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元魔王は生まれ変わったらしい
次なる目標
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手っ取り早く魔力を増やすには、魔物の肉を摂取するのが、一番効率がよいであろうことはわかっていた。
けれど、周囲に魔物の気配はなく、狩猟で得ることは難しいだろう。それにどのみち今のラウラでは魔物を屠れるほどの魔力も腕力もない。
なんの武器もなく屠れるほど、魔物は弱くない。
となれば、ラウラが取れる手段はほとんど一つしかなかった。つまり――成長を待つのである。
ヒトは成長に従って魔力を増やすことができる生き物である。
そこに賭けるしかなかった。
食料事情の良くない孤児院では、魔物の肉が食卓に上ることはまずない。
ならば、わずかずつでも自分たちの手で育て上げるほかよりない。そして、食べ物を増やすには魔法が必要で、魔法をたくさん使うには魔力が必要で、魔力を増やすには成長するしかないので、結局はよく動き、よく食べ、よく眠るしかないという結論になってしまった。
――むむ? やることは結局変わらないのか。
悩んでいたのが馬鹿らしくなってきたラウラは、悩みを放棄した。
――とりあえず、芋以外の食べ物を増やそう。芋と一緒に植えると虫を防いでくれる植物があったはずだ……。確か臓豆とかいう豆だった気がする。
ラウラは食堂で働くエルマに声をかけた。
「エルマ殿!」
「今度はいったい、なんなんだい!?」
エルマは口調こそ荒いが、ラウラたちのことを邪険にせず、話を聞いてくれる意外といい人だ。
今も腕を組み、面倒くさそうにしているが、優しい目でラウラを見つめていた。
「臓豆を少しだけ、分けてほしいのだが、可能だろうか?」
「臓豆だって? あんなもの、堅くてしっかり煮なきゃ食えやしないよ!」
「煮るのではなく、育てたいのだ」
「あんたが?」
エルマは目を見張ったが、やがてひとり頷いた。
「そうさね……、本当に少しだけなら。今年は豆の育ちがよくなくてね、そもそもそんなにないんだよ」
「感謝する、エルマ殿!」
ラウラは思わずエルマの手を握り、感謝を伝えていた。
種がなければ、いくらラウラの魔法があっても育てようがない。
恐らくエルマは孤児院の乏しい食料の在庫をごまかして、分けてくれるつもりなのだろう。
本当にありがたいことだった。
「ふ、ふん。どうせ院長様は豆がお嫌いなんだ。余らせているのを分けてやるくらい、感謝されるほどのことじゃ……」
「それでも、ありがとう……なのだ」
「ほら、さっさと持っていきな!」
エルマは豆の入った小さな麻袋を、ラウラに押し付けると、さっさと自分の仕事に戻っていった。
後ろから見えるエルマの耳は、ほんのりと赤くなっていたが、ラウラは指摘しないことにする。
「キーラ、クラウス!」
ラウラは早速ふたりの元へ走った。
「なあに、これ?」
「臓豆だ。芋の隣に植えると、共生効果が生まれるのだ」
「キョウセイ……コウカ?」
キーラの困惑をそのままに、ラウラは説明を続ける。
「まず、豆が虫を防いでくれる」
「なんと!」
「しかも、芋の栄養を土の中で作ってくれるので、芋の育ちがよくなる」
「すごい!」
キーラがパチパチと手を叩いて喜んでくれる。
――それにしても、キーラはノリがいいな。
キーラとは違い、クラウスは半信半疑の表情で豆の袋を見つめていた。
「まあ、どうせ俺にはその辺のことはよくわからない。腹いっぱい飯が食えるようになるなら、やってやるさ」
早速三人で手分けをして、芋の株のあいだに、豆を蒔いていく。
指の関節ひとつ分ほどの穴を開け、ぽとりと豆を落とす。
そこへそっと土を被せて、控えめに水を撒いた。あまり撒くと根腐れしてしまうらしい。
「こんな感じで、頼む」
「わかった!」
「やってみる」
キーラとクラウスはなかなか優秀な助手として育ちつつあった。
そんなわけで、大して量のない臓豆はすぐに植え終わってしまった。
「では、行くぞ! 育成」
ラウラが魔法をかけると、ちいさな光が豆を蒔いた辺りへふよりと飛んだ。
