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元魔王は生まれ変わったらしい
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勇者の剣先は、吸い込まれるように魔王の心臓を貫いた。
背中から赤い血に濡れた剣先が顔をのぞかせている。
「……ぐっ」
魔王の口の端から一筋、赤い液体が顎へ伝う。
「これで、……終わりだ」
男がぽつりと呟くように宣言すると同時に、魔王の身体がぐらりと前に傾いだ。
男は剣が刺さったままの魔王の身体を、反射的に抱きとめていた。
「そなたこそ真の勇者よ……。見事……なり」
魔王は自分の命の灯火が失われていることを自覚し、そっと目を閉じた。
決して自分の力が男に劣っていたとは思わない。けれど、ほんの少しだけ……そう、ほんの少しだけ男の力が勝っていたのであろう。
自分をこれまで支えてくれた部下たちも、ほとんどが男とその仲間たちによって倒され、この場にはいない。
部下たちには少々申し訳ない気持ちもあるが、これもまた世の習い。是非もない。
互いの死力を尽くした戦いに負けたのだ。弱者は強者の前にただ黙するのみ。
全力を出し切った爽快さを感じて、魔王の唇の端がわずかにつりあがった。
「見事などと……笑止だ」
なにが気に入らなかったのか、男の腕にぐっと力がこもる。
苦しい息の中、魔王は目を開け男の顔を見上げた。
そこには勝ち誇った表情が浮かんでいるはずだった。
けれど、男は苦しみをこらえるように、目を細め、眉根を寄せている。
「我を倒したこと、誇るが……いい」
「これで……本当に、平和になるのか?」
不安そうな男の表情に、魔王は虚をつかれた。
「そのような……こと、我は知らぬ。あとは、おまえが……考えろ」
いまの魔王に男の投げかけた哲学的な問いに答える余裕などあるはずもなかった。
――ああ、やっと楽になれる。少々戦いには飽きた。もしも、次の生があるのならば、穏やかに……。そう、土でも耕しながら生きるのもよいかも知れぬ……
魔王はゆっくりと目を閉じた。
そうして、その目が開くことは二度となかった。
――はずなのに! いったいどういうことだ、これは!
魔王が目を覚まし、最初に目にしたのは薄汚れた天井だった。
勇者に倒された記憶はしっかりと残っている。それなのにどうして天井が見えるのか!
慌てて飛び起き、周囲を見回し、魔王は愕然とした。
不衛生な床に、かび臭い干草の上に横たわるいくつもの小さな身体。
ボロボロで、つぎはぎだらけの薄汚れた灰色の服に身をつつんだ子供たちが、あちこちでごろごろと寝転がり、寝息を立てている姿が薄明かりの中に浮かび上がる。
「なんだ、このちんくしゃな身体は! なっ、声が!」
見下ろした自身の身体もまた、周囲の子供たちと同様に小さかった。
ボロボロの服からのぞく手足は細く、頼りない。そしてその声は高く、とても成人のものとは思えないものだった。
腰ほどもあった長い髪は、肩くらいまでの長さしかなくなっており、べったりとして油っぽく艶がない。
「ラウラ……うるさいよ……」
魔王の隣に寝ていた女児が、目をこすりながら干草のあいだから身体を起こし、寝ぼけた声で抗議してくる。
「は? ラウラ?」
――ラウラとは、我のことか?
「どうしちゃったの、ラウラ?」
女児は眠そうだった目を大きく開くと起き上がり、ラウラの肩をつかんだ。
「不敬であるぞ!」
いきなり身体に触れられて、魔王はむっとする。
「は、ふけい? って、なに?」
「不敬とは……礼儀に適っていないということであろう」
「礼儀って、なに?」
女児は不思議そうな顔で首を傾げた。
「れ、礼儀も知らぬのか!?」
魔王は思わず叫んだ。
――いったいここはどこなのだ? それにどうして我の身体がこんなに縮んでいるのだ?
