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第二部
風の精霊の献身
しおりを挟む「ルチア、もう一度だ!」
岩鳥の攻撃を避けるために、クラウディオが後退した瞬間を狙って、私はトルネードの魔法を発動させる。
予想していた通り、かなりの魔力を持っていかれた。
もう一回トルネードを発動させるのは、やはり無理だ。ウィンドカッターならば二、三回はいけそうだけど、トルネードに残りの魔力の大半を費やした価値はあった。
岩鳥の動きが見る見る緩慢になっていく。
とどめを刺そうと、クラウディオが猛烈な勢いで攻撃を繰り出す。
斧を振り上げ、回し、落とす。
私はクラウディオの底なしの体力に、賞賛の拍手を贈りたい気分だった。
ヴィートは鮮やかに剣をひらめかせ、岩鳥の注意を自分に引き付けている。まるで舞のようなその動きは、訓練の賜物なのだろう。
二人とも、すごい。
ほとんどダメージを受けることなく、鮮やかな手並みで確実に敵の体力を削いでいく。
それに比べて、私はどうなの?
魔力が尽きて、ただぼうっと二人が敵を倒すのを待っていることしかできない。
それがひどく悔しかった。
強く、なりたい。
二人と一緒に戦えるように。
彼らが背中を預けても大丈夫だと思えるくらいに強くなりたかった。
命にかかわる場面で、そんな考え事をしていれば、どうなるかなんてわかりきっていたのに、私は油断し、失念していたのだ。
生き物が死ぬ間際に恐ろしいほどの力を発揮することを。
それは魔物でも変わりなく、岩鳥の変異種は猛烈な勢いで暴れ始めた。
大きく開いた口から毒霧が吐き出される。
薬草を口に当てていても少し苦しい。シレアの葉の解毒作用を上回る強力な毒が浴びせられたのだろう。
「……っく」
クラウディオもヴィートも苦しげに顔を歪めている。
ヴィートはそれでも剣を杖代わりに、盾で皆を守る姿勢を崩さない。
クラウディオもまた緩慢な動きで、戦斧を振り上げ岩鳥にダメージを与えんと、力を振り絞っている。
もう撤退できるタイミングは完全に逸していた。
トルネードの魔法はまだ発動中なのに、周囲には大量の毒霧が漂っている。
視界の端が暗くなってきた。
私は、苦しさに喘いだ。
たっていられなくて、がくりと膝をつく。
あれ? 人の身体ってこんなに弱いものなの?
きっとドラゴンの姿だったら、こんな毒なんてすぐに消えてしまうのに。
そう思ったけれど、人前でドラゴンに戻るのは本当に命に関わるときだと約束している。確かに危険な状態だけど、今すぐ命に関わるというほどではない。
その躊躇が私の判断ミスだった。
「もうっ、見ていられないっ」
あせったような風の精霊の声が聞こえた。
「オルテンシア……」
私が呼び出してもいないのに、この場に現れた彼女は私と岩鳥の間に立ちはだかった。
「ルチア、毒は私が何とかする。解毒魔法を使って」
オルテンシアは岩鳥から視線をはずさないまま、風を起こし、毒霧を集め始める。
「オルテンシア、だめだよっ。……それに、私は解毒魔法を……知らない」
私は荒い呼吸を繰り返すなかで、何とかオルテンシアに伝える。
契約者の命令なしに、魔法を使えば精霊といえども無事には済まない。そんなことは精霊である彼女が一番わかっているはずだ。
「ルチアなら大丈夫。解毒を使って」
オルテンシアは振り向いて、私に向かって笑いかけた。
翡翠、ダメっ!
私が真名で呼びかけてやめるように命令したときには、すでにオルテンシアは魔法を使っていた。
あれは、サイクロン。風属性の上級魔法だ。
「いやぁ、オルテンシア!」
「大丈夫。ちょっと眠るだけよ」
儚い、笑顔だった。
オルテンシアの輪郭が、風にとけていく。
「ルチア、おやすみなさい……」
オルテンシアはささやきだけを残して、完全に姿を消した。
「やだあっ!」
心の一部に存在する精霊との契約の絆。
それがほとんど感じられないほどに薄くなるのがわかった。
いや、どうしてっ。オルテンシア、オルテンシアっ!
私は物心ついたときからほとんどずっとそばにいた精霊の存在の喪失に、完全に恐慌状態となっていた。
目の前の岩鳥はオルテンシアの風魔法によって瀕死となっていたが、いまだ息の根を止めるには至っていない。
けれど、身体は動かず、涙があふれてとまらない。
心の一部がもぎ取られたような喪失感に、狂いそうになる。
「ルチア、ほうけている、場合じゃないっ」
クラウディオの叱咤が聞こえた。
そうだ、せっかくのオルテンシアの努力を無駄にするつもり?