途端に土からぽこりと芽が出て、手のひらほどの大きさまで成長する。
「わっ、すごい!」
一度の魔法で、成長できる量が多くなっていた。ラウラの魔法は確実に成長しているようだ。
――うむ。なかなか良い調子だ。
ラウラは満足げな笑みを浮かべた。
「うむ。次は芋と豆の両方にかけるぞ」
「わぁ、がんぱって!」
キーラの声援に気をよくしたラウラは、調子に乗って魔法を放つ。
「もひとつ、育成だ!」
ラウラの魔法が畑にかかり、芋と豆の背丈が膝の高さくらいまで、一気に成長する。
「わぁ!」
「すげぇ」
キーラとクラウスの歓声をよそに、ラウラはがっくりと膝をついていた。
――魔力の使い過ぎだな。我のダメなところだ。昔の感覚で魔法を使う癖を、どうにかしないと……
だが、がっつりとラウラの魔力を奪った魔法のおかげで、もう一度くらい育成の魔法をかければ、収穫できそうな大きさまで育っている。
芋の葉は艶やかで、白い小さな花をつけている。葉の色つやは申し分ない。豆のほうも薄いピンク色の花が咲いていた。こちらの葉っぱには小さな毛がびっしりと生えている。
共に育てた効果が早速でている様子で、安心する。
「明日には収穫できそうだな」
「え、本当に?」
「うむ」
驚くキーラに向かってラウラはうなずいた。
「やった、明日だな?」
珍しくクラウスのテンションも高い。
「そういうわけで、今日の農作業はここまでだ」
「うん」
キーラとクラウスがうなずいて了承する。
「それで、キーラに頼みがある」
「なあに?」
「我を森に連れて行ってくれないか?」
「森に?」
「うむ。野菜を育てるだけではいろいろと足りないのでな、採取できそうなものがないか、見て回りたいのだ。その際の案内を願いたい」
森に入って採取をするだけならば、ラウラ一人でもどうにかなるだろう。けれど、自分一人だけではできることに限りがある。
己が魔王であった頃には理解できなかったが、非力なヒトとして生まれ変わった身で、助けあい、協力することで、自分一人以上の力が発揮できることをラウラは学んだ。
「もちろん、いいよ」
「俺も一緒に行ってやるよ」
「別にクラウスは、……まあ、頼む」
クラウスの期待に満ちた表情に、断ることはできなかった。
「おう。任せておけ」
けれど、周囲に魔物の気配はなく、狩猟で得ることは難しいだろう。それにどのみち今のラウラでは魔物を屠れるほどの魔力も腕力もない。
なんの武器もなく屠れるほど、魔物は弱くない。
となれば、ラウラが取れる手段はほとんど一つしかなかった。つまり――成長を待つのである。
ヒトは成長に従って魔力を増やすことができる生き物である。
そこに賭けるしかなかった。
食料事情の良くない孤児院では、魔物の肉が食卓に上ることはまずない。
ならば、わずかずつでも自分たちの手で育て上げるほかよりない。そして、食べ物を増やすには魔法が必要で、魔法をたくさん使うには魔力が必要で、魔力を増やすには成長するしかないので、結局はよく動き、よく食べ、よく眠るしかないという結論になってしまった。
――むむ? やることは結局変わらないのか。
悩んでいたのが馬鹿らしくなってきたラウラは、悩みを放棄した。
――とりあえず、芋以外の食べ物を増やそう。芋と一緒に植えると虫を防いでくれる植物があったはずだ……。確か臓豆とかいう豆だった気がする。
ラウラは食堂で働くエルマに声をかけた。
「エルマ殿!」
「今度はいったい、なんなんだい!?」
エルマは口調こそ荒いが、ラウラたちのことを邪険にせず、話を聞いてくれる意外といい人だ。
今も腕を組み、面倒くさそうにしているが、優しい目でラウラを見つめていた。
「臓豆を少しだけ、分けてほしいのだが、可能だろうか?」
「臓豆だって? あんなもの、堅くてしっかり煮なきゃ食えやしないよ!」
「煮るのではなく、育てたいのだ」
「あんたが?」
エルマは目を見張ったが、やがてひとり頷いた。
「そうさね……、本当に少しだけなら。今年は豆の育ちがよくなくてね、そもそもそんなにないんだよ」
「感謝する、エルマ殿!」
ラウラは思わずエルマの手を握り、感謝を伝えていた。
種がなければ、いくらラウラの魔法があっても育てようがない。
