虫喰いの愛

ちづ

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3、虚構

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 人口的に作られた石室いしむろは入り口だけで、先に進むと自然の洞穴になっていた。鍾乳洞の中はたくさんの注連縄しめなわがかけられていて、運び込まれた呪具が石筍せきじゅんの間に乱雑に置かれている。

「足元、気を付けてね。まだ呪具の穢れを喰いつくしてなくて散らかってるけど、その辺に座って」

 呪具にはすべて蛆虫うじむしたかっている。小花こばなはひい、と慄きながらも、おずおずと正座した。蝕神しょくがみは石のうろ燭台しょくだいを置き、着物を脱いだ。鈍色にびいろ長襦袢姿ながじゅばんすがたになる。

「だらしない恰好で悪い。着物で締め付けると腐った左半身が痛むもんでね~……ええと、それであんたはどこまで知ってるのかな? オレはもともと恨みや妬み嫉みを喰って成長する祟り神だったんだけど、ある時、呪詛を生業にしている黒木家くろきけに目をつけられて、氏神うじがみとして祀り上げられたんだ。今じゃ呪詛に使った呪具の穢れの後始末をさせられてるってわけ。ここまでは分かる?」

 小花はこくり、と頷く。
 蝕神はゆったりとした動作で振り向いて微笑んだ。肩口まで伸びた黒髪はゆるやかに波打ち、寝起きの遊女のような気だるい色気すらあった。見惚れかけて、襦袢から覗く蛆虫の湧いた肌に目を逸らした。

「……黒木家は、暗殺や呪詛を生業にしているオレの氏子総代うじこそうだい。呪詛に使う式神や動物霊を女に憑りつかせて飼ってるんだよね。あんたもその霊媒れいばいにされた口だろ?」
「……は、はい。物心つくころから、巫女の修行と称して、犬神いぬがみやら猫鬼びょうきやら管狐くだぎつねやらの器にされてきました」

 ふうん、と蝕神は岩座に腰を下ろした。雪のように白い右足の上に、蛆だらけの青黒い左足を組む。

「そのわりにはそれだけ自我を保ったまま口が利けるなんて、たいしたものだ。いろんな化生や魔性を身体の中に入れられるからね。人格なんてあっという間に破壊されて、だいたい三年と持たない。オレのところに廃人になって捨てられに来るよ。生きてここまで来た娘も初めてだ」

 小花は、ぱあ、と顔を明るくさせた。

「ほ、褒めてもらったのは初めてです!! ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
「落ち着いて。あんまり気が高ぶるとまた化生が騒ぐよ。あんたの中にはまだようだからね。憑き物の娘は情緒不安定なほうが交信しやすいから、あんたは相性がよかったんだろうけど」
「は、す、すみません、その、思ったより、蝕神さまがお優しいから。あ、安心してしまって、」
「……それで、死んだふりまでしてオレになんの用?」

 こてん、と小花は首を傾げた。

「用は特にありません。昨夜、この身に犬神を降ろしたのですが、私が完全に自我を失い暴れ出してたので、黒木家のものが殴って気絶させたのです。けれど、その際、完全に息が止まって死んだと思いこんだみたいで。後から息を吹き返したのですが、このまま死んだふりしていれば、黒木家から脱出できるのでは、とひらめきまして。頑張って息を止めてました」

 イカれてるなーと蝕神は苦笑した。小花はおずおずと蝕神を見上げ、

「あの、私はどうなるんでしょう? 蝕神さまの社には入ってはいけないと、きつく言われておりまして。なにか神罰を受けてしまうのでしょうか」
「ん? ん~オレは別に見逃してやってもいいけど、ここから出たらすぐ黒木家の者に連れ戻されるよ。帰りたいの?」

 「い、いやです」と小花は青ざめた。蝕神は立ち上がり、「じゃ、ものは相談なんだけど」と小花の顎を捕らえた。蛆虫の湧いた左手が肌に触れ、小花はひいいと身を震えさせたが、逃げたりはしなかった。ニタリと蝕神は微笑み。

「……最初に見たときから思ってたんだけど、小花ちゃん、可愛い顔してるよね? なんでかな、小花ちゃんを見てるとどきどきする」
「は、はい?」
「これって一目惚れってやつ? よければさあ、オレのお嫁さんになってくんない?」
「は、はああ?」

 蝕神は左手を離して、大げさに肩をすくめた。

「数十年に一度、黒木家がオレのために伴侶になる贄を用意するんだけど、これがひどくてね。オレの姿を見たら取り乱して話になんねえの。蛆虫だらけのこんなナリじゃ仕方ないかもしれねえけど、せっかく娶った嫁に怯えられるのって結構堪えるんだよね。今回は小花ちゃんを娶ったってことで、縁談を断ってもいいかな?」
「そ、そんな、わたしが、神様のお嫁さんに、ですか?」
「うん、そう、もっとも──」

 じっと蝕神は小花を見下ろした。大きな瞳に白い肌。乱れた髪や青黒く痣になっている頬さえ治れば。愛らしいと言っていい顏立ちをしていた。けれど、その身を蝕む邪気に蝕神は眉を顰める。

「気の毒だけど、あんたもう長くないよ。いくら心が強固だろうと、〝式神の器〟にされた身体のほうが限界だ。あとひとつきと持たず、息絶えるだろう。それまでで、よければ、だけど」
「……」

 小花は大きく目を見開いた。泣き喚くわけでもなく、拒絶するわけでもなくただその非情な宣告を受け入れた。思い当たる節はあったのか、──〝恐怖〟を先に喰ってしまっていたからか。自分の心臓に手を当て「……そうですか」と呟いた。

「無理強いはしないよ。でも、黒木家に見つかってぎりぎりまで使い倒されるよりマシじゃない? 最期のときくらい穏やかに過ごしたいでしょ? ここにいれば、小花ちゃんの中の化生が騒いでもオレが喰らってあげるから、多少は気分も楽だと思うよ」

 腐食した左手が優しく小花の頭を撫でる。小花はもう蛆虫の嫌悪感すら感じなくなった。

「最期のその時まで、オレが蝕みながら愛してあげる。どう? 悪くない話だと思うけど」

 その沼のように底知れぬ瞳に捕らわれて、うっかり頷いてしまった。

「決まりだ。オレの名はうつろ──蝕神しょくがみうつろ。短い夫婦生活、精々楽しもうぜ」
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