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五
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わいわいがやがや。
夜明けとともに、やかましい人声が聞こえてきて、多々羅は目を覚ました。
「……うるせえなあ」
がりがりと頭を掻き、金色の髪が跳ね上がる。廃寺の古ぼけた本堂の中の端で休んでいたあこやの姿は見えず。
多々羅は億劫そうに身を起こした。
「あこや様! 庄屋の息子さんにあの鬼がたてついたそうではありませんか! 縁談がなしになったりしないですよね? 村ぐるみでお世話になっている身です。どうか、失礼のないようにお願いします!」
「あの、うちの父が山から戻ってから様子がおかしくて……神主さまに代金を払ったところあこや様に見てもらえと。いつ頃村里に戻られるのでしょうか?」
「あこや様、娘が風邪を引いてしまって、どうか薬草を煎じていただけませんか?」
あこやの周りには村の人間が取り巻いていた。
わいわいがやがや。きゃんきゃんぴーぴー。朝鳥より姦しい。そのひとりひとりに視線を合わし、あこやは人間を宥めていた。
「一度決めた縁談はそんな簡単にはなくなりはしません。信用に関わりますので、庄屋さんも分かっているはずです。鬼にはよくよく言っておきますので……軽い憑き物でしたらこちらの護符を……薬草は煎じて後で鬼に持たせましょう」
熱をだした我が子を抱いた母親は、不安そうな顔をした。
「鬼に? あこや様が直接届けてはくれないのですか?」
「今、あやかしどもが私の命を狙っていて危ないのです。だから廃寺に籠っていると伝えたのですが……早くその子を連れてお帰りなさい。弱っている者は邪気に当てられやすい。悪化してしまいます」
あこやの張った結界は魔性や化生には有効であったが、ただの人間には効果はない。
大勢の村人に印が踏み荒らされて、あこやは少し焦っているように見えた。このままでは結界が緩み、雑魚妖怪ですら侵入しかねない。数で圧されてはさすがに分が悪くなる。村人の命だって危ないのだが──そんなあこやの懸念も村人たちは意に返さず。
「青龍も鬼も使役できたんだから、他のあやかしだって言うこと聞かせればいいじゃない!」
村の女が叫び、
「そうだ、そうだ。だいたい青龍を失くしたのだってあこや様の落ち度だ! せっかく村の守り神としてアレは使えたものを!」
村の男が賛同した。
あこやは押し黙り。そうして、無表情で頭を下げ。
「申し訳ございません。すべて私の力不足が原因です。皆様のことはお守りいたします。だから、どうか今はお帰りを──」
「うるっせえなああ! 俺は朝が弱いんだから、きんきん騒ぐのやめろ!」
あこやの背後から現れた多々羅が怒鳴った。村人たちがびくりと怯え、あこやも目を瞬いた。
金色の髪は逆立ち、めきめきと角を枝わかれさせた姿は、不機嫌さを露わにしていた。
村人が怯え、一歩後ろに下がった瞬間に、ぬうと縊鬼が現れて村の女の首に手を伸ばした。
「……っ! 伏せなさい!」
あこやは手に持っていた鉾鈴をとっさに放り投げ、縊鬼の首に突き刺した。縊鬼がギャアアと悲鳴を上げる。それを見て、村人たちも喚いた。人間の混乱や不安はあやかしの力を増長させやすい。
「うわ、あやかしだああ!」
「きゃああ!」
一匹湧いて出ると、次から次へと鬼たちが出現した。髪鬼が男を羽交い絞めにし、鬼婆が鉈を振り回す。結界を破り、たくさんのあやかしたちがあこやもろとも人間を襲う。たいした敵ではないが、ひ弱な村人を守りながらでは厄介だ。
「──多々羅!」
〝名付け〟の言霊で、多々羅は髪鬼を引き裂き、鬼婆を蹴散らした。
「──村人を守りなさい!」
「だっる、こいつらの自業自得なのに~」
「多々羅!!」
分かってますよ~と不満そうな言葉とは裏腹に、多々羅は高笑いしながら、ばしゅ、と水鬼の首を吹っ飛ばした。金鬼の腕をへし折り、風鬼の胴に穴をあける。