恐らくエルマは孤児院の乏しい食料の在庫をごまかして、分けてくれるつもりなのだろう。
本当にありがたいことだった。
「ふ、ふん。どうせ院長様は豆がお嫌いなんだ。余らせているのを分けてやるくらい、感謝されるほどのことじゃ……」
「それでも、ありがとう……なのだ」
「ほら、さっさと持っていきな!」
エルマは豆の入った小さな麻袋を、ラウラに押し付けると、さっさと自分の仕事に戻っていった。
後ろから見えるエルマの耳は、ほんのりと赤くなっていたが、ラウラは指摘しないことにする。
「キーラ、クラウス!」
ラウラは早速ふたりの元へ走った。
「なあに、これ?」
「臓豆だ。芋の隣に植えると、共生効果が生まれるのだ」
「キョウセイ……コウカ?」
キーラの困惑をそのままに、ラウラは説明を続ける。
「まず、豆が虫を防いでくれる」
「なんと!」
「しかも、芋の栄養を土の中で作ってくれるので、芋の育ちがよくなる」
「すごい!」
キーラがパチパチと手を叩いて喜んでくれる。
――それにしても、キーラはノリがいいな。
キーラとは違い、クラウスは半信半疑の表情で豆の袋を見つめていた。
「まあ、どうせ俺にはその辺のことはよくわからない。腹いっぱい飯が食えるようになるなら、やってやるさ」
早速三人で手分けをして、芋の株のあいだに、豆を蒔いていく。
指の関節ひとつ分ほどの穴を開け、ぽとりと豆を落とす。
そこへそっと土を被せて、控えめに水を撒いた。あまり撒くと根腐れしてしまうらしい。
「こんな感じで、頼む」
「わかった!」
「やってみる」
キーラとクラウスはなかなか優秀な助手として育ちつつあった。
そんなわけで、大して量のない臓豆はすぐに植え終わってしまった。
「では、行くぞ! 育成」
ラウラが魔法をかけると、ちいさな光が豆を蒔いた辺りへふよりと飛んだ。
途端に土からぽこりと芽が出て、手のひらほどの大きさまで成長する。
「わっ、すごい!」
一度の魔法で、成長できる量が多くなっていた。ラウラの魔法は確実に成長しているようだ。
――うむ。なかなか良い調子だ。
ラウラは満足げな笑みを浮かべた。
「うむ。次は芋と豆の両方にかけるぞ」
「わぁ、がんぱって!」
キーラの声援に気をよくしたラウラは、調子に乗って魔法を放つ。
「もひとつ、育成だ!」
ラウラの魔法が畑にかかり、芋と豆の背丈が膝の高さくらいまで、一気に成長する。
「わぁ!」
「すげぇ」
キーラとクラウスの歓声をよそに、ラウラはがっくりと膝をついていた。
――魔力の使い過ぎだな。我のダメなところだ。昔の感覚で魔法を使う癖を、どうにかしないと……
だが、がっつりとラウラの魔力を奪った魔法のおかげで、もう一度くらい育成の魔法をかければ、収穫できそうな大きさまで育っている。
芋の葉は艶やかで、白い小さな花をつけている。葉の色つやは申し分ない。豆のほうも薄いピンク色の花が咲いていた。こちらの葉っぱには小さな毛がびっしりと生えている。
共に育てた効果が早速でている様子で、安心する。
「明日には収穫できそうだな」
「え、本当に?」
「うむ」
驚くキーラに向かってラウラはうなずいた。
「やった、明日だな?」
珍しくクラウスのテンションも高い。
「そういうわけで、今日の農作業はここまでだ」
「うん」
キーラとクラウスがうなずいて了承する。
「それで、キーラに頼みがある」
「なあに?」
「我を森に連れて行ってくれないか?」
「森に?」
「うむ。野菜を育てるだけではいろいろと足りないのでな、採取できそうなものがないか、見て回りたいのだ。その際の案内を願いたい」
森に入って採取をするだけならば、ラウラ一人でもどうにかなるだろう。けれど、自分一人だけではできることに限りがある。
己が魔王であった頃には理解できなかったが、非力なヒトとして生まれ変わった身で、助けあい、協力することで、自分一人以上の力が発揮できることをラウラは学んだ。
「もちろん、いいよ」
「俺も一緒に行ってやるよ」
「別にクラウスは、……まあ、頼む」
クラウスの期待に満ちた表情に、断ることはできなかった。
「おう。任せておけ」
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