていて、ギルドの酒場で余った食材で作った料理や、古くなった酒が格安で提供されている。
 マルコもディアナもこの宿を利用した事は一度も無いが、ベルートホルンに来てからはそれなりの頻度で訪れている。
 その理由は、ある冒険者の存在だ。
 マルコ達はいつも食堂の一番奥の端の席にいる無精髭の男に話掛けた。

「クロムさん、こんにちは。明日からトマス村に銀狼の討伐依頼に向かいます。討伐対象は銀狼ですけど、話を聞く限り血目銀狼の可能性があると思います」

「わかった。外れの可能性があるって事で掃除屋の手配をしておく。行きに一日半。二日目に村に泊まって帰りも一日半の予定で問題無いか?」

「その辺はクロムに任せるわよ。で、良いんでしょ?マルコ」

「あはは。うん、そうだね。明朝冒険者ギルドで顔合わせしてから出発で良いですか?」

「問題無い。それじゃあ準備に入る」

「よろしくお願いします」

「よろしくね」

 マルコとディアナは明日の打ち合わせを簡単に済ませて、宿を出た。

 今、二人が話していたクロムという名の冒険者は、小さな剣の正式なメンバーではない。
 黒髪であまり特徴の無い顔立ちをしている35歳のベテラン冒険者のクロムは、小さな剣のコーディネーターという役割を担っている。

 コーディネーターの仕事は、一つ、野営道具や依頼日数分の食料や水のなどの用意と荷運び。
 二つ、朝晩の食事の準備や不寝番など身の回りの世話。
 三つ、倒した魔物の解体と死体の処理を行う掃除屋の手配。

 他にも細々とした仕事はあるが、要するに小さな剣の雑務全般を引き受けているのがコーディネーターのクロムだ。
 この世界でコーディネーターを採用している冒険者は、恐らく小さな剣だけだろう。
 彼らがコーディネーターを雇ったのには、リオナ村のヘントからのアドバイスがあった。

 それは小さな剣がベルートホルンに移る少し前の事だった。
 マルコは定期的にリオナ村へと仕送りをしていて、仕送りと一緒に両親やヘントと手紙のやり取りをしているのだが、当時の小さな剣は幾つかの悩みを抱えていた。
 その中でも最も大きな悩みが、倒した魔物の処理に時間を取られて移動速度が下がってしまう事だった。

 冒険者は倒した魔物を解体して売れる素材は冒険者ギルドに売却するのが基本だが、全ての冒険者がそうではない。
 小さな剣の場合は特に顕著で、小鬼や狼程度ならば無視して移動を優先したいと考えていた。
 しかし、魔物の死体は他の魔物を呼び寄せ、放置されれば不死者化する事もあるので燃やすか穴を掘って埋めるかの処理が必要になる。
 当時Cランクだったディアナからすれば、今更低ランクの魔物を幾ら倒した所でランクアップの査定に影響は無いし大した稼ぎにもならないのにと不満を募らせていた。

 マルコはそんな状況を手紙に書いてヘントに相談して、返って来たのが雑務全般をやってくれる人を雇うというアイデアだった。
 マルコはそれを素晴らしいアイデアだと思ったし、ディアナも面倒なあれやこれやが無くなるのは最高だと賛成した。
 そしてベルートホルンへと移り、ギルドから紹介された人物がクロムだった。

 クロムの冒険者ランクはDだが、以前はBランク昇格目前までいったCランク冒険者だった。
 訳あってクロムの組んでいた冒険者パーティーは解消され、ランクもDへと降格。
 それ以来Dランク以下の手堅い依頼だけを10年も黙々と熟して、気付けば冒険者の中でもかなりのベテランになっていた。

 ベテランだけあって人脈が広く頭が回り、交渉などにも長けているクロムを小さな剣から相談を受けたエレーヌが最適な人物として紹介した。
 クロム自身、降格以降は戦闘系の以来を避ける傾向にあり、安全に今よりも良い報酬が貰えるならとマルコからの誘いを受諾。
 色々な要素を調整して纏めてくれる役割のコーディネーターとして、クロムには色々と頼りっぱなしのマルコである。

 クロムは昼の内に食材を揃えた。
 干し肉や干し野菜が中心だが、体の大きなディアナがかなり食べるので、ある程度は現地調達も計算に入れる。
 二人の使う野営道具は背嚢に入れて物置代わりに借りている部屋に纏めてある。
 夜になると昼の内に一声掛けておいた掃除屋のリーダー達が宿の一階に集まった。

