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ラブホテル in ヤーサン

驚愕する商人が妻の尻に敷かれているのは火を見るよりも明らかである②

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「わっはっは!このおじさんわかってるじゃないのよ!」

 マスタールームのテレビモニターでフロントの様子を観察していたアイトは上機嫌に笑った。
 たった今ラブホテルを訪れた客がラブホテルの内装を見て興奮を隠し切れない所か。
 暴力的なまでに剥き出しにしているからである。
 剥き出しどころかズル剥けである。
 ズル剥け興奮マンである。

「このおじさんには今週のベストリアクション大賞としてフルーツ盛りを贈呈する。レイさーん。座布団じゃないわフルーツ盛り持って行ってー」

 ラブホテルの従業員として働いているレイスのレイさんは手が空いた時に壁や床や天井を擦り抜けてマスタールームの壁から頭だけ出している時がある。
 絵面的には鹿の首の剥製みたいなイメージだ。
 但し本霊が透けているので初見だと人の顔に見える壁のシミ的な心霊スポット感全開の見え方になっているのだが。

 レイさんの首がスゥっと消えたのでオーガコック(従業員の肩書はアイトの気分次第で変わる)ヤマオカに内線を繋いでフルーツ盛りを作る様に指示を出したアイト。

「ウオォォォォォオオオ!」

 返事代わりの雄叫びが煩かったのでガチャ切りしてモニターに映るフロントの映像へと意識を向ける。
 因みに今の雄叫びは仲間であるオーガズが丹精込めて育てたフルーツを初めて客に提供する事実に。
 ほんのちょびっとだけ気合いをお漏らししてしまっただけだ。
 ほんのちょびっとだけ。

 調理場のヤマオカは気合十分に。
 慎重にし過ぎて切り口が波打っちゃうぐらい慎重にリンゴと。
 ニンジンと。
 ジャガイモと。
 豚肉と。
 ハチミツを。

 ってこれはカレーのレシピだったとハチミツの入った瓶をざく切りした所で気付いて籠に盛られたフルーツの中から適当に5種類を選んで。
 適当に切って。
 適当に選んだ皿に適当に盛り付けて。
 適当にレイさんに投げつけて。
 偶々通り掛った勝色をしたでっかい狼がフリスビーと勘違いしてキャッチしてムシャって。
 程々に丁寧な仕事をしたフルーツ盛りを作って。
 良い仕事をしたとばかりに額の汗を拭ってから。
 両手でリンゴを握り潰して。
 自らの握力を存分に見せ付けたのであった。

 誰も見ていなかったけれども。


 翌日の夜。

「いらっしゃいませ!」

「どうもこんばんは。どうだいこの装飾。素晴らしいだろう。先ずこの思わずペロペロしたくなる床だよ。切り出した石をどれだけ磨いたなら姿が反射する程に美しくなるって言うんだろうか。この美しさ!これは正に!あ、えーと。さっきまで覚えてたんだけれど何て例えようと思ってたんだっけな。うーん、、、あっちのシャンデリアの様な美しさだね!わかるかい?わかるね!?」

 それはあまりにも強引過ぎる超豪腕の例えではなかろうか。
 相変わらず入口入って即テンションマックスの商人タスケは妻のバルバラと娘のメアリーを連れて休息宿ラブホテルを訪れた。

 バルバラは金髪碧眼。
 長身でスタイルが良く、小太りなタスケには勿体ないと評判の美女である。

 メアリーはタスケと同じ茶髪茶眼。
 成人したばかりだが年齢よりも幼く見える小柄で、本当にタスケの子供なのかと疑惑が上がっている評判の美少女である。

 そんな二人はラブホテルに入った瞬間急変したタスケに。
 ちょっと一枚羽織りたくなる冷たい視線を向けていた。

 確かに。
 確かにラブホテルの内装は素晴らしい。
 やり手商人の妻と娘だけあって目の肥えた二人から見ても鏡面仕上げで傷の一つすら見えない大理石の床は美しく。
 天井からぶら下がったシャンデリアは豪奢で細やかで。
 こんなにも美しいシャンデリアがこの世に存在したのかと、思わず息を呑む程だ。

 だがしかし。
 自分よりもあからさまに興奮している人を見ると落ち着いちゃう法則と。
 家族が。
 特に良い大人が燥ぎ過ぎているのを見ると気持ち悪くて引いちゃう法則の合わせ技によって盛大に二人は引き。

