鬼に真珠

ちづ

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「──多々羅たたら、あなたの名前です。私が呼んだら返事をするように」
「拾った山の名前とか、安直だな~」
「返事」
「ッ痛ぇ‼ 分かりました分かりました‼ 舌を引き抜こうとするのヤメテクダサイ‼」

 よろしい、とあこやが〝楔打くさびうち〟を緩める。あこやが霊力を込めて睨むだけで舌が引き絞られるように痛むのだ。
 鬼の住む山から下り、麓の里まで二人はたどり着く。里の人間は皆、あこやに対して敬意を表していたが、横にいる見慣れない鬼のせいで、びくびくと遠巻きにしていた。あこやは気にせず、里の茶屋の長腰掛ながこしかけに座り、団子をもくもくと咀嚼そしゃくする。

「あの山を根城にしていたということは、お前と相性のいい場なのでしょう。そのまま土地の名をつけます。使役しえきしてもなるべく妖力が落ちぬように」
「へえ俺のためなんだ。慈悲深いねえ、巫女さん」
「名付けてしまえばもっと縛りやすくなるので。よくよく働いてもらいますよ」
「ひっど! 舌に〝楔打ち〟されてるだけで充分だってのに。仲良くする気なしですか。青龍のことは可愛がってたんだろ~俺にも優しくしてくれよ~」
「その青龍を殺したのは誰ですか。それにいろいろと事情があるのです、事情が。私はか弱い人間ですので、強い異形を従えないと危ないのです」

 どの口が、と鬼は──多々羅たたらは舌打ちした。無論、多々羅の言葉は上面のみ。馴れ馴れしい態度で話しかけながら、常にあこやの縛りから逃れるすべを窺っている。あこやもそれは分かっているので真面目に取り合う気はない。さっさと団子を食べ終え、茶屋の娘に礼を言い、立ち上がると。

「──あこや、戻ったのか! 無事で何より。顔に傷などはついていないだろうな……て、なんだ、その鬼は。青龍はどうしたんだい」
「神主さま」

 ふうふう、と中年の神主が走ってきた。大きく膨れた腹を揺らし、脂汗を浮かべる男を見て、多々羅は「なんだこの豚」と宣い、あこやは「やめなさい」と咎める。
 
「頼まれていた鬼退治は完了いたしました。青龍はこの鬼を封じるための犠牲になったのです。可哀そうなことをいたしました」
「それは、また難儀な……まあいい、を果たしたのだろう。ある意味ではちょうどよかった。どうせこの鬼退治でお役御免の龍……あこや、分かっているな。ひと月後の吉日には、」

 多々羅は怪訝な顔をした。
 青龍を従えた真珠の巫女姫の噂。慈悲深く、気高く、美しく。あやかしや狐狸類こりたぐい荒神あらがみ悪神あくしんによって困っている人間を財ある者、貧しい者、区別なく助ける。この地では神格化された存在だった。それゆえ人間に悪さをするあやかしにとっては目の上のたんこぶで、命を狙った同胞もいたそうだが、ことごとく返り討ちに合ったと聞いた。それほどまでの霊力を持った巫女に力を貸す青龍もまた、もちろん村人たちからあがめられ、敬われているはずだ。それなのに。
 青龍が死んだ話もそこそこに、神主は鼻息荒くあこやに近づいた。
 あこやは、一瞬目を伏せ。

「──近づかないでください」

 と冷たく言い放った。神主がぴたりと足を止める。あこやは神主をじっとりと睨んだ。さながら青龍を殺した悪鬼を見たときのような憎悪の篭った瞳で。神主に向かって指を差し、



 〝名付け〟の言霊で、多々羅は考えるより先に身体が動く。鋭利な爪が風を切り裂いた。神主の首──の横から湧き出る餓鬼がきを、一瞬のうちに粉砕する。つう、と神主の頬が風圧で切れて、神主は「ひいっ」と腰を抜かした。

「──……まあ……」

 自分で命じたのに、あこやはその光景を見て目を見張った。
 そっぽを向く多々羅を横目で見やり、

「……一撃ですか。野生の勘はいいのですね。及第点です」
「お褒めに預かり光栄です~というか、神主のくせに餓鬼に憑かれて気づかないとか、本当にただの豚だな」

 へらへらと馬鹿にする多々羅をあこやは「口を慎みなさい」と𠮟りつけたが、口先だけの建前だと分かるそっけなさだった。あこやと多々羅に見下ろされていることに気づき、神主は顔を真っ赤にさせた。

「な、なんだ、使い魔のくせに生意気な! おいあこや! こんな鬼、さっさと殺してしまえ!」
「青龍を失くしたとあれば、あやかしたちが私を狙ってくるのは必然。用心棒は必要です。〝楔打ち〟しておりますのでこの鬼は私には逆らえません。……それより神主さま、ご自身の手に余る憑き物落としはすべきではありません。神主さまが憑りつかれるばかりです」

 うるさい、と神主は聞く耳持たず。あこやはため息をつき、「では下らせて頂きます」とその場から去ろうとする。

「待て、どこに行く。あこや、今宵は……」
「今夜の宴会でしたら、私は辞させて頂きます。村外れの廃寺がありましたね。そこをお借りして篭らねば。私を狙って夜通しあやかしがやってきますので。しばしいとまを」

 大事なお客人のいる宴会中に襲われてもよいなら出席させて頂きますが、とあこやが付け加えると神主は舌打ちした。不機嫌さを隠そうともせず。

「……どう言い逃れようと、お前のは決まっている! いいな! 分かったな!」

 わめく神主は、それでも隣の鬼に慄いているのかそれ以上は近づかなかった。黙ってそのやり取りを聞いていた多々羅は「縁談ねえ」と腕組みし、

「なんか、わかんねんだけど、複雑な事情があったんだ? ごめんなあ、青龍を殺しちまって。不都合でもあった? あこやサマ」

 けらけらと笑う多々羅を見て、キッとあこやは睨んだ。

「誰が名を呼んでいいなどど言いました。弁えなさい」

 〝楔打ち〟が舌を引き絞り、ギャッと多々羅は泣き喚いた。
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