3 / 32
英雄への産声
第2話 ヘント爺
しおりを挟む
「はぁ…はぁ…はぁ…。ヘントさん、こんにちは」
「来たかマルコ坊。今日は何の話をしてやろうか」
【虚弱体質】の称号を持っていると鑑定を受けてから2年。
10歳になったマルコは、息を切らしてヘントの家を訪ねた。
まるで全力疾走でもしてきたかの様だが、自宅からヘントの家まで30mにも満たない距離をゆっくりと歩いてきただけである。
今のマルコは見た目だけで見れば7歳か8歳ぐらいか。
【虚弱体質】の影響で太れないマルコは相変わらず全身ガリガリで、一見すると物凄く不健康そうに見える。
実際は非常に疲れやすくて心配になる程に痩せているだけで、本人からすれば元気でしかないのだが。
鑑定の日、全力で生きると誓ったマルコは、偏屈で有名なヘントの家を訪ねて色々な話を聞く様になった。
初めは迷惑そうにしていたヘントだったが、基本的には優しくて自分の知識をひけらかすのは好きなので、段々とマルコを受け入れていった。
今ではお互いに年の離れた友人と思っているのだから、世の中とは本当にわからないものである。
「よし、今日は英雄の話をしてやろう」
そう言って、ヘントはとある本から抜粋した英雄についての話を語り始める。
この話、実は既に6回目なのだがマルコは気にした様子もなく相槌を打って耳を傾けた。
ヘントは歴史や地理や一般常識、魔物や薬草などの素材について、農業や商業から貴族の話まで。
様々な話をマルコに聞かせたが、ヘントが最も好むのは過去に実在した英雄達の英雄譚だった。
勇者と呼ばれ魔族の侵攻を退けた英雄。
大都市に襲い掛かったドラゴンを、たった一人で倒した英雄。
世界各地を旅して多くの人間を病から救った英雄。
そんな英雄達の話をしている時、ヘントはまるで子供の様になって楽しそうに生き生きと話をするのだ。
「それで一度は敗れ、瀕死の重傷を負った英雄クレイグは死の淵から奇跡的に回復して押し寄せる魔物の波と戦ったんだよ!そのパーティーは4人組だって言われてるんだがな、実は5人目が存在したんじゃないかって説を提唱している学者もいてな。実は俺はその説が正しいんじゃないかと思ってるんだ」
ヘントは英雄の物語を語り、マルコはそれを興味深げに楽し気に、何度も頷きながら聞いている。
ヘントが英雄の話を語って聞かせるのが好きな様に、マルコも英雄の話が大好きだった。
それは前世で言えばファンタジー物語の世界だが、剣を振るい、魔術を放ち、人間以外にも多種族がいて、魔物がいるこの世界では史実に基づく真実の物語だ。
もしも前世のマルコが普通の子だったなら、少年の内に通っているであろう世界を守るスーパーヒーローへの憧れと熱狂。
マルコはそれを今世で物語の英雄達に感じているのだった。
そしてヘントは言葉を続ける。
「俺も若い頃は英雄を目指して冒険者をやってたんだ。だけど、俺にはてんで才能が無かった。剣は上手く振れないし、魔法はショボいのしか使えない。魔物の前に立つと恐怖で足が竦んじまう。
実を言うと俺は魔物に殺され掛けてた時に次代の英雄と噂されてる冒険者に助けられた事がある。今でも不老の英雄なんて呼ばれてるがな。実際に目で見て理解した。俺は英雄にはなれないんだなって」
ヘントは寂し気に目線を落とした。
「だからすっぱり冒険者は辞めた。いや、辞められたって言った方が正しいか。あのまま続けてたら、俺は何処かで命を落としてただろう。
英雄には必ず優秀な仲間がいる。俺は口下手で人と話すのが苦手だから仲間もいなかった」
僅かに首を横に振ったヘントは、少し寂し気な表情を浮かべる。
「英雄になりたかったなぁ。小さくても良いんだ。誰かの記憶に残る、名も無き英雄でも良い。俺は英雄になりたかったんだよ」
自分に語りかける様にそう呟いて、ヘントは天井を見上げて目を閉じた。
ヘントの自分語りは、もう何度も聞いているが、今日はやけに寂しそうに見えて、マルコは考える。
(きっと僕には英雄を目指すって心構えを持つ事すら出来ない。冒険者にもなれないし、スタートラインに立つ事だって出来やしない。足が竦んでも魔物に立ち向かったヘントさんは立派だし、そんなヘントさんを少しだけ羨ましくも思っちゃうな)
マルコは英雄に憧れている。明確に英雄に憧れている。
ヘントから聞く英雄達は、正しく前世で自分が夢に見た『誰かの役に立ちたい』を体現していたから。
それでも頭の良いマルコは、その憧れから目を背ける。傍観者でいる事を許容する。
何故なら【虚弱体質】なマルコは農具の鍬すら持ち上げる事が出来ない。
魔法なんて一つも使えない。
少し歩いただけで、すぐに疲れて息が上がる。
そんなマルコが誰かの為に戦う英雄になんて慣れる筈が無い。
そうやって、体の小さな少年は、今日も英雄への憧れを諦める。