多々羅が暴れているうちにあこやは鉾鈴を引き抜き、別の村人に迫る一つ目鬼を背後から躊躇なく突き刺す。
「一か所に集まって、動かないで!」
肉片が飛び、血しぶきが飛び、悲鳴が上がる。多々羅はわざと鬼の生首や手首を村人のそばに投げ飛ばしては人間の絶叫を聞いて笑っていた。咎める余裕もなく、あこやも鬼の心臓を突き刺し続けた。白い巫女装束は血が染み込み、あこやが衣を翻すたびに鮮血が舞い散る。美しくも、恐ろしい。血の神楽のようだった。巫女とは程遠いその姿は村人たちの目に焼き付いた。ほどなく、鬼の数は減り、
「やっぱりいいねえ、肉の感触は。人間にはかなわねえけど」
多々羅は絶命した一つ目鬼の目玉を「あーん」と飴玉のように喰らった。長い舌でぺろりと血を舐める。
あこやもさすがに息を荒げ、ふう、と血で染まった鉾鈴をぬぐう。村人はそんな二人を見て震える吐息を漏らした。
「……なんておそろしい、化け物どもが」
「ん~? 今なんか言ったあ?」
ぐるり、と多々羅が首を回した。ひ、と息を呑んだ村の女の前にしゃがみ、首を傾げる。
「助けてもらって礼もなしなの? 俺ちょっとむかっとしちゃうよ?」
「ひっ! あ、あこや様、た、たすけ」
「あぁ? 今俺と話してるじゃん、無視はよくねえなあ」
金色の瞳の中の赤い瞳孔が開く。枝わかれした角は大きくなるばかり。恐ろしさのあまり女は口をつぐんだ。他の村人は自分に鬼の注意が向かないように、息をひそめているだけだった。
「──多々羅、おやめなさい」
あこやだけが悠然と歩み寄る。多々羅は挑発するように目を細めた。
「いいのかよ?〝化け物〟って俺にだけ言ったんじゃねえと思うけど~?」
「……」
あこやは黙った。頭から血をかぶった姿で冷たく腰を抜かす村人たちを見下ろす。
青龍は優しく、清らかな存在だった。村人に対してこんな脅迫はしなかったし、血の穢れから守るため、あこやも乱暴な妖怪退治はしなかった。だが──
鬼を従えたあこやは──清廉なはずの〝真珠の巫女姫〟は血に濡れても動揺することもなく、あからさまに村人を見下げていた。従える対象が鬼になったからなのか。それとも、彼女本来の性格はそういうものだったのか。儚く、優しく、献身的な今までの巫女の姿とは一変して、まるで鬼女と言っていい風体。鬼はそんな彼女を見て、にやにやと笑っていた。彼女の許可があれば、すぐにでも村人を仕留める気満々なのがまるわかりの笑みだった。
静まり返った緊張感の中で、けほ、と熱をだした幼子が咳き込む。
母親は幼子の口元を押さえ、隠すように抱きしめる。それを見て、すっとあこやは表情を緩ませた。
「大丈夫、その子はただの風邪です。無理せず休んでいればよくなりますよ。よく効く薬草を煎じてあげましょう」
そうして、いつものように柔らかく微笑んだ。血に濡れているのに。鬼たちの心臓を躊躇なく刺殺したのに。それは菩薩のような優しい笑みだった。その歪さは不思議な美しさでもあった。目が離せないほどに。恐ろしいのに魅力的で──
「分かったでしょう? ここには怖いあやかしも、乱暴な鬼もいる。さあ、お帰りなさい」
あこやが林の出口を指差す。金縛りが解かれたように、村人は足を引きずり、身体を引きずりながら、逃げ出した。
畏怖と畏敬、どちらも籠った瞳を向けながらあこやから逃げ去る。
村人の姿が見えなくなってようやく、あこやは息をつく。多々羅は呆れたため息をついた。
「ざんね~ん。久々に人間が喰えると思ったのに。あんな現金な連中に慈悲深いねえ巫女さん」
「……黙りなさい。余計な挑発しないでください。今は気が立っているのであなたの舌も抜きたくなってしまいます」
「おお、こわっ、やっぱりこっちが素なんじゃん。そんな状態でよくあんな人間どもに優しくしてやれるなあ。あいつら、敬ってるというより、いいように使おうとしてるだけじゃね?」
「……仕方ないでしょう、私はこれでも人間です。人の役に立たねば生きてゆけません」
ふーん、と多々羅は頭の後ろで手を組んだ。
