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王の思惑
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「これくらい、放っておいてもすぐに治ると思うけど……」
「いや、治せるのならば治しておいたほうがいい」
アロイスの指がレティシアの指先に絡まる。
レティシアは胸の鼓動が速すぎて、指先よりも痛い気がする。どうにか彼の手から指を取り返し、動悸が治まるのを待って魔法陣を展開する。
治癒魔法を発動させると、傷は最初からなかったかのように消え去った。
「よかった」
アロイスが目を細め、彼女の指先に口づける。
レティシアの心臓がまたもやどきりと高鳴った。
これ以上のこともしているのに、ただひたすらに彼女を気遣っていることがわかる触れ合いが嬉しかった。
彼女の傷が癒えたことを確認したアロイスは、彼女の指先から名残惜しそうに手を離すと、再び厳しい表情になる。
「それで、なにか手がかりはあったのか?」
「これなのだけれど……」
レティシアは小さな紙片をアロイスに手渡した。
魔法陣を壊さず魔法を解除するために、レティシアの魔力を流して魔法陣を書き換えてある。
解除されることを想定していたのか、罠が仕掛けられていて、魔力を流すと攻撃魔法が発動するようになっていた。
罠として発動してしまったのでそちらの魔法陣は消えてしまったが、本命の魔法陣はどうにか壊さずに残すことができた。
「なんの魔法陣だ?」
「ええと、ただの攻撃魔法ではなさそうなのです。が、はっきりとしたことは少し調べてからでも?」
「ああ」
レティシアはアロイスの手から再び紙片を受け取った。
魔法陣は魔力で描かなければ発動しない。離れた場所で魔法を生み出すには何らかの魔力の媒体となるものが必要になる。
ただの紙では媒介とはなり得ないが、この紙片には魔力の気配がした。
紙にどうやって魔力を染み込ませたのか、レティシアはとても興味を引かれている。
「ほかは大丈夫なのか?」
「はい。違和感を覚えたのはここだけです。ですが、この魔法陣を仕掛けた相手が判明しないまま、視察に出かけるのは心配です。日を改めるわけにはいきませんか?」
「これくらいならば陛下は強行されるだろう。諦めろ」
「……承知しました。では、今日は防御魔法を使います」
「そうしてくれ」
アロイスはレティシアの提案を受け入れた。
いつもは近衛の兵士の護衛で十分だが、危険が予想される場合は魔法使いが防御魔法を常に展開しておくことになる。
今日はいっそう気を引き締めて、護衛の任に当たるべきだろう。
レティシアが馬車と馬の確認を終えて、しばらくすると近衛を引き連れた国王が現れた。
まずは近衛のシャルルが馬車に乗り込み、王のあとにつづいてレティシアが馬車に乗り込んだ。
進行方向に背を向けるようにしてシャルルが座り、その向かいに国王が座っていた。
「本日は防御魔法を使わせていただきます」
「よい」
レティシアは国王の足元にひざまずき、魔法陣を起動した。三重の円を描いた魔法陣は一瞬光を放つとすぐに姿を消す。
これでなにかあったとしても、最初の一撃は防ぐことができる。それが物理的攻撃であれ、攻撃魔法であれ。
「さすが魔導士と名乗るだけのことはある。手際がいいな」
「ありがとうございます。お褒めに預かり恐縮です」
国王からの褒め言葉だったが、レティシアはまったく褒められている気がしない。王の前では、いつも試されているような気分になる。
レティシアは頭を下げる、自分の席に着いた。
アロイスが馭者の隣に座ったところで、馬車が動き出す。
馬車は何事もなかったかのように王城を出発した。
しばらくは舗装のしっかりとした城下を走るので、馬車の揺れは少ない。
今回の目的地は王都の郊外にある王家の直轄地である。馬車でも一時間ほどで着ける場所にあった。
「侯爵夫人。どうだ、仕事には慣れたか?」
窓の外を眺めていた国王が、突然レティシアに話しかけてきた。
