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9.40のおっさんだって普通に戦える所を見せてやるなんて言うつもりはない。狡く賢く安全に戦うのがおっさんの流儀だと高校の担任が言っていた

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 異世界転移した40のおっさんは今日も一人きり、楽しく元気にやってるとです。

「お、キターーー!当たりキタコレ!」

 木の宝箱から取り出したのは、高級感のある革の表紙に金色の文字で初級土属性魔術と書かれた本だ。
 この初級〇属性魔術シリーズは所謂魔道具ってやつで、本を開いて、そのページに書いてある魔法の名前を口に出すと40の冴えないおっさんでも魔法が使えちゃうって代物である。

「お前は30の時点で魔法使いだろってうるさいわ!」

 俺、別に童貞じゃないもんね!昔会社の先輩に奢って貰ってそういう店に行った事あるもんね!
 あれ?これって入ってるの?入ってないの?どっちなの?ってどっちかわからなかったけれど、お姉さんが入ってるって教えてくれたんだからね!
 強がりなんかじゃ…無いんだからね!

 少し話を戻すが、この初級〇属性魔術シリーズ、辞書ぐらいの厚みがあるのに3ページしか無いんだぜ。
 え?何の辞書か言ってくれなきゃイメージ出来ないって?そりゃもう三菱地し…ゲフンゲフン。
 ダジャレに身売りするには40は若過ぎるのだよ。

 今日で転移から10日。
 俺のレベルは迷宮レベルと同じ15まで上がった。

 迷宮レベルの方はSSRの最上級薬草(畑)を設置して馬鹿上がってから上がっていない。
 やはりレアリティが高い物を配置・設置するとデカい経験値が入るんだろう。
 逆に少ないDPで配置・設置出来る物は経験値が少ない。
 最上級薬草(畑)は復活に必要なコストが240000DPも掛かる。
 復活は新たに設置する場合に使うDPの8割が必要になるので、300000DPの最上級薬草(畑)でレベルが6も上がったのを考えれば、迷宮レベルが上がるのはDP依存と考えるのが自然だろう。
 それにレベルが上がれば必要経験値も高くなるってのはゲームの基本だもんな。
 ゲームじゃねぇけど。

「おっさんだって、意外と色々考えてるんだぜ」

 誰に向かって言ったのかは、自分自身が一番わかっていない。

 自分のレベル上げは地道にって感じだな。
 初めはスライム中心でレベル上げをしていたが、スモールラビットの方がスライムよりも経験値効率が良さそうなので、第1階層はスモールラビットを上限まで配置した。
 スライムと違ってスモールラビットは食料にもなるからな。
 スライムを全て回収して、スライムポーションが切れちゃった時だけ配置して倒す事にしている。
 死んでると回収出来ないから、定時復活の12時前にやる日課だな。

 因みに未拡張の階層は魔物の上限が10体、罠と装飾が合わせて上限5個、宝箱が上限1個となっている。
 迷宮レベルは5刻みで階層が増えるみたいだが、新たに開放された第3階層と第4階層は、満月狼女を第4階層に再配置して第2第3階層に木の宝箱を設置したぐらいで、あまり手を付けてはいない。
 理由はある。

「10日間も誰とも関りを持てないのは辛い。寂しい。日本で引き籠ってた頃は一度も寂しいなんて思わなかったけれども。あれは会おうと思えばいつでも人と会えるって確信があったからなんだな。それにリアルじゃなくゲームの世界では繋がれてたもんな。
 誰かと喋りたい。誰でも良い。そうだ、満月狼女は人の言葉を話してたよな。あいつと話に行こう」

 この時の俺は、弱り切っていたんだ。
 そして、まさかこの判断で地獄を見る事になるとは、この時の俺は想像すらしていなかったんだ。

 第1階層からトボトボと俯きがちに第4階層まで下りると、そいつはいた。
 人類史上最もデカいとされる人間よりも更にデカいと思われるデカデカな黒毛の狼…ではなくて身長160㎝ぐらいの黒髪狼獣人だ。

「迷宮主にしてから一回も会いに来ないなんて酷いっすよ!」

「ん?うん…ん?」

「ん?じゃないっすよ!こんな放置プレイ許されないっす!狼は寂しいと死んじゃうんすよ!」

「兎じゃなくて?」

「知らないんすか?大抵の生き物は寂しいと死んじゃうんすよ。例えばメンヘラ女とか」

「それは死ぬって言っても死なないやつだから!心配掛けさせるのが目的のやつだから!」

「あ、そうなんすか?今のあたしと同じっすね!キャンキャンキャン!」

「お前笑い方犬みてぇだな。駄犬って呼んで良い?」

「それあたしの名前っすか!?これからは駄犬って名乗るっす!」

「その判断がもう駄犬だよな。よろしくな駄犬」

「キャン!っす!」

 ガチャで引いた時の駄犬は見るからにヤバい奴だったから避けてたんだが、意外と普通に喋れる奴なんだな。
 何か肩透かしと言うか透かしっ屁と言うか助さん格さんと言うか。
 肛門どころか目に入らぬか!だっけ?肛門に入らない物を目に入れるのは流石に無謀だと思うんだけれども、そこんところどうなんだろうか?

「駄犬は俺が創造者だって良くわかったな」

 スライムとかスモールラビットは、創造者だからとか関係無く俺を殺そうとしてくるよ?
 だから幾ら可愛くても愛でるとかは無理なんだぜ?

