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元魔王は生まれ変わったらしい

農業は一日にして成らず

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「え? 種じゃなくて芋がいるの?」
「さよう。種でも育たぬことはないが、収穫できるまでに、時間がかかりすぎる。だが芋を植えておけばすぐに芽がでて収穫できる……はずだ。芋ならば少々やせた土地でも育つゆえ、裏庭でも大丈夫なはずだ……」

 農業に関する知識は、聞きかじったものばかりで、実際に農作業をしたことのないラウラには、確証が持てない。
 そんな聞きかじりのあいまいな記憶を総動員したところ、孤児院の裏庭には、クローバーのような草がよく生えていた。あまり肥えた土地ではないが、芋くらいならば育つだろうと、予想ができた。

「食堂のおばさんに頼んでみる?」
「そうだな」

 まずは孤児院の食事を作ってくれているおばさんに聞いてみることにする。
 ちょうど夕食の準備をしていたおばさんは、ラウラたちの質問に手を止めて答えてくれた。

「芋を分けて欲しいって?」
「そうだ……です」
「ただでさえ少ないあんたたちの夕飯が減っちまうよ」

 おばさんは前掛けで手を拭きながら不機嫌そうに言い放つ。

「うーむ。はやり難しいか……」
「どうしてもって言うんなら、そこの芽が出て緑色になっちまった毒芋でもいいなら、持っていきな!」
「なんと!」
「やったね!」

 ラウラとキーラはハイタッチで喜び合う。

「毒芋だよ? 食べたら腹を壊すんだよ、わかってんのかい?」

 疑わしそうな目で見つめてくるおばさんに、ラウラは弁明する。

「大丈夫だ。食べるわけではないのでな。緑色の部分さえ取り除けば大丈夫……いや、本当にありがたい! 感謝するぞ、下働き殿」

 毒となる緑色の部分さえ取り除けば食べられるだろうが、今はそれよりも種芋が欲しいのだ。余計なことは言わないように口をつぐむ。

「下働きって……、あたしにゃちゃんとエルマって名前があるんだよ」
「そうか、エルマ殿。感謝する」
「ありがとう~、エルマさん!」

 ラウラが礼を言うと、キーラもそれに倣う。

「ねえ、すぐに植えてみようよ」
「うむ。そうだな」

 意気込んで裏庭に向かったラウラは、裏庭の荒れ果てた様子に愕然とした。
 先日、草むしりをしたばかりとあって、雑草こそ減っているものの、土は固く、とても芋を植えられそうな状態ではない。

「先に土を耕さねばならないのだったか……。鍬がいるな」
「鍬?」

 キーラには聞き覚えのない単語だったようだ。首を傾げている。

「そうだ、こんな形をしていて土を耕すのに使う道具だ」

 ラウラは固い地面に、拾った枯れ枝で絵を描いてみせる。

「そんなもの、ここにはないよ」
「うーむ、農具から作るのはさすがにちと無理であろうな」

 町に出れば鍛冶屋で鍬を手に入れることはできるだろうが、買うための金などあるはずもない。
 ふたりのあいだにしょんぼりとした空気が流れた。
 そんなとき、遠巻きにしていたクラウスが、ラウラとキーラに近づく。

「なあ俺、農家のおじさんに借りられないか、聞いてくるよ」
「え? 手伝ってくれるの?」
「ああ、どうせ俺たちにろくな仕事なんてないんだ。暇つぶしにはちょうどいいさ」
「だったら、私も行く!」

 どうやらキーラとクラウスのあいだで、話がまとまりつつあるようだ。

「だが、ただでは借りられぬだろう?」
「畑の草むしりをするからって、お願いしてみれば多分大丈夫だと思う」
「キーラ、頼めるか?」
「うん。任せといて。私、みんなのおねえちゃんだもの!」

 キーラは胸を張った。

「すまぬが、頼む」
「じゃあ、いってくるね」
「ああ、期待して待ってろよ」

 ラウラは意気揚々と出て行くキーラとクラウスを見送った。

「ならば、少しでも準備を進めておくか」

 植物を育てるのに必須の水は、ちょうど裏庭にある井戸から汲めばいいだろう。あとは肥料が必要だったはずだ。

「すまん、少しいいか?」

 ラウラは再び食堂のおばさん、もといエルマを訪ねた。

「料理を作ったときにでるゴミが欲しい?」
「そうだ。野菜の皮や肉の骨などがあれば……助かる」
「肉もないのに骨なんてあるはずがないよ。だけど野菜の皮ならそこの樽にあるよ。勝手におし。それから、樽を元に戻すのを忘れるんじゃないよ!」
「感謝するぞ、エルマ殿!」
「まったく、変な子だよ……」

