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其の十八 毒舌王子の隠れ家(13)
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「初めて会った時からあの男は天花寺澪子の盾然として譲らなかったが、幼学の僕を相手に、丁年には二年ほど足りないとはいえ、立派な図體をした人間が敵意と悪意を剥き出しにして恥じる事を知らなかったんだからね。それが仮初めと謂えど憎い恋敵として目の前に立ちはだかるというんじゃ、この先の展開など推して知るべしだろ。そうは思わないかい、小鳥遊?」
「そ、そそ、それは、その……っ」
気恥ずかしさで一気に酔いが回って、すっかり酩酊してしまったかの如くのぼせ上った頭の中には、突風に吹かれてぐるぐると廻る風車のように言葉にならない感覚だけが駆けずり廻り、まともに返事をする事はおろか、冬月の顔を直視する事さえ難しかった。
「よ……幼学といえば、じ、十歳の事だろ……? そ、それから、丁年というのは、は、二十歳を指すから、ええと……、君とあの黒葛瑛資という男も、ず……随分前から、互いを知っているという事か……」
「残念ながらね」
「だ、だけど、それじゃ……、十八にもなろうかという青年が、こ……子ども相手に、さっきのような、まるで威嚇をするみたいな言動をしていたと言うのか……」
苟も一年ほど前まで郷里の尋常小学校で代用教員として奉職していた僕には、とても信じられない話だった。
「そうだよ。どうだい、世間知らずの君もさすがに奴の神経を疑わずには居られないだろ? よほど育ちが悪いのか、それとも僕のような人間全般への憎しみか、はたまた天花寺澪子への執着心からか、或いはその全部が原因なのか、推量してやるほどの親切心も関心もないけどね。いずれにしても幼い女主人にひっついて、近づこうとする者を蹴散らして回る様は控え目に言っても異様だったよ。この前、十年ぶりに再会してみて程度がいや増しているのを目の当たりにした時には、呆れるのを通り越していっそ清々しいものさえ感じたよ」
「そ、それは、でもその、あの……」
二人の関係が何か尋常ではないものの上に構築されているような気配は、先刻の帝都ホテルでの様子からも窺い知れてはいたが、冬月の口を借りてこうはっきりと言い表されるのを聞くと、殆ど衝撃的とも言える吃驚を禁じえず、ますます舌がもつれて言葉がうまく出て来なかった。
「し、しかしそれじゃ、い……いったい、いつからあの男は、し……主家の令嬢に対して、と……特別な気持ちを抱いていたと言うんだ……。だ、だいたい、今だって、澪子さんは、誰がどう見たって、き……君をその……す、好いている事が明らかなのに、そ、そんな、よ……横恋慕のような真似をするなんて、つ、黒葛瑛資とは、いったい、どんな人間なんだ……」
冬月は耳の熱さに汗を掻きながらしどろもどろに言う僕をじっと見ていたが、突然ニヤッと頬を歪ませると、獲物に襲い掛かろうとする猫が身を低くするような具合にクッと顎を引いた。赤褐色の前髪の奥に覗く琥珀の瞳を愉悦の光に瞬かせ、冬月は玩弄の調子を隠しもせずに言った。
「どうすればそうも純に育つものかな。あまりに邪念がなさ過ぎて、揶揄った此方が肩透かしを喰らったような気になるよ」
「え……、……──え……!? からか……って、い、今の話も嘘なのか……!?」
志乃さんが父親の愛人だと言って僕を担ごうとしたのを思い出し、勢いよく身を乗り出した。冬月は呆れ気味に鼻を鳴らして口元に猪口を持って行きながら、
「この話は事実さ。けど、君の反応を愉しんでいた事も本当かな」
「──な……っ!?」
「しかし黒葛の悪態の裏に天花寺澪子に対する特別な感情が潜んでいる事にも勘づかないなんて、君のうぶさは些か問題じゃないか?」
フフン、と片眉を掲げて見下ろす冬月の意地悪な嗤い顔に、かあっと熱い血が頬にのぼった。
「そ、そそ、それは、その……っ」
気恥ずかしさで一気に酔いが回って、すっかり酩酊してしまったかの如くのぼせ上った頭の中には、突風に吹かれてぐるぐると廻る風車のように言葉にならない感覚だけが駆けずり廻り、まともに返事をする事はおろか、冬月の顔を直視する事さえ難しかった。
「よ……幼学といえば、じ、十歳の事だろ……? そ、それから、丁年というのは、は、二十歳を指すから、ええと……、君とあの黒葛瑛資という男も、ず……随分前から、互いを知っているという事か……」
「残念ながらね」
「だ、だけど、それじゃ……、十八にもなろうかという青年が、こ……子ども相手に、さっきのような、まるで威嚇をするみたいな言動をしていたと言うのか……」
苟も一年ほど前まで郷里の尋常小学校で代用教員として奉職していた僕には、とても信じられない話だった。
「そうだよ。どうだい、世間知らずの君もさすがに奴の神経を疑わずには居られないだろ? よほど育ちが悪いのか、それとも僕のような人間全般への憎しみか、はたまた天花寺澪子への執着心からか、或いはその全部が原因なのか、推量してやるほどの親切心も関心もないけどね。いずれにしても幼い女主人にひっついて、近づこうとする者を蹴散らして回る様は控え目に言っても異様だったよ。この前、十年ぶりに再会してみて程度がいや増しているのを目の当たりにした時には、呆れるのを通り越していっそ清々しいものさえ感じたよ」
「そ、それは、でもその、あの……」
二人の関係が何か尋常ではないものの上に構築されているような気配は、先刻の帝都ホテルでの様子からも窺い知れてはいたが、冬月の口を借りてこうはっきりと言い表されるのを聞くと、殆ど衝撃的とも言える吃驚を禁じえず、ますます舌がもつれて言葉がうまく出て来なかった。
「し、しかしそれじゃ、い……いったい、いつからあの男は、し……主家の令嬢に対して、と……特別な気持ちを抱いていたと言うんだ……。だ、だいたい、今だって、澪子さんは、誰がどう見たって、き……君をその……す、好いている事が明らかなのに、そ、そんな、よ……横恋慕のような真似をするなんて、つ、黒葛瑛資とは、いったい、どんな人間なんだ……」
冬月は耳の熱さに汗を掻きながらしどろもどろに言う僕をじっと見ていたが、突然ニヤッと頬を歪ませると、獲物に襲い掛かろうとする猫が身を低くするような具合にクッと顎を引いた。赤褐色の前髪の奥に覗く琥珀の瞳を愉悦の光に瞬かせ、冬月は玩弄の調子を隠しもせずに言った。
「どうすればそうも純に育つものかな。あまりに邪念がなさ過ぎて、揶揄った此方が肩透かしを喰らったような気になるよ」
「え……、……──え……!? からか……って、い、今の話も嘘なのか……!?」
志乃さんが父親の愛人だと言って僕を担ごうとしたのを思い出し、勢いよく身を乗り出した。冬月は呆れ気味に鼻を鳴らして口元に猪口を持って行きながら、
「この話は事実さ。けど、君の反応を愉しんでいた事も本当かな」
「──な……っ!?」
「しかし黒葛の悪態の裏に天花寺澪子に対する特別な感情が潜んでいる事にも勘づかないなんて、君のうぶさは些か問題じゃないか?」
フフン、と片眉を掲げて見下ろす冬月の意地悪な嗤い顔に、かあっと熱い血が頬にのぼった。
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