戸惑うレティシアに、国王はニコリと笑ってみせる。
「皆様、よくしてくださいますので、どうにか」
少なくとも近衛の兵たちからは、魔法使いたちのように無視を受けていない。これまで共に護衛の任に当たったのは数えられるほどだが、特に文句も出ていないので、評判は悪くないはずだ。
「そうか? ならいいが」
面白がるような王の表情に、レティシアは全てを見透かされているような気がして、少し恐ろしくなる。
「陛下、侯爵夫人の評判は我々のあいだでは上々です。ただ、魔法使いたちからは少し距離を置かれているような気がいたします」
「ふむ。貴族だからと地位に胡坐をかいていた者が多いようだな……」
王はレティシアが魔法使いたちから遠巻きにされる理由もわかっているらしい。
レティシア以外に魔導士がいないということは、その名前に見合うだけの魔法の腕を持っていないということと同義であった。
実力で劣り、地位でも劣る彼らが取ったのは消極的な拒否という態度だった。
直接レティシアと魔法使いたちの様子を見たわけでもないのに、この聡明な王はそれに気づいている。
――アロイスの言うとおり、王は食えない方。
「魔法使いの中にも、よくしてくれる方はいます」
レティシアはせめてもの弁護を試みた。
「まあ、すべてが無能だと断ずることはできない。だが、私が自ら迎え入れた魔導士をないがしろにするのは、私に対する反逆ととられても仕方がない、とは思わないか?」
王は冷酷な光を瞳に宿し、レティシアをまっすぐに見つめる。
「っ……」
王の冷酷な一面にレティシアは思わず声を上げそうになる。
彼はずっとレティシアが使えるのかどうかを試すと同時に、近衛の魔法使いたちをも試していたのだろう。レティシアという異分子を彼らの中に放り込んで、なにが起こるのかをずっと観察していたに違いない。
隣に座るシャルルに目を向けると、彼は涼しい顔をしていた。
王の近衛となって長い彼には、こんな王の姿も当たり前のことなのだろう。
「王の御心のままに」
レティシアはそう答えることしかできなかった。
「いや、治せるのならば治しておいたほうがいい」
アロイスの指がレティシアの指先に絡まる。
レティシアは胸の鼓動が速すぎて、指先よりも痛い気がする。どうにか彼の手から指を取り返し、動悸が治まるのを待って魔法陣を展開する。
治癒魔法を発動させると、傷は最初からなかったかのように消え去った。
「よかった」
アロイスが目を細め、彼女の指先に口づける。
レティシアの心臓がまたもやどきりと高鳴った。
これ以上のこともしているのに、ただひたすらに彼女を気遣っていることがわかる触れ合いが嬉しかった。
彼女の傷が癒えたことを確認したアロイスは、彼女の指先から名残惜しそうに手を離すと、再び厳しい表情になる。
「それで、なにか手がかりはあったのか?」
「これなのだけれど……」
レティシアは小さな紙片をアロイスに手渡した。
魔法陣を壊さず魔法を解除するために、レティシアの魔力を流して魔法陣を書き換えてある。
解除されることを想定していたのか、罠が仕掛けられていて、魔力を流すと攻撃魔法が発動するようになっていた。
罠として発動してしまったのでそちらの魔法陣は消えてしまったが、本命の魔法陣はどうにか壊さずに残すことができた。
「なんの魔法陣だ?」
「ええと、ただの攻撃魔法ではなさそうなのです。が、はっきりとしたことは少し調べてからでも?」
「ああ」
レティシアはアロイスの手から再び紙片を受け取った。
魔法陣は魔力で描かなければ発動しない。離れた場所で魔法を生み出すには何らかの魔力の媒体となるものが必要になる。
ただの紙では媒介とはなり得ないが、この紙片には魔力の気配がした。
紙にどうやって魔力を染み込ませたのか、レティシアはとても興味を引かれている。
「ほかは大丈夫なのか?」
「はい。違和感を覚えたのはここだけです。ですが、この魔法陣を仕掛けた相手が判明しないまま、視察に出かけるのは心配です。日を改めるわけにはいきませんか?」
