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元魔王は生まれ変わったらしい

芽かきと土寄せ

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「ラウラ、ラウラ!」

 ラウラの眠りは、キーラの騒がしい声によって破られた。

「ううん……、なんだ?」

 ラウラは目をこすりながら、身体を起こした。

「約束したでしょ! 今日になったら、育成の魔法を見せてくれるって!」
「育成の魔法? ああ、あれか……」

 一瞬、何のことかと思ったが、すぐに昨日のことを思い出す。

「確かにそうは言ったが、少々早すぎるのではないか?」

 窓の外はまだ薄暗く、夜が明けようとしている時間だ。農作業に取り掛かるには早すぎるということはないが、幼い身体は睡眠を欲していた。昨夜の夕飯が抜きだったこともたたって、どうにも力が出ない。

「そんなことないよ。ほら、暑くなる前にさっさとやっちゃお?」
「ラウラ、魔法、使うのか?」

 クラウスもすでに目を覚ましていたらしく、キーラの後ろから顔をのぞかせる。期待に満ちた目で、そわそわとした様子を隠せない。

「ふうむ、仕方がない」

 こうなれば、さっさと済ませたほうが早い。ラウラは二度寝の誘惑をどうにか振り切って、身体を起こし、パンと両手でほほをたたいて気合を入れる。

「ラウラ、ウルリーッカ様に怒られたこと、忘れてない?」

 同じく起きていたらしい見覚えのある少年が口をはさんできた。
 昨日、掘削ディグの魔法を失敗したときに、手伝ってくれた少年だった。

「まて、その話は……」

 ラウラは慌てて彼の口をふさごうとするが、キーラの厳しい視線を感じて、すごすごと手を下ろさざるを得なかった。

「ラウラ、どういうこと?」
「少々魔法を暴発させてしまってな……、院長に魔法を勝手に使うなと禁止されておるのだ」
「ちょっと!?」

 キーラの両手がラウラの肩をがっしりとつかむ。
 どうやら彼女の追及を逃すことはできないらしい。

「だが、すでに内緒で熟成エイジングの魔法を使ってしまったのだ。成長の魔法を使ったところで、いまさらではないか?」
「それは……そうかもしれないけど」
「それに、成長の魔法を使わなければ、すぐには食べられるようにならないぞ。なあに、失敗しなければよいだけの話だ。さっさと済ませよう」

 キーラはまだ何か言いたげだったが、魔法に対する好奇心には逆らえず、ラウラに促されるままに裏庭へ移動した。
 みんなで協力して井戸から水をくみ上げ、顔を洗い、口を漱ぐ。
 そうして身を清めてから、ラウラはようやくここに来た目的である作業に取り掛かった。

「さて、それでは御覧ごろうじろ。育成グロウ!」

 ラウラの手のひらからこぶしほどの大きさの光の玉が生まれ、畑の作物に向かってふよふよと飛んでいく。そして植え付けた種芋の数だけ光の玉が分裂し、土の中に吸い込まれるようにして消えた。
 昨日植え付けたばかりの畝には、茶色い土が盛り上がっていただけだった。通常ならば十日から一か月ほどしなければ芽は出てこない。
 ところが、ラウラの育成グロウの魔法がかけられた途端、土の間からぽこりと小さな芽が顔を出したのだ。

「うわっ!」

 キーラが嬉しそうな声を上げる。
 クラウスはぽかんと口を開けたまま、飴玉のような琥珀色の目を大きく見開いている。

「ふふ、それ、もう少しだ。育成グロウ!」

 クラウスとキーラの驚き様に気をよくしたラウラは、少々調子に乗りつつ、更に育成の魔法をかける。
 小さな瑞々しい葉がついた芋の茎がどんどんと伸びていく。そうして手のひらほどの大きさになったところで、成長が止まった。

「えっと……、これで、おしまい?」

 ずっと芋の成長を見守っていたキーラは、不安そうな顔でラウラのほうを振り向いた。
 魔力切れを疑われたラウラは慌てて理由を説明にかかる。

「この状態で、芽かきという作業が必要なのだ。決して魔力切れではないぞ?」
「芽かき?」

 キーラとクラウスはそろって首を傾げる。

「一つの芋からいくつもの芽がでておるであろう?」

 芋からは一つにつき七、八本ほども芽が出ている。

「うん」
「そのままでは小さな芋ばかりになってしまうのでな、三、四本に減らすのだ」
「減らせばいいんだね!」
「まてまて!」

 キーラが無造作に芋の茎をつかもうと手を伸ばしたので、ラウラは慌ててとどめた。

「ただ減らせばよいというものではない。太くてしっかりとした茎を残すのだ。それに、減らすにはコツがあってな……」

 途端にしょんぼりとしたキーラを見て、ラウラは焦った。

――我とて本で読んだだけで、実際の経験はないのだが……。ええい、やるしかないか!