「明日から小さな剣が依頼でトマス村に行く。本命はBランクの血目銀狼だが、空振りの場合は銀狼だな。連れて行くのは最大3組。希望するパーティーは手を上げてくれ」

 集まった5パーティーのリーダーが全員手を上げたので、前回の依頼に参加出来なかった2パーティーと、残り1パーティーはコインの裏表を当てるゲームで公平に決定した。

 掃除屋とは自分よりも高いランクの冒険者の跡をつけて、その御相伴に与る冒険者達の事である。
 これはギルドから推奨はされていないが、黙認されている行為だ。

 高ランク冒険者は、大した価値の無い魔物は放置してさっさと先に進みたい。
 対して掃除屋は放置された魔物から売れる部位だけ手早く採取して死体の処理をする。
 その冒険者にもよるが、不要な物を処理してくれる掃除屋は高ランク冒険者にも黙認されている場合が多い。
 彼らは“自分では魔物も倒せない哀れな冒険者”と揶揄される事もあるのだが、命を掛けず安全に金を稼げる仕事は貴重だ。
 故に酸いも甘いも知るベテラン冒険者は掃除屋になって稼いでいる者もそれなりにいる。

 通常の掃除屋は依頼の最後までついて来る訳では無く、自分達の都合で帰ってしまうのだが、クロムが声を掛ける掃除屋パーティーは小さな剣の依頼に最後までついて来て不寝番も行う。
 勝手について来るだけの掃除屋とは違って、しっかりとサポートもする分、金になる高価な素材も分けて貰えるのだ。
 クロムはきっちりと仕事を熟せる掃除屋と小さな剣との調整役である。

「これで準備は終わりだな。さっさと部屋に戻って寝るとするか」

 小さな剣専属のコーディネーターとして安全に儲けているクロムは、今日も淡々と準備を済ませて狭い部屋で一人眠りに就く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無限の精霊コンダクター

アキナヌカ
ファンタジー
リードは兄たちから虐げられていた、それはリードが無能だったからだ。ここでいう無能とは精霊との契約が出来ない者のことをいった、リードは無能でもいいと思って十五歳になったら貴族の家を出て行くつもりだった。だがそれよりも早くリードを良く思っていないウィスタム家の人間たちは、彼を深い山の中の穴の中に突き落として捨てた。捨てられたリードにはそのおかげで前世を思い出し、また彼には信じられないことが起こっていくのだった。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

恵麗奈お嬢様のあやかし退治

刻芦葉
キャラ文芸
一般的な生活を送る美憂と、世界でも有名な鳳凰院グループのお嬢様である恵麗奈。  普通なら交わることのなかった二人は、人ならざる者から人を守る『退魔衆』で、命を預け合うパートナーとなった。  二人にある共通点は一つだけ。その身に大きな呪いを受けていること。  黒を煮詰めたような闇に呪われた美憂と、真夜中に浮かぶ太陽に呪われた恵麗奈は、命がけで妖怪との戦いを繰り広げていく。  第6回キャラ文芸大賞に参加してます。よろしくお願いします。

終わる世界のブレイブス チート能力で楽して暮らそうと思ったら、人類が滅びかけてるんだが?

斑目 ごたく
ファンタジー
志楽蔵人(しらく くろど)はひょんな事から命を落とし、異世界に転生する事になる。 そこで出会った女神からてんこ盛りのチート能力を貰った彼は、生まれ変わる世界で楽して暮らしていくこと夢見ていた。 しかし転生したその世界は、人類が魔物達によって蹂躙され滅ぼされようとしている世界だった。 楽して生きていく事だけを考えて、戦闘向きの能力を選んでいなかった彼は、そんな世界で出会った少女達と共に戦い抜く事を決意する。 彼はまだ知らなかった、それが長い戦いの幕開けになる事を。 これは彼と少女達、そしてその子孫達の百余年に渡る戦いの物語。 この作品は、「小説家になろう」様と「MAGNET MACROLINK」様にも投稿されています。

気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした

高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!? これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。 日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

追放されてFランク冒険者をやってたけど、憧れの冒険者に拾われたので辺境を大都市にする

緑井
ファンタジー
ある日、主人公アルティは突然、実の父から追放を言い渡された。 理由は、アルティが弟ハーマンに比べて劣っているから、だった。 追放されたアルティは食い繋ぐための手段として冒険者をしていたのだが、あまりの弱さに6年もの間Fランクのままだった。 Fランクに許されるのは、底辺職とも言われる下水道掃除のみ。 そしてその日も、アルティは下水道掃除をしていたのだが、突然スライムが下水道に現れた。 そのスライムをかなりの時間をかけてようやく倒したアルティ。 しかし、そのスライムがドロップした魔法石は虹色に光っていた。 それを冒険者ギルドに持っていくと、突然他の冒険者たちに絡まれる事に。 するとなぜか突然、憧れのSSランク冒険者の少女に処刑される事に?! その後、色々あって荒野の小村の領主となった主人公は、数々の改革を行い、小村を街に成長させつつも、色々な事件に巻き込まれていく。

処理中です...