「ヘントさん、昨日話してた魔物の話の続きが聞きたいな」
「おう任せろ!昨日の続きからだな。オークって二足歩行する豚面の魔物は太った体型をしてるから動きが思われがちだが、ありゃ全身筋肉だから騙されちゃいけねぇ。この辺りにはいないけどな。オークの上位種にはハイオーク、オークジェネラル、あとは…」
マルコはヘントから多くの知識を学んでいる。
自分は体を動かす事は出来ないが、前世で入院しながら少しは勉強をしていたマルコは、村の同年代と比べても頭が良いからだ。
ヘントから読み書きも教わっているし、計算だって出来る。
マルコは自分に出来る事を着実に、誰かの役に立てるかもしれない知識を日々蓄えている。
「来たかマルコ坊。今日は何の話をしてやろうか」
【虚弱体質】の称号を持っていると鑑定を受けてから2年。
10歳になったマルコは、息を切らしてヘントの家を訪ねた。
まるで全力疾走でもしてきたかの様だが、自宅からヘントの家まで30mにも満たない距離をゆっくりと歩いてきただけである。
今のマルコは見た目だけで見れば7歳か8歳ぐらいか。
【虚弱体質】の影響で太れないマルコは相変わらず全身ガリガリで、一見すると物凄く不健康そうに見える。
実際は非常に疲れやすくて心配になる程に痩せているだけで、本人からすれば元気でしかないのだが。
鑑定の日、全力で生きると誓ったマルコは、偏屈で有名なヘントの家を訪ねて色々な話を聞く様になった。
初めは迷惑そうにしていたヘントだったが、基本的には優しくて自分の知識をひけらかすのは好きなので、段々とマルコを受け入れていった。
今ではお互いに年の離れた友人と思っているのだから、世の中とは本当にわからないものである。
「よし、今日は英雄の話をしてやろう」
そう言って、ヘントはとある本から抜粋した英雄についての話を語り始める。
この話、実は既に6回目なのだがマルコは気にした様子もなく相槌を打って耳を傾けた。
ヘントは歴史や地理や一般常識、魔物や薬草などの素材について、農業や商業から貴族の話まで。
様々な話をマルコに聞かせたが、ヘントが最も好むのは過去に実在した英雄達の英雄譚だった。
勇者と呼ばれ魔族の侵攻を退けた英雄。
大都市に襲い掛かったドラゴンを、たった一人で倒した英雄。
世界各地を旅して多くの人間を病から救った英雄。
そんな英雄達の話をしている時、ヘントはまるで子供の様になって楽しそうに生き生きと話をするのだ。
「それで一度は敗れ、瀕死の重傷を負った英雄クレイグは死の淵から奇跡的に回復して押し寄せる魔物の波と戦ったんだよ!そのパーティーは4人組だって言われてるんだがな、実は5人目が存在したんじゃないかって説を提唱している学者もいてな。実は俺はその説が正しいんじゃないかと思ってるんだ」
ヘントは英雄の物語を語り、マルコはそれを興味深げに楽し気に、何度も頷きながら聞いている。
ヘントが英雄の話を語って聞かせるのが好きな様に、マルコも英雄の話が大好きだった。
それは前世で言えばファンタジー物語の世界だが、剣を振るい、魔術を放ち、人間以外にも多種族がいて、魔物がいるこの世界では史実に基づく真実の物語だ。
もしも前世のマルコが普通の子だったなら、少年の内に通っているであろう世界を守るスーパーヒーローへの憧れと熱狂。
マルコはそれを今世で物語の英雄達に感じているのだった。
そしてヘントは言葉を続ける。
「俺も若い頃は英雄を目指して冒険者をやってたんだ。だけど、俺にはてんで才能が無かった。剣は上手く振れないし、魔法はショボいのしか使えない。魔物の前に立つと恐怖で足が竦んじまう。
実を言うと俺は魔物に殺され掛けてた時に次代の英雄と噂されてる冒険者に助けられた事がある。今でも不老の英雄なんて呼ばれてるがな。実際に目で見て理解した。俺は英雄にはなれないんだなって」
ヘントは寂し気に目線を落とした。
「だからすっぱり冒険者は辞めた。いや、辞められたって言った方が正しいか。あのまま続けてたら、俺は何処かで命を落としてただろう。
英雄には必ず優秀な仲間がいる。俺は口下手で人と話すのが苦手だから仲間もいなかった」
僅かに首を横に振ったヘントは、少し寂し気な表情を浮かべる。
「英雄になりたかったなぁ。小さくても良いんだ。誰かの記憶に残る、名も無き英雄でも良い。俺は英雄になりたかったんだよ」
自分に語りかける様にそう呟いて、ヘントは天井を見上げて目を閉じた。
ヘントの自分語りは、もう何度も聞いているが、今日はやけに寂しそうに見えて、マルコは考える。
(きっと僕には英雄を目指すって心構えを持つ事すら出来ない。冒険者にもなれないし、スタートラインに立つ事だって出来やしない。足が竦んでも魔物に立ち向かったヘントさんは立派だし、そんなヘントさんを少しだけ羨ましくも思っちゃうな)