「我がやってみるゆえ、見ておけ」
「うん」

 素直にうなずいて、場所を開けてくれたキーラの機嫌はすでに良くなっているようだった。
 ラウラは恐る恐るひょろりとした芋の茎に手をかけた。なるべく根本近くの茎を掴み、反対の手で株元を押さえる。押さえておかないと、芋が土から飛び出してしまうらしい。
 ゆっくりとひねるようにしながら茎を引っ張っていくと、ぷつりと根元から切れたような感覚が伝わってくる。
 どうやら成功したようだ。
 ラウラは無事お手本を見せることができたことにほっとしつつ、キーラに場所を譲る。

「このように、そっとねじるようにな。あときちんと根元を押さえながらやれば、大丈夫だ」
「うん、やってみる」

 キーラが残った茎の中から少し細めのものを選んで、ラウラの顔をうかがった。
 ラウラがうなずくと、キーラは茎を上手にねじ切った。

「で、できた!」
「うむうむ。この調子で頼む」

 キーラの様子を見ていたクラウスも、黙って目の前の株に手を伸ばした。
 恐る恐るながら、慎重な手つきで作業するクラウスの様子を見ていたラウラは、任せても大丈夫だろうと、自分のほかの株の芽かきに取り掛かった。

「なあ、この抜いた芽はどうするんだ?」

 ちょうどラウラが作業を終えたところで、クラウスから声をかけられた。

「もう一度植えれば芋が生るらしい。ただし今ある株から手のひら二つ分ほど離したほうが良いだろうな」
「そうなのか……」

 クラウスが感心した目つきで手にした芽を眺めた。
 もともと植えた種芋の数はそれほど多くはなかった。あたりを見回すと、ほとんど芽かきの作業は終わっていた。

「芽かきが終わったら、追肥と土寄せをするぞ」
「土寄せ?」
「追肥?」

 キーラとクラウスの怪訝な表情に、ラウラはうなずいて説明する。

「追肥とは、芋が成長するために必要な栄養を足してやることだ」
「成長……栄養……」

 ぶつぶつとつぶやくキーラに、ラウラは説明が足りていないのだと気づく。

「つまり、芋が大きくなるためにはご飯が必要だということだ。芋にとってのご飯とは土の中にあるいろいろな栄養や水だ。昨日採ってきた腐葉土や、厨房で出た骨やくず野菜には多くの栄養が含まれているのでな、それを足してやるのだ」
「ふんふん」

 ラウラの説明にようやく納得したキーラが目をキラキラさせてうなずく。

「じゃあ、土寄せ?……ってのは何のためにするんだ?」
「エルマがくれた種芋は緑色であっただろう?」
「ああ」
「芋に太陽の光が当たるとあんな風に緑色になってしまうのだ。そしてこの緑色は毒なのだ」
「ど、毒!」

 クラウスが手にしていた芽かきをした茎を、ぽとりと地面に落とした。
 ラウラはそれを拾って畝の空いた場所に植えこむ。

「そうならないように、土を根元にかぶせておくのだ。同時に芋がしっかりと根を張れる場所を作れるし、茎が倒れるのを防ぐためにも土が必要なのだ」
「な、なるほど……」

 クラウスもどうやら気を取り直したらしい。
 ラウラは手をたたいて、みんなの注意を引き付けた。

「そういうわけで、手分けして作業にかかるとしよう。キーラは昨日と同じように腐葉土を見つけてきてほしい。クラウスは水やりの準備だな。我はエルマ殿から野菜くずをもらって、たい肥を作るとしよう」

 それぞれ役割分担を決めると、すぐに作業に取り掛かる。
 昨日とさほど変わらない作業内容なので、特に注意すべきこともなく作業は順調に進んだ。
 キーラの持ってきた腐葉土に食堂の厨房でエルマさんからもらったくず野菜を足して、熟成エイジング魔法を使い、たい肥を作る。
 それを株元に撒いた上にさらに周囲の土をかぶせる。
 最後にジョウロで水を撒けば終了だ。

「で、また魔法使えば大きくなるんだよね?」

 キーラに期待を込めた目で見つめられて、ラウラは焦った。
 残念ながら熟成魔法を使ったところで、ラウラのなけなしの魔力が尽きたのだ。

「今日はここまでだ。また明日にしよう」
「えぇ……」
「そっか……」

 キーラとクラウスの残念そうな表情に、ちくちくと罪悪感を刺激される。
 それでもラウラのぐったりとした様子に、キーラとクラウスが食い下がってくることはなかった。
 ラウラの魔力は、魔王であった頃に比べるとほとんど無きに等しいほどしかない。無いものはどうしようもなかった。

「すまぬ……」

 ラウラは早急に魔力を増やす必要を痛感していた。
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