パニックになっている魔王をよそに、周囲の子供たちがもぞもぞと身体を動かし始めた。
「もう……うるさいなぁ……」
この中では一番年かさであろう男児が、大きなあくびをしながら起き上がった。
「ラウラもキーラもうるさいぞ! こんなに騒いでいたら、院長が来ちゃうだろ?」
「だって、ラウラが……」
男児にたしなめられ、キーラと呼ばれた女児が涙ぐむ。
「ああ、もうっ! 泣くなよキーラ、これくらいで!」
ぐすぐすと鼻をすするキーラに、男児は弱りきった表情で視線をそらした。
ごちゃごちゃとうるさい子供たちの態度に、魔王はイライラしてくる。
「うるさいのは、そなたらのほうであろう?」
「なっ、ラウラ?」
男児はぽかんと口を開け、魔王を見つめた。
「ほら、なんだか変なしゃべり方でしょ、クラウス? ラウラの様子が変だったんだもん。大きな声がでちゃってもしかたがないじゃない……」
「確かに、変だ」
クラウスと呼ばれた男児が首を傾げ、魔王を見下ろした。
「どうしたんだ、ラウラ?」
「我はラウラという名ではない」
「ラウラ! なにを言い出すんだ? いつもと話し方は違うけど、この顔は誰が見たってラウラだろ!」
周囲で目を覚まし始めた子供たちが、眠い目をこすりつつもクラウスの言葉にうなずく。
「なにを騒いでいるのです! 朝の身支度はとっくに終えたのでしょうね!」
扉が開いて、神経質そうな顔をした中年女性が勢いよく部屋の中に入ってきた。
「ウルリーッカ様!」
「ラウラが変なの!」
「ラウラとキーラが!」
「クラウスがうるさい!」
子供たちが口々に叫び、中年女性に答えた。
「ああもう、一気に話をされてもわかりません! ラウラ、クラウス、キーラを残して、皆朝の身支度にかかりなさい!」
「はい。ウルリーッカ様」
「はあい」
三歳から十歳ほどの子供たち、十名ほどがつぎつぎと立ち上がり、干草を払って部屋を出て行く。
あとに続こうとしたラウラは、ウルリーッカという女性に首根っこをつかまれた。
「なにをする!」
まるで猫のように首の後ろを摘まれ、魔王はじたばたと暴れた。小さな子供の身体では、女性といえども大人の力に敵うはずもなく、吊り上げられてしまう。
「離せ!」
魔王はばたばたと手足を力いっぱい動かした。
「じっとなさい!」
憤るウルリーッカに魔王は叫び返す。
「離せ! 不敬であるぞ」
「ラウラ! やめろ!」
「ラウラ、やめて!」
心配そうに見つめるキーラとクラウスの姿に、魔王は仕方なく暴れるのを止めた。
「どうしてこんなことに……」
暴れる魔王を押さえるのに疲れたウルリーッカは、どさりと魔王の身体を放り出すように床に下ろした。
「こんな態度では朝食は抜きね」
朝食という言葉に魔王のお腹がぐうっと鳴った。
魔王はとてもお腹がすいていることに気づく。
冷たい目で見下ろしてくるウルリーッカと、心配そうな表情を浮かべるクラウス、キーラの顔を見比べ、魔王は少々考え込んだ。
どうやらこの身体はラウラという少女のものであるらしい。
わざわざ反抗的な態度をとって、これ以上の罰を与えられてもかなわない。まずは自分の置かれた状況を把握するのが先決だと考え直し、しぶしぶウルリーッカに向かって頭を下げた。
周囲にいた子供たちの姿を思い出し、彼らの仕草や口調を真似ることにする。
――なんという屈辱か。
「……ごめんなさい」
「はぁ。いったいなんなのです?」
うまくいけば言い逃れできる言い訳を思いついた魔王は、殊勝な態度を崩さぬよう話し始めた。
「夢をみて……それでその夢の中で、わ……私は魔王になっていたのです。だからその気持ちが残っていたみたいで……」
我と言いそうになって、魔王は慌てて言い直す。
「夢ですって?! 勇者様が魔王を倒してから十年以上も経っているというのに、魔王とは……。まったくとんでもない夢をみたものね。こんなことで、いちいち私の手を煩わせないでほしいわ」
――十年以上……だと?