「それで、精いっぱい聖女ぶってるってわけね。ぼろでまくりだけど」
あこやは視線を落として、手にべったりついた血をぬぐった。異形を従え、異形を殺し、人の枠の中から外れて生きる。その姿はどうあがいても清いものではない。それなのに、清く正しく美しくいろ、とそう育てられた。傍らにいた浄化の象徴である青龍もいなくなり、あこやの歪さはもう隠しようもなかった。
「そう……だから、私は聖女なんかじゃ、」
「だって、偏食すぎね? 甘いものっていうか団子しか食ってねえし。身も心も全然律してないじゃん」
けれど、多々羅はあこやが血まみれなことには気にも留めず。「太るよ」と呑気な台詞を吐いた。あこやは目を瞬かせ、言葉に迷い。
「……それは、神職は四つ足の獣は食べてはいけないのです。だから仕方なく」
「いやいや、村から野菜も魚も捧げられてるじゃん。なのに一つも食べないし」
村人が置いていった野菜を多々羅は見やり、思わぬことを宣った。
「ん~? もしかして巫女さんて、野菜嫌いなん?」
「──な、」
「だめだぜ? 好き嫌いしたら。俺も女ばっかり喰うなって叱られたことあるよ。偏食するなって。女は旨いけど男も食わないと力がつかないし、爺とか婆も喰わないと頭が悪くなるって昔、鬼の棟梁に怒られたんだ~」
子供を咎めるような口調で諭されて。
ぽかん、とあこやは目を見開いたあと、わなわなと震え出した。──真っ赤に頬を染めて。
「え? 怒った。図星? 本当に野菜嫌いなの?」
「うるっさい!! 余計なお世話です!!」
「ごめんて~そんな気にしてたとは思わなくて。好き嫌いは誰にでもあるもんな、うん。太るって言ってもそんな気に病むほどじゃないぜ? 俺はふかふかの女のが好きだし」
「変な慰めはやめなさい!」
かっかっと肩を怒らせたあこやは供物の中から、カブやタケノコ、ウドを多々羅に押し付けた。
「そんなに言うなら今日は野菜鍋にします! 用意しておきなさい!」
そういって小川に禊に行ってしまった。残された多々羅は「え? 俺が作るの?」と間の抜けた声で呟いた。
夜明けとともに、やかましい人声が聞こえてきて、多々羅は目を覚ました。
「……うるせえなあ」
がりがりと頭を掻き、金色の髪が跳ね上がる。廃寺の古ぼけた本堂の中の端で休んでいたあこやの姿は見えず。
多々羅は億劫そうに身を起こした。
「あこや様! 庄屋の息子さんにあの鬼がたてついたそうではありませんか! 縁談がなしになったりしないですよね? 村ぐるみでお世話になっている身です。どうか、失礼のないようにお願いします!」
「あの、うちの父が山から戻ってから様子がおかしくて……神主さまに代金を払ったところあこや様に見てもらえと。いつ頃村里に戻られるのでしょうか?」
「あこや様、娘が風邪を引いてしまって、どうか薬草を煎じていただけませんか?」
あこやの周りには村の人間が取り巻いていた。
わいわいがやがや。きゃんきゃんぴーぴー。朝鳥より姦しい。そのひとりひとりに視線を合わし、あこやは人間を宥めていた。
「一度決めた縁談はそんな簡単にはなくなりはしません。信用に関わりますので、庄屋さんも分かっているはずです。鬼にはよくよく言っておきますので……軽い憑き物でしたらこちらの護符を……薬草は煎じて後で鬼に持たせましょう」
熱をだした我が子を抱いた母親は、不安そうな顔をした。
「鬼に? あこや様が直接届けてはくれないのですか?」
「今、あやかしどもが私の命を狙っていて危ないのです。だから廃寺に籠っていると伝えたのですが……早くその子を連れてお帰りなさい。弱っている者は邪気に当てられやすい。悪化してしまいます」
あこやの張った結界は魔性や化生には有効であったが、ただの人間には効果はない。
大勢の村人に印が踏み荒らされて、あこやは少し焦っているように見えた。このままでは結界が緩み、雑魚妖怪ですら侵入しかねない。数で圧されてはさすがに分が悪くなる。村人の命だって危ないのだが──そんなあこやの懸念も村人たちは意に返さず。