マルコは英雄に憧れている。明確に英雄に憧れている。
ヘントから聞く英雄達は、正しく前世で自分が夢に見た『誰かの役に立ちたい』を体現していたから。
それでも頭の良いマルコは、その憧れから目を背ける。傍観者でいる事を許容する。
何故なら【虚弱体質】なマルコは農具の鍬すら持ち上げる事が出来ない。
魔法なんて一つも使えない。
少し歩いただけで、すぐに疲れて息が上がる。
そんなマルコが誰かの為に戦う英雄になんて慣れる筈が無い。
そうやって、体の小さな少年は、今日も英雄への憧れを諦める。
「ヘントさん、昨日話してた魔物の話の続きが聞きたいな」
「おう任せろ!昨日の続きからだな。オークって二足歩行する豚面の魔物は太った体型をしてるから動きが思われがちだが、ありゃ全身筋肉だから騙されちゃいけねぇ。この辺りにはいないけどな。オークの上位種にはハイオーク、オークジェネラル、あとは…」
マルコはヘントから多くの知識を学んでいる。
自分は体を動かす事は出来ないが、前世で入院しながら少しは勉強をしていたマルコは、村の同年代と比べても頭が良いからだ。
ヘントから読み書きも教わっているし、計算だって出来る。
マルコは自分に出来る事を着実に、誰かの役に立てるかもしれない知識を日々蓄えている。
11
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
無限の精霊コンダクター
アキナヌカ
ファンタジー
リードは兄たちから虐げられていた、それはリードが無能だったからだ。ここでいう無能とは精霊との契約が出来ない者のことをいった、リードは無能でもいいと思って十五歳になったら貴族の家を出て行くつもりだった。だがそれよりも早くリードを良く思っていないウィスタム家の人間たちは、彼を深い山の中の穴の中に突き落として捨てた。捨てられたリードにはそのおかげで前世を思い出し、また彼には信じられないことが起こっていくのだった。
剣に願いを、両手に花を
転生新語
ファンタジー
ヒロイン(女子高生)が異世界に転生、もしくは転移。ぼろぼろの服を着て森を彷徨(さまよ)っていた所、エルフ?の集落に保護される(耳は尖ってない)。ヒロインは記憶喪失で、髪の色からクロと呼ばれるようになる。集落は女性しか居なくて、ヒロインは集落の長(エルフみたいだから、『エルさん』とヒロインは呼んでいる)に恋をする。しかし長であるエルさんは、他の集落に攫(さら)われそうになっていて……
剣道少女が自らの剣で、愛する人を守る話です。「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿を開始しました。
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330650166900304
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5688hy/
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
蒼き英雄(旧)
雨宮結城
ファンタジー
ダンジョンにいるモンスター達と戦う剣士達、その剣士達の中の一人、アスタ。
この少年は、毎日親友であるフェイという少年と互いが互いを強くさせる為、強くなる為に、日々特訓と言う名の戦いをしている。
そんな中、ダンジョンへの調査が始まる。
いつもと変わらない調査だったが、そんな中、思わぬ事態が待ち受けていた!
そして、その出来事をきっかけに、世界を巻き込む大騒動へと発展していく!
社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します
湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。
そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。
しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。
そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。
この死亡は神様の手違いによるものだった!?
神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。
せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!!
※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる