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6、氏神
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「蝕神さま、例の娘の様子はどうでしょう?」
「うーん……どうかなあ、人間は本当に性質悪いもんを作る天才だよね」
石室の外。菊花が咲き乱れる山の中。
仮面の男は膝をつき、虚は頭をかいた。
「あの娘、呪具の穢れを喰っちまいやがった。本人は払ったと思い込んでるみてえだけど。せっかくオレが小花の邪気を喰ってやってるのに容量が減らねえじゃん。やべえ~」
「それでしたら、黒木家から捧げる呪具を一端中断いたしましょう。蝕神様のご負担にならないよう、当主には伝えておきますので」
「あ、うん。そうしてくれる~? 小花の中の邪気は重すぎる。ひと月かけて喰い切れるかぎりぎりってところだな。喰い切れなかったときは、オレも黒木家も皆終わりだから覚悟しとくよーに」
皮肉げに肩をすくます虚に、黒木家の使者は淡々と返した。
「申し訳ございません。まさか、生きていたとは。確実に息の根をとめておくべきでした」
「いやいや。死んでなかったのは僥倖だったよ~? もし死んでしまっていたら、オレの元に届く前に〝小花〟という器から魔性も穢れも邪気もあふれだして、黒木家はおろか、この土地全域に広がる大災厄になっただろうよ。たく、余計な尻ぬぐいさせやがって」
「ほんと、ムカつくわ」と黒木家の使者を虚は蹴飛ばした。使者は微動だにせず、うめき声もあげない。蝕神に触れた人間はやがて身体を病み、短命に終わるが、黒木家から遣わされているこの男もまた、黒木家からしたら使い捨ての駒でしかない。いくら祟ろうとも無駄なこと。虚は気味悪そうに見つめ。
「あーあ、いくら信仰を保つために必要と言えど。黒木家に贄選びを斡旋なんてさせるんじゃなかったな。おかげで余計な仕事は増えるし、氏神として祀られちゃ、オレはどんな事情でも黒木家を守らなきゃいけないんだもんな」
「畏れ多いことでございます。我らの蝕神さま」
よく言う、と虚は笑みを歪ませた。数百年前、黒木家の祖先は一族の娘を贄として蝕神に娶らせた。氏神とは一族一統の神様。祖先神ともいう。黒木家の娘と婚姻した蝕神も、黒木家の一員になったようなもの。一族を守る義務がある。穢れを喰う祟り神は、黒木家にとっても都合のいい存在だった。
「オレのことも使役してるようなもんだろ。手に負えなくなった呪具の穢れの処理。廃品、廃人、死体の処理。いい度胸してるよまったく。これだから人間なんて大嫌いなんだよ。弱いくせに悪知恵ばかり働きやがる」
「……」
「ま、いいや、あの娘を野放しにさせるのはオレも反対だからね。……それで、良平という使用人は見つかったの?」
小花の世話をしていた使用人の男。不相応にも駆け落ちまがいの計画を企てていたらしい。どこまで本気かは知らないが。
「それが、あの娘が死んだと聞かせた日に行方をくらませておりまして、目下探しております」
「あ、そう。見つけ次第さっさと始末することだな。まさか、あの状態の小花に未練は残ってないとは思うけど。そいつが一番、小花にとって害がある」
腹いせにうりうりと使者を足蹴にしながら、虚は「それに」と付け加えた。
「小花はもうオレの妻だから、間男が出てきちゃったらオレも許さないからな~」
「……は?」
無感情な使者が、初めて驚いた声を上げた。
「蝕神さま、あの娘のことを本当に〝伴侶〟だと思っているのですか? 石室から出さないようにする方便ではなく?」
「え、そうだよ。当たり前でしょ」
ざわりと、木々が秋風に揺られ、枯葉が舞う。ぷつりと、一輪の菊花を手折り、虚は口づけた。
「どんな事情にせよ、〝妻〟と認めたらもうオレのもんだ。人間と違って、神様は嘘つかないんでね」
「うーん……どうかなあ、人間は本当に性質悪いもんを作る天才だよね」
石室の外。菊花が咲き乱れる山の中。
仮面の男は膝をつき、虚は頭をかいた。
「あの娘、呪具の穢れを喰っちまいやがった。本人は払ったと思い込んでるみてえだけど。せっかくオレが小花の邪気を喰ってやってるのに容量が減らねえじゃん。やべえ~」
「それでしたら、黒木家から捧げる呪具を一端中断いたしましょう。蝕神様のご負担にならないよう、当主には伝えておきますので」
「あ、うん。そうしてくれる~? 小花の中の邪気は重すぎる。ひと月かけて喰い切れるかぎりぎりってところだな。喰い切れなかったときは、オレも黒木家も皆終わりだから覚悟しとくよーに」
皮肉げに肩をすくます虚に、黒木家の使者は淡々と返した。
「申し訳ございません。まさか、生きていたとは。確実に息の根をとめておくべきでした」
「いやいや。死んでなかったのは僥倖だったよ~? もし死んでしまっていたら、オレの元に届く前に〝小花〟という器から魔性も穢れも邪気もあふれだして、黒木家はおろか、この土地全域に広がる大災厄になっただろうよ。たく、余計な尻ぬぐいさせやがって」
「ほんと、ムカつくわ」と黒木家の使者を虚は蹴飛ばした。使者は微動だにせず、うめき声もあげない。蝕神に触れた人間はやがて身体を病み、短命に終わるが、黒木家から遣わされているこの男もまた、黒木家からしたら使い捨ての駒でしかない。いくら祟ろうとも無駄なこと。虚は気味悪そうに見つめ。
「あーあ、いくら信仰を保つために必要と言えど。黒木家に贄選びを斡旋なんてさせるんじゃなかったな。おかげで余計な仕事は増えるし、氏神として祀られちゃ、オレはどんな事情でも黒木家を守らなきゃいけないんだもんな」
「畏れ多いことでございます。我らの蝕神さま」
よく言う、と虚は笑みを歪ませた。数百年前、黒木家の祖先は一族の娘を贄として蝕神に娶らせた。氏神とは一族一統の神様。祖先神ともいう。黒木家の娘と婚姻した蝕神も、黒木家の一員になったようなもの。一族を守る義務がある。穢れを喰う祟り神は、黒木家にとっても都合のいい存在だった。
「オレのことも使役してるようなもんだろ。手に負えなくなった呪具の穢れの処理。廃品、廃人、死体の処理。いい度胸してるよまったく。これだから人間なんて大嫌いなんだよ。弱いくせに悪知恵ばかり働きやがる」
「……」
「ま、いいや、あの娘を野放しにさせるのはオレも反対だからね。……それで、良平という使用人は見つかったの?」
小花の世話をしていた使用人の男。不相応にも駆け落ちまがいの計画を企てていたらしい。どこまで本気かは知らないが。
「それが、あの娘が死んだと聞かせた日に行方をくらませておりまして、目下探しております」
「あ、そう。見つけ次第さっさと始末することだな。まさか、あの状態の小花に未練は残ってないとは思うけど。そいつが一番、小花にとって害がある」
腹いせにうりうりと使者を足蹴にしながら、虚は「それに」と付け加えた。
「小花はもうオレの妻だから、間男が出てきちゃったらオレも許さないからな~」
「……は?」
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「蝕神さま、あの娘のことを本当に〝伴侶〟だと思っているのですか? 石室から出さないようにする方便ではなく?」
「え、そうだよ。当たり前でしょ」
ざわりと、木々が秋風に揺られ、枯葉が舞う。ぷつりと、一輪の菊花を手折り、虚は口づけた。
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