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第一章 手に入れた能力

オレという人間

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 4月を迎えたら18歳になるという高校2年生の終わりの時だった。
 オレ、宮地友也は今日も母親の交際相手に殴られた。

 父親は生まれた時からおらず、小さい頃から母親とオレは古びたアパートに狭い家で2人で過ごしていた。
 母親は夜の仕事をずっとしていて、小さいオレが「おいていかないで」と香水臭い母親に言うと、母親はオレを押入れへ閉じ込め出て行った。
 押入れの扉をいくら叩いても手が痛くなるだけで、泣いて叫んでも誰も開けてくれることはなかった。

 暗くて狭い押入れに1人でいるとオバケが出てくるんじゃないか……と嫌なことばかり想像してしまうので、何も見ないようにぎゅっと目をつむり、早く朝が来ますように、と泣きながら眠りにつくことが多かった。
 朝、起きると押入れの扉は開き、机の上にポツンと菓子パン1つ置かれていた。
 いつもそれを見ると無事に朝を迎えられたと安堵して食べていた。

 徐々に大きくなるにつれ、出ていく母に泣いて追いすがっても無駄だと気づいた。
 いつからか黙って見送るようになり、ようやく押入れに閉じ込められることはなかった。

 母親は交際相手ができると度々オレを家から追い出すことが多かった。寒い日の外は早く家に帰りたかったけど、交際相手ができると母の機嫌は良くなるので我慢できた。
 
 まぁ、交際相手と別れた後はいつも地獄だけど……。

 小学校でも中学校でも高校でもオレは母親が水商売をしているとかって理由で誰も声をかける人間はいなかった。
 まぁ、服もみすぼらしく、ガリガリの人間とはあまり関わりたいと思わないのかもしれない。

 たまに与えられる食事はほとんど菓子パンが多く、まともにご飯も食べていなかったオレは高校2年生にもなるのに156cmしか身長がなかった。これでもこの半年で大分伸びた方だ。
 それでも、それをからかう同級生の声は聞こえ、それが煩わしかった。

「あいつ、小さすぎじゃね」
「ちゃんと飯食わせてもらってないんだろ?ほら、あいつんちって……」
「あの子のおウチはちょっと……だから関わっちゃダメよ」
「なんかあいつの側通ると臭くね?」

 今はもう慣れた言葉ばかりだ。お金もないオレの家は小さい頃、水を止められることもしばしばあった。
 知ってるか?水は最後に止められるライフラインで中々止められることはないんだぜ?

 母親の交際相手がの時は、未払いを立て替えてくれたりすればラッキーだ。
 少し前のの男は高校には行っておいた方がいいと言って俺を高校に行かせてくれるようなまさしくだった。まぁ、その後すぐ別れていたので、行くのは無駄だと退学させられるのも時間の問題だったかもだけど。それでもバイトしながら何とかお金を稼ぎ、中学までに比べると大分マシな生活を送れるようになったのは確かだ。

 母親の交際相手がの時は、殴られたりする。
 殴られることに理由なんてない。過去の母親の交際相手たちは吊り目のオレが生意気だと言って殴り、蹴った。
 でも、母親はそれを止めることなく黙って殴られなさいというような目でオレを静かに見ていた。

 いつも母親が選ぶ相手は、女を見下し何をしてもいいと思っている節がある。そして、その女の子供であるオレももちろん見下される。母親やオレを物のように扱い、飽きたら捨てる。それの繰り返しだ。

 そして、今回の交際相手の男はだった。今日もオレは殴られ、呻き声を上げながら床に倒れた。殴られるのはいつもと同じ理由だ。
 ただ今日は殴られた時に思わず目を逸らさず睨みつけてしまったことが、男の怒りを助長させ、一度殴るだけでは足りず続けてオレを殴り蹴ろうとした。さすがの母親もこれ以上はこの男がオレを殺すかもしれないと思ったのか男を止めようとした。

 よく思えば、今まで生きてきて初めて母親が男の暴力を止めたかもしれない。男は所有物の女が止めようとしたことに腹を立てたのか、今度は母親を殴ろうとした。

 オレは思わず母親を庇ってしまった。何故庇おうとしたのかは分からない。

 母親を庇い、男を突き飛ばしたら、相手はオレが小さいから油断していたのかあっけなく尻もちをついた。

「あんた、何してんの!?」
 
 殴られそうだったところを庇い、感謝されてもいいはずなのに金切り声の母親の声が耳に響いた。
 母親の方を振り返ると、母親はオレの首に指を絡めた。
 その指は冷たく、母親がオレに向ける感情のように思えた。

 驚いたのに、声を上げることもできず母親と目が合う。
 その冷たい瞳は、お前を受け入れることはない、邪魔な存在だ、と言っているようでどこか悲しくなった。

 母親はハッと我に返り、そしてオレを突き飛ばした。助けた相手に冷たい手で突き飛ばされる様は、なんて滑稽なのだろうと思った。呆然と立っていたオレは勢いよく後ろへと倒れ、頭を机に打ち付けた。

「大丈夫?もう行きましょ?」

 頭をぶつけ消えゆく記憶の中で母親はオレを見ることなく、男に心配する声をかけ、この狭い家を男と出て行った。
 男に殴られているオレを母親が庇ってくれたことも初めてだけど、ああやって突き飛ばされたのも初めてかもしれない……。そう考えながら目を閉じた。
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