魔王様のメイド様

文月 蓮

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本編

寝耳に水とはこのことです

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 お風呂につかって、さっぱりとしたおかげで、残っていた身体のだるさもかなり良くなっていた。
 メイド長の手を借りて自室に戻り、ゆったりとした部屋着に着替えていると、メイド長が口を開いた。

「この痕、すごいけど、いつもこうなの?」

 ロザリアの身体中に散らばるうっ血の痕に、メイド長はあきれた顔を隠そうともしない。

「あー、こんなに多いのは初めてですね……」

 ロザリアは面はゆい気持ちで身体を見下ろす。
 胸元だけでなく、太ももの間や背中、わき腹、二の腕の内側などにも愛された証が散らばっている。

「魔王様って意外と情熱的だったのねぇ……」

 メイド長の持つ魔王の印象と、ロザリアが知る魔王には大きな隔たりがあるようだ。

「そうなんですか……?」

 かなり情熱的な方だと思うのだが、ロザリアには恋愛経験がないせいで、よくわからない。

「ええ。こんなに女性に執着する姿は見たことがないわ」

 メイド長が大げさに言っているだけかもしれないが、自分が特別なのかもしれないと思うと嬉しくなってしまう。
 今日はもう寝て過ごすことにして、ロザリアはベッドに身体を横たえた。
 メイド長がカーテンを引き、過ごしやすいように気を配ってくれる。

「だけどこうなってしまうと、覚悟しておいた方がいいかもしれないわね」
「覚悟、ですか?」

 ロザリアはベッドの中からメイド長に問いかける。

「そう。魔王様のあなたに対する態度が、今までと違うことにみんな気づき始めているわ。元、側妻に絡まれたでしょう? これからああいった手合いが増えてくるでしょうね」
「えぇぇ?」

 ロザリアはパメラを思い出してぞっとする。
 話の通じない高慢な女性にまた絡まれるのかと思うと、嫌になってくる。
 所詮、ロザリアはメイドでしかない。
 側妻であることや、貴族であることを前面に押し出されると、抵抗する術はほとんどないに等しい。

――逃げ出しちゃおうかな。

 ふとそんな思いが胸をよぎった。
 仕方なく始めたメイドの仕事だが、やってみれば達成感があるし、魔王様のそばに居られることはとても魅力的だった。
 魔王様のことは好きだけれど、かなり流されてしまった自覚はあるし、先のことを考えると不安の方が大きい。
 父のためでなければ、逃げ帰りたい気分になる。
 魔王から好きだと言われたけれど、きっと側妻にも言っていることだろうし、うぬぼれてはいけないと自分に言い聞かせる。

――でも、魔王様は唯一になってほしいって……。

 ロザリアはその言葉を告げられた状況を思い出し、一気に顔が真っ赤になった。
 赤くなった頬を押さえ、ロザリアは冷静になろうと大きく息を吐いた。

「ロザリア、顔が真っ赤よ?」
「えっと、ちょっと思い出してしまって……」
「なあに?」

 メイド長が途端ににやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。

「え……っと、その……」
「メイド長、大変です!!」

 同僚のアンナがすごい勢いで部屋に駆け込んできた。

「なあに、騒がしいわね」

 たしなめるメイド長に、アンナはバタバタと手を振った。

「お叱りはあとで! 大変なんですってば。魔王様が側妻を全員家に帰すとおっしゃって!」
「ああ、やっちゃったか……」
「えぇっ?」

 想定していたらしいメイド長とは対照的に、ロザリアは慌てて起き上がる。

「しかも、ロザリアを伴侶にするって!」
「そんな!」

 ロザリアは魔王の唯一になってほしいという言葉の意味をようやく理解した。
 形式的なものであれ、妻という立場でなければ魔王と褥を共にすることはできないと、設けられたのが側妻という制度だった。
 エヴァンジェリスタが魔王に就任した当初は、両手に余るほどの側妻が、魔王とのつながりを望む貴族たちの手によって送り込まれていた。
 けれど短い期間で次々と送り帰されてしまうために、最近では貴族たちも諦め気味なのか、両手にも満たないほどしか城に側妻はいない。現在のところ、側妻の中から伴侶を選んでほしいという貴族たちの願いは叶いそうになかった。
 本来ならばロザリアも側妻とならなければ、魔王と夜を共にすることはできないはずだったが、魔王は自分のベッドに彼女を引き込むという裏技を使ってまで、ロザリアを求めた。
 ロザリアを唯一にするということは、側妻ではなく正式な伴侶として迎えたいという意味だったのだろう。
 せいぜい側妻の一人として迎えてもらえるのかもしれない、くらいに思っていたロザリアにとって、魔王の発言は寝耳に水だった。
 いくら魔王といえども、ただのメイドでしかないロザリアを伴侶に迎えることは、そう簡単ではないだろう。貴族を敵に回して魔界を統治していくのは困難を伴う。

「やるかもしれないとは思っていたけど……、ここまで早いとは思ってなかったわね」

 メイド長は肩をすくめた。

「ロザリアはこの話、知ってたの?」
「いいえ、まさか! そういう意味だとは思わなかったんです」

 ロザリアは自分が伴侶の座を望むような身の程知らずだと思われたくなかった。
 母を知らずに育ったロザリアにとって、メイド長は実の母よりも母のように感じている。そんな人に誤解されたくなくて、ロザリアは必死に弁解する。

「なんと言われたのかしら?」
「唯一になってほしい……と」
「あら、情熱的だこと。でも淫魔の唯一なら、伴侶しかないわね」
「そんな……」

 自分には関係のないことだと、淫魔の特性を知らずにきたロザリアは、もっと種族について勉強しておくべきだったと後悔したが、すでに遅い。

「それで、どうするの?」

 メイド長に問われたロザリアは、勢いよくベッドから飛び出す。

「お話し合いを、します!」

 のんびりと寝ている場合ではない。
 ロザリアの身体を蝕んでいただるさは、とっくにどこかへ吹き飛んでしまっていた。
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