「これくらいならば陛下は強行されるだろう。諦めろ」
「……承知しました。では、今日は防御魔法を使います」
「そうしてくれ」
アロイスはレティシアの提案を受け入れた。
いつもは近衛の兵士の護衛で十分だが、危険が予想される場合は魔法使いが防御魔法を常に展開しておくことになる。
今日はいっそう気を引き締めて、護衛の任に当たるべきだろう。
レティシアが馬車と馬の確認を終えて、しばらくすると近衛を引き連れた国王が現れた。
まずは近衛のシャルルが馬車に乗り込み、王のあとにつづいてレティシアが馬車に乗り込んだ。
進行方向に背を向けるようにしてシャルルが座り、その向かいに国王が座っていた。
「本日は防御魔法を使わせていただきます」
「よい」
レティシアは国王の足元にひざまずき、魔法陣を起動した。三重の円を描いた魔法陣は一瞬光を放つとすぐに姿を消す。
これでなにかあったとしても、最初の一撃は防ぐことができる。それが物理的攻撃であれ、攻撃魔法であれ。
「さすが魔導士と名乗るだけのことはある。手際がいいな」
「ありがとうございます。お褒めに預かり恐縮です」
国王からの褒め言葉だったが、レティシアはまったく褒められている気がしない。王の前では、いつも試されているような気分になる。
レティシアは頭を下げる、自分の席に着いた。
アロイスが馭者の隣に座ったところで、馬車が動き出す。
馬車は何事もなかったかのように王城を出発した。
しばらくは舗装のしっかりとした城下を走るので、馬車の揺れは少ない。
今回の目的地は王都の郊外にある王家の直轄地である。馬車でも一時間ほどで着ける場所にあった。
「侯爵夫人。どうだ、仕事には慣れたか?」
窓の外を眺めていた国王が、突然レティシアに話しかけてきた。
戸惑うレティシアに、国王はニコリと笑ってみせる。
「皆様、よくしてくださいますので、どうにか」
少なくとも近衛の兵たちからは、魔法使いたちのように無視を受けていない。これまで共に護衛の任に当たったのは数えられるほどだが、特に文句も出ていないので、評判は悪くないはずだ。
「そうか? ならいいが」
面白がるような王の表情に、レティシアは全てを見透かされているような気がして、少し恐ろしくなる。
「陛下、侯爵夫人の評判は我々のあいだでは上々です。ただ、魔法使いたちからは少し距離を置かれているような気がいたします」
「ふむ。貴族だからと地位に胡坐をかいていた者が多いようだな……」
王はレティシアが魔法使いたちから遠巻きにされる理由もわかっているらしい。
レティシア以外に魔導士がいないということは、その名前に見合うだけの魔法の腕を持っていないということと同義であった。
実力で劣り、地位でも劣る彼らが取ったのは消極的な拒否という態度だった。
直接レティシアと魔法使いたちの様子を見たわけでもないのに、この聡明な王はそれに気づいている。
――アロイスの言うとおり、王は食えない方。
「魔法使いの中にも、よくしてくれる方はいます」
レティシアはせめてもの弁護を試みた。
「まあ、すべてが無能だと断ずることはできない。だが、私が自ら迎え入れた魔導士をないがしろにするのは、私に対する反逆ととられても仕方がない、とは思わないか?」
王は冷酷な光を瞳に宿し、レティシアをまっすぐに見つめる。
「っ……」
王の冷酷な一面にレティシアは思わず声を上げそうになる。
彼はずっとレティシアが使えるのかどうかを試すと同時に、近衛の魔法使いたちをも試していたのだろう。レティシアという異分子を彼らの中に放り込んで、なにが起こるのかをずっと観察していたに違いない。
隣に座るシャルルに目を向けると、彼は涼しい顔をしていた。
王の近衛となって長い彼には、こんな王の姿も当たり前のことなのだろう。
「王の御心のままに」
レティシアはそう答えることしかできなかった。
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