魔王は愕然とした。
背中から赤い血に濡れた剣先が顔をのぞかせている。
「……ぐっ」
魔王の口の端から一筋、赤い液体が顎へ伝う。
「これで、……終わりだ」
男がぽつりと呟くように宣言すると同時に、魔王の身体がぐらりと前に傾いだ。
男は剣が刺さったままの魔王の身体を、反射的に抱きとめていた。
「そなたこそ真の勇者よ……。見事……なり」
魔王は自分の命の灯火が失われていることを自覚し、そっと目を閉じた。
決して自分の力が男に劣っていたとは思わない。けれど、ほんの少しだけ……そう、ほんの少しだけ男の力が勝っていたのであろう。
自分をこれまで支えてくれた部下たちも、ほとんどが男とその仲間たちによって倒され、この場にはいない。
部下たちには少々申し訳ない気持ちもあるが、これもまた世の習い。是非もない。
互いの死力を尽くした戦いに負けたのだ。弱者は強者の前にただ黙するのみ。
全力を出し切った爽快さを感じて、魔王の唇の端がわずかにつりあがった。
「見事などと……笑止だ」
なにが気に入らなかったのか、男の腕にぐっと力がこもる。
苦しい息の中、魔王は目を開け男の顔を見上げた。
そこには勝ち誇った表情が浮かんでいるはずだった。
けれど、男は苦しみをこらえるように、目を細め、眉根を寄せている。
「我を倒したこと、誇るが……いい」
「これで……本当に、平和になるのか?」
不安そうな男の表情に、魔王は虚をつかれた。
「そのような……こと、我は知らぬ。あとは、おまえが……考えろ」
いまの魔王に男の投げかけた哲学的な問いに答える余裕などあるはずもなかった。
――ああ、やっと楽になれる。少々戦いには飽きた。もしも、次の生があるのならば、穏やかに……。そう、土でも耕しながら生きるのもよいかも知れぬ……
魔王はゆっくりと目を閉じた。
そうして、その目が開くことは二度となかった。
――はずなのに! いったいどういうことだ、これは!
魔王が目を覚まし、最初に目にしたのは薄汚れた天井だった。
勇者に倒された記憶はしっかりと残っている。それなのにどうして天井が見えるのか!
慌てて飛び起き、周囲を見回し、魔王は愕然とした。
不衛生な床に、かび臭い干草の上に横たわるいくつもの小さな身体。
ボロボロで、つぎはぎだらけの薄汚れた灰色の服に身をつつんだ子供たちが、あちこちでごろごろと寝転がり、寝息を立てている姿が薄明かりの中に浮かび上がる。
「なんだ、このちんくしゃな身体は! なっ、声が!」
見下ろした自身の身体もまた、周囲の子供たちと同様に小さかった。
ボロボロの服からのぞく手足は細く、頼りない。そしてその声は高く、とても成人のものとは思えないものだった。
腰ほどもあった長い髪は、肩くらいまでの長さしかなくなっており、べったりとして油っぽく艶がない。
「ラウラ……うるさいよ……」
魔王の隣に寝ていた女児が、目をこすりながら干草のあいだから身体を起こし、寝ぼけた声で抗議してくる。
「は? ラウラ?」
――ラウラとは、我のことか?
「どうしちゃったの、ラウラ?」
女児は眠そうだった目を大きく開くと起き上がり、ラウラの肩をつかんだ。
「不敬であるぞ!」
いきなり身体に触れられて、魔王はむっとする。
「は、ふけい? って、なに?」
「不敬とは……礼儀に適っていないということであろう」
「礼儀って、なに?」
女児は不思議そうな顔で首を傾げた。
「れ、礼儀も知らぬのか!?」
魔王は思わず叫んだ。
――いったいここはどこなのだ? それにどうして我の身体がこんなに縮んでいるのだ?
