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理解不能

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「何なんあいつ!何度誘っても全っ然首を縦に振らないんだが!?」

 岡稔琉は都内にある自宅の自室で、大声を上げて嘆いていた。
 ここは楽器の練習をする為に、吸音材と遮音シートを使って自分で防音室に改造した部屋である。
 なので、多少大きな声を出しても近所迷惑にはならない。…筈だ。

 因みに昔は迷信を信じて吸音材の代わりに卵の紙パックを壁に張り付け、防音した気になっていたのは稔琉の黒歴史である。

 話は逸れたが、稔琉が嘆いているのは元日本オナニー最前線のヴォーカリストだった仮性神こと亀頭伊織についてだ。

 稔琉が。会ったこともない伊織を知っていたのは妹の影響だった。
 元々は流行りの音楽にしか興味はなかった妹の里菜は、自分の影響でいつからかロックを聴き始めた。
 その妹が最近熱を上げているクソ野郎がどんな奴かと動画を見てみたら、滅茶苦茶に頭のおかしい奴らだった。

 最近の日本ではあまり聴かないゴリゴリにヘヴィなサウンドで、楽器隊の演奏は同年代とは思えない程に上手い。
 しかしそんな中でも明らかな異彩を放っていたのは、そんな楽器隊を従えて歌うフロントマンの仮性神だった。

 滅茶苦茶なMCからライブを始めて、定点からの遠目の映像で見ても、メンバーすらも呆れさせている。
 歌詞は壊滅的であり、1曲の中にどれだけ多くチンコという単語を入れられるかを誰かと高いレベルで競い合いでもしているのかと思えるくらいの下劣さ。
 それでも伊織のフロントマンとしての存在感は、他に類を見ないものだった。

 バカと天才は紙一重という言葉があるが、それよりもさらに一歩踏み込んだ“変態と天才は紙一重”を地で行く男。
 そんな異常な同学年の変態は、ある意味でどこまでもロックだった。
 ライブ・イン・コテカとか訳の分からないことを言いだしてステージの袖に捌け、角みたいなケースで股間だけを隠して出てくる奴なんて、同年代には他にいない。いてたまるか。あんなの、殆んど全裸じゃないか。

 妹から日本オナニー最前線が解散したことを聞かされた時に心を撫で下ろしたのは、もう二度と妹の口からオナニーなんて下品な言葉を聞かなくて済むと思ったからだった。

 解散をしたならば、またバンドを組むこともあるだろう。
 まあ、異常に癖が強い奴なので、運命共同体とも言えるバンドメンバーとして付き合える人間は限られるだろうが。それでもあいつならば、また新しくバンドを組んでも、ぶっ飛んだ音楽とパフォーマンスをやらかすのだろう。
 持ちし者の大失策。才能の無駄遣い。
 知り合いでもない赤の他人なので、そこに自分は縁がないだろうなと稔琉は思っていた。

 それがどうだ。
 高校に入学したら同じ学校に動画で見た仮性神がいた。
 ライブハウスのフロア後方から撮影した定点映像でしか顔を見たことはなかったが、それでも稔琉があいつだと気付けるだけの存在感があった。

 放課後に声を掛けてバンドに誘ってみたが、返事は貰えずじまいで既に2週間が経過している。
 稔琉はかなりピアスの穴を開けていて、見た目はチャラいし厳ついのでクラスでも浮いた存在である。
 本人の性質的に怖いタイプではないのだが、入学したばかりでは稔琉の人となりなんて周りは知る由もない。

 そんな稔琉とも普通に接して…ウザ絡みする伊織の存在は、稔琉が孤立しない意味ではありがたいが、一向にバンドの誘いに返事をする気配はない。
 口を開けば女子の話題ばかりで、ギャルなクラスメートの下着の色がどうだったとか、柄がどうだったとか、担任のパンツを覗きにいったら顔を踏まれたとかそんなことばかり。
 見た目の割には硬派な稔琉には全く理解出来ない人種だった。
 入学早々担任教師のスカートの中を覗こうとする奴がいるか?って話である。

「はぁ…俺にはもうわからんから里菜に聞いてみるか?」

 妹の里菜も伊織と繋がりがある訳ではなさそうだが、少なくとも自分よりは詳しいだろう。
 そう考えた稔琉は、早くも最終手段として里菜を頼ることを考えた。
 しかし、どんな反応をするか読めないので、伊織と同じ学校だったことは里菜には伝えていない。
 そこから繋がりが出来て、万が一あんなヤバい奴が義理の弟にでもなったら、死ぬほど面倒臭そうだと考えたからである。

「俺はあいつが本物だと思う。だから一緒に演ってみたい。
 あいつの話によく出るギャルって大人っぽい感じだし、年下の里菜には興味を持たないだろう。
 よし、聞いてみよう!」

 稔琉はDIY防音室となっている自室から出て隣の部屋のドアをノックした。
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