異世界で手に入れた能力『自己犠牲』のせいで第二王子と愛の逃避行

番外編 宿屋の娘と王女

宿屋の娘 スキルside

　私の名前はスキル。宿屋の娘として私は生まれた。昔から歌を歌うのが好きでよく口ずさんでいた。小さい頃、私は1人で街の広場で遊んでいた。アオフモア国は穏やかな人が多く、小さな国だったので、小さい子供が出歩くのもよく見る光景の1つだった。

　その日、私は1人の女の子と出会った。その子は広場の草むらからこっそり私を見ていた。私は歌を口ずさんで花や鳥を見ている途中、草むらからの視線に気付き、その子を見た。遠目からも可愛らしいと分かるその女の子は目を赤く腫らし、泣いているのだと分かった。

　その子が気になり、近づいた。その女の子は、金色の髪を綺麗に後ろに結い上げていて私よりずっと幼く見えるのに、とてもきれいな子だった。私より少し年下のように見える。

「どうしたの？どうして泣いているの？」
「お母さまが死んでしまったの……」

　女の子の赤い目の理由がすぐに分かった。スキルは悩んだ。どう声をかけたらいいのか分からなかったのだ。自分よりもずっと幼い子に何を言っても傷つけるだけかもしれないと思ったからだ。ちょうど少し前、この国の女王陛下も亡くなった。アオフモア国はその女王の死を嘆き、10日間喪に服した。女王が亡くなっただけでも悲しいというのに、この子は自分の母親まで失ってしまったのだ。

「喪に服する期間は終わっているのに私はまだ悲しいの……」
「そう……私もお母さまが亡くなった時悲しかった。喪に服する期間なんて気にせず悲しんで大丈夫よ」

　スキルも母親を早くに失った。その時の気持ちを思い出し、そう告げると小さな女の子はぶわっとまた涙を零した。クスンクスンと泣く女の子の涙をそっとすくい上げたその時、ぽわっと女の子の周りに光り輝く何かが舞った。ーー精霊だ。それも1人だけじゃない、何人もの精霊が彼女の周りを舞っている。

「あなた精霊の加護がついているのね……。精霊があなたを慰めているわ」

　ここまで多くの精霊に好かれているのは珍しく、スキルは思わず声に出していた。でも、その言葉を聞いた瞬間、その子はまた悲しそうな表情をした。

「でも、私、その精霊が見えないの……皆には精霊が見えていて、いつも凄いとかきれいだとかって言ってくれる。でも、私には分からないの。それに私自身にも精霊の力があると言われているけど、それも私にはよく分からない……」

　その時、1人の輝く精霊がスキルの元へとやって来て、目の前をくるくると回った。スキルが驚いてその精霊を目で追いかけていると、女の子が首を傾げて不思議そうにこちらを見ている。

「…………？」
「あなたの傍に何人もの精霊がいるんだけど、1人の精霊が私の方へやって来たの」

　泣いている女の子に説明するように精霊の様子を教えてあげる。でも、どうしてこの精霊が自分の元へやって来たかは分からない。その精霊は何かを訴えるかのようにピョンピョンと跳ねている。私の髪を引っ張ると耳にかけ、口元へ来てトントンと唇を叩いた。

「どうしたの？」
「精霊がね、私の髪を耳にかけて、唇をトントンと叩くの……歌を歌って欲しいってことかしら？」

　この子に会う前、確かに自分は歌を口ずさんでいた。そのことをふと思い出し、口に出すと、目の前にいた精霊は正解と言うようにピョンピョンと跳ねた。そして、女の子もハッとした顔をしてこちらを見た。

「私……あなたの歌声を聴いていたの。あなたの歌声を聴いていた時、悲しい気持ちが少なくなったの」

　私はその子のために歌を歌うことにした。昔から歌うことが好きで、人に聞いてもらえることにも大きな喜びを感じていた。目の前にいるのは、お母さんを亡くしたばかりの女の子。彼女に悲しい曲を歌ってさらに心を重くするわけにはいかないと思った。だから、私が特に愛して止まない曲を選んだ。それは、精霊が女の子と恋に落ちる物語を優しく綴ったメロディーで、聴く者の心を癒やし、希望を与える曲。

　私が歌い始めると女の子の周りが光り輝き始めた。舞い踊る精霊やじっと歌を聴く精霊、そして先ほど私の元へやって来た精霊は私の肩に乗って一緒に歌っている。いつの間にか女の子は泣き止んでいた。その時、1人の精霊がその子にキスをした。女の子が驚いた表情をした後、小さな声をあげた。

「見える……精霊が見えるわ……！！」
「え……？」
「精霊が見えるの……とっても綺麗……」

　女の子はぽろぽろと泣き始めた。でも、その涙は最初に会った時の悲しい涙ではない。精霊たちも女の子の言葉を聞いて、喜び、飛び跳ねている。

「ありがとう」
「元気になってもらえたのなら嬉しい。遅くなったけど、私はスキル。あなたの名前を聞いても？」
「……アビー、です」

　女の子は今更ながらに自分の方が年下だと気付いたのか、少し恥ずかしそうにして最後に敬語を使った。

「アビー、素敵な名前ね。さっきみたいに話してもらって大丈夫よ」
「ありがとう！ねぇ、スキル、また会いに来てもいい？スキルの歌もまた聴きたいし、スキルと……また話したい」
「もちろんよ。宿屋クレミノに来ればいつでも会えるわ。私、そこの娘なの。あと教会にも歌を歌いに行っているわ」

　アビーは別れ際、ニコッと可愛らしく笑い、手を振った。スキルはその姿を見て、心が温まる気持ちだった。

（それにしても可愛い子だったな）

　透き通るような肌に、綺麗な金色の髪。最後の笑顔は何故かドキッとした。そんなことを考えながら帰り道を歩いている時、スキルはふと思った。目を奪われるような可愛い女の子、それにあの子は綺麗な服を着ていた。どこかのすごい娘さんで間違いないはずなのに、あの子のことを全く知らなかった。