 ぶつぶつと文句をいいながらも、エルマの目は優しい。

「ならば、まずは樽を裏庭に運ばねばな。ふんっ!」

 ラウラは身長ほどもある大きな樽を抱えようとしたが、びくともしない。

「ぐぐぐっ!」

 顔が真っ赤になるまで力を振り絞るが、樽は動かない。

「ラウラ、ひとりじゃ無理だよ」

 ひとりの少年がラウラに近づいた。それを機に、遠巻きにしていた孤児たちが二、三人近づき、ラウラの持つ樽に手をかける。

「いくぞ、せーのっ!」

 ひとりではびくともしなかった樽が、あっさりと持ち上がる。

「なんと……」

 ラウラは誰かと協力して作業するという初めての経験に感動していた。個人主義であり、魔力こそ全てである魔族にとって、大勢で協力して作業に当たるということは、おおよそ考えられないことだった。

――ヒトとは非力であるがゆえに、協力するという力を持つということか。なかなか侮れぬ……。我が勇者に負けたのも、こういった積み重ねが原因であったのかもしれぬ……

 遠い目をしていたラウラは視線を感じて顔を向ける。
 ラウラの隣で樽を持ち上げている男児が、じっと彼女を見つめていた。

「感謝、する」
「いいって。食べ物が増えるかもしれないんだろ? だったら協力くらいするさ。裏庭に運べばいいんだろ?」
「ああ、頼む」

 そうして、ラウラは孤児たちの助力を得て、樽の中身を裏庭の隅に積み上げた。

「で、どうするの?」
「たい肥を作るのだ」

 樽を運んでくれた男児の問いに、ラウラは応えながら、樽の量を確認する。

「たいひって、なに?」
「うむ。畑の栄養だ。痩せた土地でも、たい肥を施せば野菜が肥え太る」
「ふうん……よくわかんないけど、それがあれば野菜が育つってこと?」
「う、うむ。その理解でよいだろう」

 孤児院の栄養事情は切実だった。早く食べ物を増やさなければ、命に関わる。

「たい肥を作るには通常であれば数ヶ月を要するが、そこまで待ってはいられないのでな、魔法を使う」
「魔法!」

 ラウラの言葉に孤児たちのあいだから歓声が上がる。

「ラウラ、魔法使えるの?」
「少しだがな」

 ラウラが魔王として生きていた頃は、かなり強力な攻撃魔法を使うことができた。それも今は昔の話。ほとんど無尽蔵の魔力と、それを自在に制御可能な強靭な肉体があればこそ、可能なことであった。
 今のラウラの身体には、わずかな魔力しか蓄えられてはいない。
 それこそ炎系統の初級魔法である火球ファイアボール一回で枯渇しかねない。
 だがしかし、この非力な肉体では魔法に頼らねば、まともに作業が進まない。まずはたい肥の元となる野菜くず、そして先日の草刈で集まった雑草、それに土を混ぜて発酵させるのだ。
 ラウラは両手を前に突き出し、体内の魔力を手に集める。

「では、いくぞ。掘削ディグ

 ラウラの手から光の珠が生まれ、地面に吸い込まれる。
 次の瞬間、どかんという爆音が周囲に響き渡った。
 周囲にもうもうと土煙が立ち込める。

「ごほ、ごほっ!」
「うわー、なにこれ?」
「……失敗した」

 砂煙を浴びながら、ラウラは落ち込んだ。かつての自分であれば、ありえない大失態だった。
 宙を舞っていた土煙が治まると、次第に惨状が明らかになった。
 土は大きくめくれ上がり、あちこちに大穴が開いている。

「なにごとです!」

 ウルリーッカが血相を変えて現れた。
 彼女の目に入ったのは、いたるところに大きな穴の開いた裏庭の姿だった。

「えっと、ラウラが魔法を使った」
「どっかーんて、大爆発した」
「……少々制御を誤った」

 ラウラは己の敗因を分析する。魔力量が少ないため、気合を入れて魔力操作をしたのだが、おそらく魔力の質が想定よりも高かったのだろう。
 次は魔力を薄く延ばすように操作すれば、うまくいくはずだ。

「また、あなたなのですか?」

 ウルリーッカの視線がラウラに注がれる。

「あの……そうです」

 ラウラは若干ウルリーッカから視線をそらしつつ、答えた。
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