パニックになっている魔王をよそに、周囲の子供たちがもぞもぞと身体を動かし始めた。
「もう……うるさいなぁ……」
この中では一番年かさであろう男児が、大きなあくびをしながら起き上がった。
「ラウラもキーラもうるさいぞ! こんなに騒いでいたら、院長が来ちゃうだろ?」
「だって、ラウラが……」
男児にたしなめられ、キーラと呼ばれた女児が涙ぐむ。
「ああ、もうっ! 泣くなよキーラ、これくらいで!」
ぐすぐすと鼻をすするキーラに、男児は弱りきった表情で視線をそらした。
ごちゃごちゃとうるさい子供たちの態度に、魔王はイライラしてくる。
「うるさいのは、そなたらのほうであろう?」
「なっ、ラウラ?」
男児はぽかんと口を開け、魔王を見つめた。
「ほら、なんだか変なしゃべり方でしょ、クラウス? ラウラの様子が変だったんだもん。大きな声がでちゃってもしかたがないじゃない……」
「確かに、変だ」
クラウスと呼ばれた男児が首を傾げ、魔王を見下ろした。
「どうしたんだ、ラウラ?」
「我はラウラという名ではない」
「ラウラ! なにを言い出すんだ? いつもと話し方は違うけど、この顔は誰が見たってラウラだろ!」
周囲で目を覚まし始めた子供たちが、眠い目をこすりつつもクラウスの言葉にうなずく。
「なにを騒いでいるのです! 朝の身支度はとっくに終えたのでしょうね!」
扉が開いて、神経質そうな顔をした中年女性が勢いよく部屋の中に入ってきた。
「ウルリーッカ様!」
「ラウラが変なの!」
「ラウラとキーラが!」
「クラウスがうるさい!」
子供たちが口々に叫び、中年女性に答えた。
「ああもう、一気に話をされてもわかりません! ラウラ、クラウス、キーラを残して、皆朝の身支度にかかりなさい!」
「はい。ウルリーッカ様」
「はあい」
三歳から十歳ほどの子供たち、十名ほどがつぎつぎと立ち上がり、干草を払って部屋を出て行く。
あとに続こうとしたラウラは、ウルリーッカという女性に首根っこをつかまれた。
「なにをする!」
まるで猫のように首の後ろを摘まれ、魔王はじたばたと暴れた。小さな子供の身体では、女性といえども大人の力に敵うはずもなく、吊り上げられてしまう。
「離せ!」
魔王はばたばたと手足を力いっぱい動かした。
「じっとなさい!」
憤るウルリーッカに魔王は叫び返す。
「離せ! 不敬であるぞ」
「ラウラ! やめろ!」
「ラウラ、やめて!」
心配そうに見つめるキーラとクラウスの姿に、魔王は仕方なく暴れるのを止めた。
「どうしてこんなことに……」
暴れる魔王を押さえるのに疲れたウルリーッカは、どさりと魔王の身体を放り出すように床に下ろした。
「こんな態度では朝食は抜きね」
朝食という言葉に魔王のお腹がぐうっと鳴った。
魔王はとてもお腹がすいていることに気づく。
冷たい目で見下ろしてくるウルリーッカと、心配そうな表情を浮かべるクラウス、キーラの顔を見比べ、魔王は少々考え込んだ。
どうやらこの身体はラウラという少女のものであるらしい。
わざわざ反抗的な態度をとって、これ以上の罰を与えられてもかなわない。まずは自分の置かれた状況を把握するのが先決だと考え直し、しぶしぶウルリーッカに向かって頭を下げた。
周囲にいた子供たちの姿を思い出し、彼らの仕草や口調を真似ることにする。
――なんという屈辱か。
「……ごめんなさい」
「はぁ。いったいなんなのです?」
うまくいけば言い逃れできる言い訳を思いついた魔王は、殊勝な態度を崩さぬよう話し始めた。
「夢をみて……それでその夢の中で、わ……私は魔王になっていたのです。だからその気持ちが残っていたみたいで……」
我と言いそうになって、魔王は慌てて言い直す。
「夢ですって?! 勇者様が魔王を倒してから十年以上も経っているというのに、魔王とは……。まったくとんでもない夢をみたものね。こんなことで、いちいち私の手を煩わせないでほしいわ」
――十年以上……だと?
魔王は愕然とした。
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