虫喰いの愛

ちづ

文字の大きさ
上 下
6 / 11

6、氏神

しおりを挟む
蝕神しょくがみさま、例の娘の様子はどうでしょう?」
「うーん……どうかなあ、人間おまえらは本当に性質たち悪いもんを作る天才だよね」

 石室いしむろの外。菊花が咲き乱れる山の中。
 仮面の男は膝をつき、うつろは頭をかいた。

「あの娘、呪具のけがれを喰っちまいやがった。本人は払ったと思い込んでるみてえだけど。せっかくオレが小花の邪気を喰ってやってるのに。やべえ~」
「それでしたら、黒木家くろきけから捧げる呪具を一端中断いたしましょう。蝕神様のご負担にならないよう、当主には伝えておきますので」
「あ、うん。そうしてくれる~? 小花の中の邪気は重すぎる。ひと月かけて喰い切れるかぎりぎりってところだな。喰い切れなかったときは、オレも黒木家も皆終わりだから覚悟しとくよーに」

 皮肉げに肩をすくます虚に、黒木家の使者は淡々と返した。

「申し訳ございません。まさか、生きていたとは。確実に息の根をとめておくべきでした」
「いやいや。死んでなかったのは僥倖ぎょうこうだったよ~? もし死んでしまっていたら、オレの元に届く前に〝小花こばな〟という器から魔性も穢れも邪気もあふれだして、黒木家はおろか、この土地全域に広がる大災厄になっただろうよ。たく、余計な尻ぬぐいさせやがって」

 「ほんと、ムカつくわ」と黒木家の使者を虚は蹴飛ばした。使者は微動だにせず、うめき声もあげない。蝕神に触れた人間はやがて身体を病み、短命に終わるが、黒木家から遣わされているこの男もまた、黒木家からしたら使い捨ての駒でしかない。いくら祟ろうとも無駄なこと。虚は気味悪そうに見つめ。

「あーあ、いくら信仰を保つために必要と言えど。黒木家に贄選びを斡旋なんてさせるんじゃなかったな。おかげで余計な仕事は増えるし、氏神うじがみとして祀られちゃ、オレはどんな事情でも黒木家を守らなきゃいけないんだもんな」
「畏れ多いことでございます。我らの蝕神さま」

 よく言う、と虚は笑みを歪ませた。数百年前、黒木家の祖先は一族の娘を贄として蝕神に娶らせた。氏神とは一族一統の神様。祖先神ともいう。黒木家の娘と婚姻した蝕神も、黒木家の一員になったようなもの。一族を守る義務がある。穢れを喰う祟り神は、黒木家にとっても都合のいい存在だった。

「オレのことも使役しえきしてるようなもんだろ。手に負えなくなった呪具の穢れの処理。廃品、廃人、死体の処理。いい度胸してるよまったく。これだから人間なんて大嫌いなんだよ。弱いくせに悪知恵ばかり働きやがる」
「……」
「ま、いいや、あの娘を野放しにさせるのはオレも反対だからね。……それで、良平りょうへいという使用人は見つかったの?」

 小花の世話をしていた使用人の男。不相応にも駆け落ちまがいの計画を企てていたらしい。どこまで本気かは知らないが。

「それが、あの娘が死んだと聞かせた日に行方をくらませておりまして、目下探しております」
「あ、そう。見つけ次第さっさと始末することだな。まさか、あの状態の小花に未練は残ってないとは思うけど。そいつが一番、小花にとって害がある」

 腹いせにうりうりと使者を足蹴にしながら、虚は「それに」と付け加えた。

「小花はもうオレの妻だから、間男が出てきちゃったらオレも許さないからな~」
「……は?」

 無感情な使者が、初めて驚いた声を上げた。

「蝕神さま、あの娘のことを本当に〝伴侶〟だと思っているのですか? 石室から出さないようにする方便ではなく?」
「え、そうだよ。当たり前でしょ」

 ざわりと、木々が秋風に揺られ、枯葉が舞う。ぷつりと、一輪の菊花を手折り、虚は口づけた。

「どんな事情にせよ、〝妻〟と認めたらもうオレのもんだ。人間と違って、神様は嘘つかないんでね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

機織姫

ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結済】僕の部屋

野花マリオ
ホラー
僕の部屋で起きるギャグホラー小説。 1話から8話まで移植作品ですが9話以降からはオリジナルリメイクホラー作話として展開されます。

何かを喪失するAI話

月歌(ツキウタ)
ホラー
何かを喪失するAI話。AIが作ったので、喪失の意図は分かりませんw ☆月歌ってどんな人?こんな人↓↓☆ 『嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す』が、アルファポリスの第9回BL小説大賞にて奨励賞を受賞(#^.^#) その後、幸運な事に書籍化の話が進み、2023年3月13日に無事に刊行される運びとなりました。49歳で商業BL作家としてデビューさせていただく機会を得ました。 ☆表紙絵、挿絵は全てAIイラスです

#彼女を探して・・・

杉 孝子
ホラー
 佳苗はある日、SNSで不気味なハッシュタグ『#彼女を探して』という投稿を偶然見かける。それは、特定の人物を探していると思われたが、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。日が経つにつれて、そのタグの投稿が急増しSNS上では都市伝説の話も出始めていた。

怪異相談所の店主は今日も語る

くろぬか
ホラー
怪異相談所 ”語り部 結”。 人に言えない“怪異”のお悩み解決します、まずはご相談を。相談コース3000円~。除霊、その他オプションは状況によりお値段が変動いたします。 なんて、やけにポップな看板を掲げたおかしなお店。 普通の人なら入らない、入らない筈なのだが。 何故か今日もお客様は訪れる。 まるで導かれるかの様にして。 ※※※ この物語はフィクションです。 実際に語られている”怖い話”なども登場致します。 その中には所謂”聞いたら出る”系のお話もございますが、そういうお話はかなり省略し内容までは描かない様にしております。 とはいえさわり程度は書いてありますので、自己責任でお読みいただければと思います。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...