「青龍も鬼も使役できたんだから、他のあやかしだって言うこと聞かせればいいじゃない!」
村の女が叫び、
「そうだ、そうだ。だいたい青龍を失くしたのだってあこや様の落ち度だ! せっかく村の守り神としてアレは使えたものを!」
村の男が賛同した。
あこやは押し黙り。そうして、無表情で頭を下げ。
「申し訳ございません。すべて私の力不足が原因です。皆様のことはお守りいたします。だから、どうか今はお帰りを──」
「うるっせえなああ! 俺は朝が弱いんだから、きんきん騒ぐのやめろ!」
あこやの背後から現れた多々羅が怒鳴った。村人たちがびくりと怯え、あこやも目を瞬いた。
金色の髪は逆立ち、めきめきと角を枝わかれさせた姿は、不機嫌さを露わにしていた。
村人が怯え、一歩後ろに下がった瞬間に、ぬうと縊鬼が現れて村の女の首に手を伸ばした。
「……っ! 伏せなさい!」
あこやは手に持っていた鉾鈴をとっさに放り投げ、縊鬼の首に突き刺した。縊鬼がギャアアと悲鳴を上げる。それを見て、村人たちも喚いた。人間の混乱や不安はあやかしの力を増長させやすい。
「うわ、あやかしだああ!」
「きゃああ!」
一匹湧いて出ると、次から次へと鬼たちが出現した。髪鬼が男を羽交い絞めにし、鬼婆が鉈を振り回す。結界を破り、たくさんのあやかしたちがあこやもろとも人間を襲う。たいした敵ではないが、ひ弱な村人を守りながらでは厄介だ。
「──多々羅!」
〝名付け〟の言霊で、多々羅は髪鬼を引き裂き、鬼婆を蹴散らした。
「──村人を守りなさい!」
「だっる、こいつらの自業自得なのに~」
「多々羅!!」
分かってますよ~と不満そうな言葉とは裏腹に、多々羅は高笑いしながら、ばしゅ、と水鬼の首を吹っ飛ばした。金鬼の腕をへし折り、風鬼の胴に穴をあける。
多々羅が暴れているうちにあこやは鉾鈴を引き抜き、別の村人に迫る一つ目鬼を背後から躊躇なく突き刺す。
「一か所に集まって、動かないで!」
肉片が飛び、血しぶきが飛び、悲鳴が上がる。多々羅はわざと鬼の生首や手首を村人のそばに投げ飛ばしては人間の絶叫を聞いて笑っていた。咎める余裕もなく、あこやも鬼の心臓を突き刺し続けた。白い巫女装束は血が染み込み、あこやが衣を翻すたびに鮮血が舞い散る。美しくも、恐ろしい。血の神楽のようだった。巫女とは程遠いその姿は村人たちの目に焼き付いた。ほどなく、鬼の数は減り、
「やっぱりいいねえ、肉の感触は。人間にはかなわねえけど」
多々羅は絶命した一つ目鬼の目玉を「あーん」と飴玉のように喰らった。長い舌でぺろりと血を舐める。
あこやもさすがに息を荒げ、ふう、と血で染まった鉾鈴をぬぐう。村人はそんな二人を見て震える吐息を漏らした。
「……なんておそろしい、化け物どもが」
「ん~? 今なんか言ったあ?」
ぐるり、と多々羅が首を回した。ひ、と息を呑んだ村の女の前にしゃがみ、首を傾げる。
「助けてもらって礼もなしなの? 俺ちょっとむかっとしちゃうよ?」
「ひっ! あ、あこや様、た、たすけ」
「あぁ? 今俺と話してるじゃん、無視はよくねえなあ」
金色の瞳の中の赤い瞳孔が開く。枝わかれした角は大きくなるばかり。恐ろしさのあまり女は口をつぐんだ。他の村人は自分に鬼の注意が向かないように、息をひそめているだけだった。
「──多々羅、おやめなさい」
あこやだけが悠然と歩み寄る。多々羅は挑発するように目を細めた。
「いいのかよ?〝化け物〟って俺にだけ言ったんじゃねえと思うけど~?」
「……」
あこやは黙った。頭から血をかぶった姿で冷たく腰を抜かす村人たちを見下ろす。
青龍は優しく、清らかな存在だった。村人に対してこんな脅迫はしなかったし、血の穢れから守るため、あこやも乱暴な妖怪退治はしなかった。だが──
鬼を従えたあこやは──清廉なはずの〝真珠の巫女姫〟は血に濡れても動揺することもなく、あからさまに村人を見下げていた。従える対象が鬼になったからなのか。それとも、彼女本来の性格はそういうものだったのか。儚く、優しく、献身的な今までの巫女の姿とは一変して、まるで鬼女と言っていい風体。鬼はそんな彼女を見て、にやにやと笑っていた。彼女の許可があれば、すぐにでも村人を仕留める気満々なのがまるわかりの笑みだった。