『ルチアなら大丈夫』そんなオルテンシアの声が聞こえた気がした。
私はすべきことを思い出す。
「解毒っ!」
なけなしの魔力を注ぎ込む。
風火地水のいずれでもない魔法は、精霊の力を借りることはできない。
ぐいぐいと魔力が魔法に吸われていく。
私は魔力切れ特有の気分の悪さとめまいに襲われた。息の苦しさも、暗くなる視界も、毒の所為なのか、魔力切れの症状なのかも、わからない。
それでも、みんなが助かるために、私はかまわず魔力を注ぎ込んで、魔法を発動させた。
ふわりとあたたかな風がみんなを包み込んだ。
一瞬にして身体から毒が消えたのがわかった。
これできっと、大丈夫。
「クラウディオ、ヴィート、……お願い」
「ルチアっ!」
クラウディオが岩鳥にとどめを刺す瞬間を視界の端にとらえた私は、安堵しつつまぶたを閉じた。
岩鳥の攻撃を避けるために、クラウディオが後退した瞬間を狙って、私はトルネードの魔法を発動させる。
予想していた通り、かなりの魔力を持っていかれた。
もう一回トルネードを発動させるのは、やはり無理だ。ウィンドカッターならば二、三回はいけそうだけど、トルネードに残りの魔力の大半を費やした価値はあった。
岩鳥の動きが見る見る緩慢になっていく。
とどめを刺そうと、クラウディオが猛烈な勢いで攻撃を繰り出す。
斧を振り上げ、回し、落とす。
私はクラウディオの底なしの体力に、賞賛の拍手を贈りたい気分だった。
ヴィートは鮮やかに剣をひらめかせ、岩鳥の注意を自分に引き付けている。まるで舞のようなその動きは、訓練の賜物なのだろう。
二人とも、すごい。
ほとんどダメージを受けることなく、鮮やかな手並みで確実に敵の体力を削いでいく。
それに比べて、私はどうなの?
魔力が尽きて、ただぼうっと二人が敵を倒すのを待っていることしかできない。
それがひどく悔しかった。
強く、なりたい。
二人と一緒に戦えるように。
彼らが背中を預けても大丈夫だと思えるくらいに強くなりたかった。
命にかかわる場面で、そんな考え事をしていれば、どうなるかなんてわかりきっていたのに、私は油断し、失念していたのだ。
生き物が死ぬ間際に恐ろしいほどの力を発揮することを。
それは魔物でも変わりなく、岩鳥の変異種は猛烈な勢いで暴れ始めた。
大きく開いた口から毒霧が吐き出される。
薬草を口に当てていても少し苦しい。シレアの葉の解毒作用を上回る強力な毒が浴びせられたのだろう。
「……っく」
クラウディオもヴィートも苦しげに顔を歪めている。
ヴィートはそれでも剣を杖代わりに、盾で皆を守る姿勢を崩さない。
クラウディオもまた緩慢な動きで、戦斧を振り上げ岩鳥にダメージを与えんと、力を振り絞っている。
もう撤退できるタイミングは完全に逸していた。
トルネードの魔法はまだ発動中なのに、周囲には大量の毒霧が漂っている。
視界の端が暗くなってきた。
私は、苦しさに喘いだ。
たっていられなくて、がくりと膝をつく。
あれ? 人の身体ってこんなに弱いものなの?
きっとドラゴンの姿だったら、こんな毒なんてすぐに消えてしまうのに。
そう思ったけれど、人前でドラゴンに戻るのは本当に命に関わるときだと約束している。確かに危険な状態だけど、今すぐ命に関わるというほどではない。
その躊躇が私の判断ミスだった。
「もうっ、見ていられないっ」
あせったような風の精霊の声が聞こえた。
「オルテンシア……」
私が呼び出してもいないのに、この場に現れた彼女は私と岩鳥の間に立ちはだかった。
「ルチア、毒は私が何とかする。解毒魔法を使って」
オルテンシアは岩鳥から視線をはずさないまま、風を起こし、毒霧を集め始める。
「オルテンシア、だめだよっ。……それに、私は解毒魔法を……知らない」
私は荒い呼吸を繰り返すなかで、何とかオルテンシアに伝える。
契約者の命令なしに、魔法を使えば精霊といえども無事には済まない。そんなことは精霊である彼女が一番わかっているはずだ。
「ルチアなら大丈夫。解毒を使って」
オルテンシアは振り向いて、私に向かって笑いかけた。
翡翠、ダメっ!
私が真名で呼びかけてやめるように命令したときには、すでにオルテンシアは魔法を使っていた。
あれは、サイクロン。風属性の上級魔法だ。
「いやぁ、オルテンシア!」
「大丈夫。ちょっと眠るだけよ」
儚い、笑顔だった。
オルテンシアの輪郭が、風にとけていく。
「ルチア、おやすみなさい……」
オルテンシアはささやきだけを残して、完全に姿を消した。
「やだあっ!」
心の一部に存在する精霊との契約の絆。
それがほとんど感じられないほどに薄くなるのがわかった。
いや、どうしてっ。オルテンシア、オルテンシアっ!
私は物心ついたときからほとんどずっとそばにいた精霊の存在の喪失に、完全に恐慌状態となっていた。
目の前の岩鳥はオルテンシアの風魔法によって瀕死となっていたが、いまだ息の根を止めるには至っていない。
けれど、身体は動かず、涙があふれてとまらない。
心の一部がもぎ取られたような喪失感に、狂いそうになる。
「ルチア、ほうけている、場合じゃないっ」
クラウディオの叱咤が聞こえた。
そうだ、せっかくのオルテンシアの努力を無駄にするつもり?
『ルチアなら大丈夫』そんなオルテンシアの声が聞こえた気がした。
私はすべきことを思い出す。
「解毒っ!」
なけなしの魔力を注ぎ込む。
風火地水のいずれでもない魔法は、精霊の力を借りることはできない。
ぐいぐいと魔力が魔法に吸われていく。
私は魔力切れ特有の気分の悪さとめまいに襲われた。息の苦しさも、暗くなる視界も、毒の所為なのか、魔力切れの症状なのかも、わからない。
それでも、みんなが助かるために、私はかまわず魔力を注ぎ込んで、魔法を発動させた。
ふわりとあたたかな風がみんなを包み込んだ。
一瞬にして身体から毒が消えたのがわかった。
これできっと、大丈夫。
「クラウディオ、ヴィート、……お願い」
「ルチアっ!」
クラウディオが岩鳥にとどめを刺す瞬間を視界の端にとらえた私は、安堵しつつまぶたを閉じた。
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