「あなた」

「パパ」

 二人は片方ずつタスケの両肩を掴み。

「「昨日も来たなら少し黙っててくれる(かしら)?」」

 振り向けば殺られるとリアルに感じさせるほどのプレッシャーを放って。
 燥ぐおじさんを完膚なきまでに沈黙させた。

「すいません」

 小声で一言謝ってからは受付で冷静な遣り取りを見せ。
 宿泊利用客室ランクA、3名利用割増料金で部屋を取り。
 燥ぐ妻と娘に身を小さくして客室へと転移したのであった。

 短い廊下から部屋に入り。

「広いし清潔で気持ちの良い部屋ね!」

「見て見て!ここから外が出られるよ!塔の中にいるのにキラキラした街並みが見下ろせるなんて。ダンジョンって凄いのね」

 広々とした空間を照らすダウンライトの灯り。
 室内は壁も床も天井も。
 ベッドもソファーも化粧台も白一色の清潔感に溢れる統一された美しさ。
 テレビモニターは天井から下りて来るタイプなので部屋のイメージを崩さない。

 部屋の外にはベランダがあり。
 ガラスの扉を開いて外に出ると背が高くて長細い建物が並ぶ景色が見下ろせた。
 ラブホテルのオーナーがダンジョン内に作った東京の夜景である。

 興奮気味の二人に対し。
 意外にも冷静でいるのがさっき怒られて随分と小さくなっていたタスケ。
 タスケは燥ぐ二人の様子を穏やかな顔をして見つめている。

 自分も初めはそうだったが。
 まだ。
 まだこれからだぞ、と経験者の余裕と風格を感じさせる佇まいである。

 タスケの選んだ706号室はオーナーの拘りが詰まったコンセプトルームだ。
 そのコンセプトは美。
 部屋やシンプルで機能性の高い家具の清潔な美しさ。
 ベランダから見える夜景の美しさ。
 勿論それも確りと考えて生み出された美ではある。

 しかし706号室のコンセプトである美の本質は別の所にある。
 そしてそれはこの部屋から先で真価を発揮する事になるのであった。


「昨日のおじさんが二人も女の子を連れ込んでいます。このままベッドで3Pでもおっぱじめるつもりなのでしょうか?」

 ラブホテルの入口が閉まる19時を過ぎて。
 マスタールームにはいつものアイトとヒショの他に。
 業務を終えたエマが受付から上がって来てソファーに腰掛けていた。

 テレビモニターには706号室が映っていて。
 アイトはソファーに片足を立てて行儀悪く実況をする。

「マスターの仰る通りかと思います」

 ヒショは平常運転でアイトの実況を肯定するが。

「奥さんと娘さんですよ?マスターも昨日聞いてたじゃないですか」

 腹を見せてソファーの上にゴロンと転がっているワンポの腹を撫でながらエマが否定する。

 昨日男連れで、、、男二人で来店した時の帰り際。
 エマは妻と娘が喜ぶ部屋は何処だろうかと相談を受けていた。
 二人の話を色々と話を聞いた上でアイトにも相談をした上でお薦めの部屋を紹介したのだ。
 昨日のおじさんとか言っているアイトがそれを忘れている筈が無い。

「わっはっは!俺は過去を振り返らない男なのさ!」

 だとしたら昨日のおじさんを覚えている時点でおかしいだろう。
 そうツッコミを入れたい衝動に襲われたが、それはそれで延々と適当な言葉を並べ立てて延々と話が終わらなくなるのでしばしの沈黙でもって話の流れをぶった切り。
 もうそろそろ大丈夫だろうと間を置いてから話を変えた。

「706号室良いですよねぇ。私もあそこ好きですよ。疲れた時に良いんですよねぇ。岩盤浴」

「お?部屋に増設しとくか?」

「いや、部屋にあったら寝落ちするんで。あれって長時間寝てると火傷するんですよね?私毎日火傷しそうなんで、偶にヒショさんと利用出来れば良いですよ」

「おま、お前!寝落ちってお前!ぷっ、ははははは!考えたら何も面白い事言ってなかったわ!何で笑ったの俺!謎の時間!」

「私はワイン風呂が良いです。薄めずに原酒にして頂ければお風呂に入りながらゴクゴク飲めます」

「それって飲む方が目的だよね?何なら全部飲むつもりだよね?」

 今日も愉快な三人の会話が続き。
 今日もたった一つの要因で大量の酒が消費された。

 卑猥な要素が薄めの場合はあまり興味をそそられないのがアイトである。
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