静まり返った緊張感の中で、けほ、と熱をだした幼子が咳き込む。
母親は幼子の口元を押さえ、隠すように抱きしめる。それを見て、すっとあこやは表情を緩ませた。
「大丈夫、その子はただの風邪です。無理せず休んでいればよくなりますよ。よく効く薬草を煎じてあげましょう」
そうして、いつものように柔らかく微笑んだ。血に濡れているのに。鬼たちの心臓を躊躇なく刺殺したのに。それは菩薩のような優しい笑みだった。その歪さは不思議な美しさでもあった。目が離せないほどに。恐ろしいのに魅力的で──
「分かったでしょう? ここには怖いあやかしも、乱暴な鬼もいる。さあ、お帰りなさい」
あこやが林の出口を指差す。金縛りが解かれたように、村人は足を引きずり、身体を引きずりながら、逃げ出した。
畏怖と畏敬、どちらも籠った瞳を向けながらあこやから逃げ去る。
村人の姿が見えなくなってようやく、あこやは息をつく。多々羅は呆れたため息をついた。
「ざんね~ん。久々に人間が喰えると思ったのに。あんな現金な連中に慈悲深いねえ巫女さん」
「……黙りなさい。余計な挑発しないでください。今は気が立っているのであなたの舌も抜きたくなってしまいます」
「おお、こわっ、やっぱりこっちが素なんじゃん。そんな状態でよくあんな人間どもに優しくしてやれるなあ。あいつら、敬ってるというより、いいように使おうとしてるだけじゃね?」
「……仕方ないでしょう、私はこれでも人間です。人の役に立たねば生きてゆけません」
ふーん、と多々羅は頭の後ろで手を組んだ。
「それで、精いっぱい聖女ぶってるってわけね。ぼろでまくりだけど」
あこやは視線を落として、手にべったりついた血をぬぐった。異形を従え、異形を殺し、人の枠の中から外れて生きる。その姿はどうあがいても清いものではない。それなのに、清く正しく美しくいろ、とそう育てられた。傍らにいた浄化の象徴である青龍もいなくなり、あこやの歪さはもう隠しようもなかった。
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「だって、偏食すぎね? 甘いものっていうか団子しか食ってねえし。身も心も全然律してないじゃん」
けれど、多々羅はあこやが血まみれなことには気にも留めず。「太るよ」と呑気な台詞を吐いた。あこやは目を瞬かせ、言葉に迷い。
「……それは、神職は四つ足の獣は食べてはいけないのです。だから仕方なく」
「いやいや、村から野菜も魚も捧げられてるじゃん。なのに一つも食べないし」
村人が置いていった野菜を多々羅は見やり、思わぬことを宣った。
「ん~? もしかして巫女さんて、野菜嫌いなん?」
「──な、」
「だめだぜ? 好き嫌いしたら。俺も女ばっかり喰うなって叱られたことあるよ。偏食するなって。女は旨いけど男も食わないと力がつかないし、爺とか婆も喰わないと頭が悪くなるって昔、鬼の棟梁に怒られたんだ~」
子供を咎めるような口調で諭されて。
ぽかん、とあこやは目を見開いたあと、わなわなと震え出した。──真っ赤に頬を染めて。
「え? 怒った。図星? 本当に野菜嫌いなの?」
「うるっさい!! 余計なお世話です!!」
「ごめんて~そんな気にしてたとは思わなくて。好き嫌いは誰にでもあるもんな、うん。太るって言ってもそんな気に病むほどじゃないぜ? 俺はふかふかの女のが好きだし」
「変な慰めはやめなさい!」
かっかっと肩を怒らせたあこやは供物の中から、カブやタケノコ、ウドを多々羅に押し付けた。
「そんなに言うなら今日は野菜鍋にします! 用意しておきなさい!」
そういって小川に禊に行ってしまった。残された多々羅は「え? 俺が作るの?」と間の抜けた声で呟いた。
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