虫喰いの愛

ちづ

文字の大きさ
上 下
1 / 11

1、蝕神

しおりを挟む
 人を祝福する者と同じくらい。
 人を呪う者もいる。

 藁人形わらにんぎょう、身代わり人形、お札、形代かたしろ、妖刀、呪い鏡、くぎなた
 果ては爪や髪に至るまで。

 恨みつらみをたらふく溜め込んだ呪具じゅぐは、それ自体が不吉で、災厄を巻き起こす。
 ──だから、その神様はそういうものの、行きつく先。 
 呪いのゴミ捨て場に祀られた祟り神だった。

蝕神しょくがみさま、今宵もいわくつきの品を持って参りました。なにとぞ、なにとぞ、けがれをお食べになってください」

 死体の捨て場所。
 毒花どくばなが咲き乱れる場所。
 あるいは、黄泉比良坂よもつひらさかの入り口。
 湿った山中。鳥居の下。暗い石室いしむろの前で黒装束の男は平伏する。

「あ、うん。その辺に置いておいて」

 石室の中から返事がして、男は視線を地に縫い付けた。
 男の顔は仮面で覆われている。
 その神様と直接目を合わせないために。声を聞かないために。匂いを嗅がないために。

「ええと~丑の刻参りに使われた藁人形に、釣れない想い人に遊女が愛憎籠めて送った小指に……うわ、これなんか直接、妻が夫を刺殺した包丁……て、これ呪具じゃなくて普通に凶器だよね? こっわ~」

 ぞろり、と何かが這い出てくる気配。
 目線を上げなくても、男の身体中に鳥肌がたつ。

 それは死肉であり、汚物であり、害虫の群れ。
 人間なら誰しも忌避きひする存在の塊。

「──……おや、今日はもいるのか」

 蝕神しょくがみと呼ばれた祟り神は、呪具の山を覗き込んだ。
 右半身は男娼のごとき麗しい生体。
 左半身は死肉のごとき腐乱した死体。
 本来ならば、ありえない生と死が交わったその姿は、見るだけで聞くだけで嗅ぐだけで障りがある。

「まーた黒木家くろきけで使い捨てられた娘か。のやら。かわいそーに」

 蝕神が首を傾げると、ぼとりと腐った肉が落ち、うじが湧き出した。無数の蛆は呪具の山に群がって、邪気をむしゃむしゃと咀嚼しだす。
 釘だらけの藁人形、青白い小指、血のついた刃物。
 いわつくつきの品々の中に──とりわけ、目を引くもの。
 若い娘が、がらくたのように身を横たえていた。
 白目をむき、舌がこぼれ、髪の毛はくすんだ枯色かれいろに変色している。どうみても、普通の死体ではない。男は早口に述べた。

「昨夜、犬神いぬがみを降ろしてから意識を混濁させまして、そのまま息を引き取りました。この娘も処分していただけますでしょうか」
「いいよ、いいよ。化けて出て怨霊になるのが怖いんだろう? あまさず穢れを食いつくしてやるよ」

 男は安堵の息をを吐き、残りの供物や呪具を置いて去っていった。
 秋が深まる夜の闇。
 うぞぞ、と大量の蛆が呪具の山を石室の中に運び入れる。その場には廃人の娘のみが残された。蝕神は手持ち燭台しょくだいに火をつけて、ゆったりと娘にかざした。

「──さて、誰もいなくなったけど。いつまでしているつもりだ? お嬢さん」

 白目をむいていた娘の目が、ぎょろりと瞳孔を取り戻した。
しおりを挟む

処理中です...