「あたしぐらい賢いとわかるっす!あたしはほら、賢いんで!」

「本当に賢い奴は自分で賢いって言わないんだぞ?」

「キャンキャンキャンキャンキャン!」

 爆笑である。尻尾ブンブン丸である。
 これだけ意思疎通が取れるのってSRだからか?
 もしや、俺の寂しさを紛らわせてくれる正ヒロイン的な何かはガチャの中にいるのか?
 つまりは、ワンチャンスこいつが俺の正妻…いや、無いだろ。胸も無いだろう。

 まぁ争いを知らない若者よろしく、戦わずに仲良く出来るならそれも良い。

「え?そろそろ交代の時間っすか?お客さんが来てるから、ちょっと待つっす」

 おや?駄犬がなにか寸劇を始めたぞ?
 まるで内なる誰かと話をしているみたいだ。

「もうちょっとぐらい…良いじゃないっすか…」

 駄犬は無い胸を抑えて苦しそうにする。
 胸は無い。これだけは真理だ。

「今宵は…満月の…夜っす…」

「今は朝だぜ?ワンチャンスも月は見えない時間だぜ?」

「こんな日は…狼の血が…騒ぎ出すっす…」

「狼の血?何型?血液型は何型なの?俺はO型だぜ!」

「夜道には…気を付けるっす…満月は…狼女を…凶暴に…グルルルルル!ワオォーーーーーン!」

 ボケてるのかと思ったら、どうやら狼に変身する演出だったらしい。
 まさか変身前にあんなベタベタな台詞を喋り出すとは思わなかった。
 たまげてしまったぜ。完全にな。

 駄犬は顔から狼に変わっていって、体毛を増やしながらどんどんと体が膨れ上がっていく。
 こいつってさっきの状態で全裸なのかな!?胸は無いけど全裸なのかな!?胸は無いけど。

「胸は無いけど!」

「コロス!コロス!コロス!」

「貧乳に胸弄りは禁句だった!」

 そして見上げる高さまで巨大化した駄犬は、明らかに俺に殺意を向けている。
 貧乳を弄ったからだ…。事実陳列罪だ…。猥褻物陳列罪だ…。いや、俺はズボンもパンツも穿いている。

 満月狼女って明らかに俺が勝てる相手じゃないよな。
 これは死んだな。明らかに。

「オワタ…なんて言って諦めると思ったか!40おっさんの知恵袋を舐めるなよ!安全地帯設定!」

 これは俺が万が一、強敵と戦う事になった時にやろうと考えていた戦法である。
 迷宮レベルが15まで上がった時に開放された安全地帯の設定。
 一つの階層につき広さに応じた安全地帯を設定出来るという機能だが、いつでもどこでも自分で設定が可能な俺は突発的な状況でも自分にいる場所に安全地帯を作る事が可能だ。
 安全地帯には迷宮の魔物も罠も存在出来ない。宝箱と装飾は設置出来るが、迷宮の魔物は絶対に入っては来れないのだ。
 しかし、初期状態の階層で設定出来る安全地帯は2畳程度。
 階段の場所まで逃げることすら出来ないが、それで良い。それが良い。

「さて、やるか。安地から弱点魔法でチクチク大作戦!」

 HP・MPゲージの横に見える駄犬の属性は風。風属性の弱点は火属性だ。よな?どのゲームでもそうだよな?

「魔法鞄から初級火属性魔術の本を出してっと。ファイヤーボール。ファイヤーランス。ファイヤーウォール」

 1Werk!3ダメージ!
 1Werk!5ダメージ!
 5Werk!10ダメージ!

「弱点属性なのにちょぴっとしか削れねぇ!流石はSR魔物だぜ!ファイヤーボール。ファイヤーランス。ファイヤーウォール」

 駄犬を安地の中から魔術で地道に地道に削っていく。
 一方的に攻撃を受けている駄犬が距離を取ろうとしないのは、迷宮の魔物が配置した位置からあんまり動かないからだな。
 多分安地にいる外部生物っていないものとして魔物に認識されないから、安地からの攻撃を認識出来ているのかも怪しい。

 そんな激しい戦闘が1時間以上も続き…。

 俺は…飽きた。

「テ〇クラキャノンボール。リンボーダンス。アーアーアーウ、バーブー」

 魔術の名前をどこまで崩せるか挑戦してみたんだが、どんな言葉でも何かしら発すれは出ちゃうみたいだな。最後なんて新生児的赤ちゃん言葉だぞ。
 何だこの本、ヤリマ…ゴホンゴホン!

「ガバガバじゃねぇか!」

 俺が言いたかったのはそれだけだ。
 因みに今のガバガバじゃねぇか!ファイヤーボールで駄犬は粒子となって消えた。

『ヤスアキ・カトウのレベルが30に上がりました』

「15もレベルが上がったんだが!?駄犬の経験値効率、最高なんじゃね!?」

 翌日の話。

「駄犬。昨日、変身したお前の事倒しちゃったけど良かったか?」

「全然良いっすよ!変身は戦わないまま一定時間経過すると解除されるっすけどね!けど一定時間経つと、また変身するっす!」

「お前、気分屋なメンヘラ女子ぐらい面倒臭い奴だな」

「酷い言われようっす!気分屋なメンヘラ女なんて怪物じゃないっすか!」

「お前怪物じゃん」

「キャンキャンキャンキャンキャン!」

 迷宮は今日も平和である。
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