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其の十八 毒舌王子の隠れ家(11)

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 僕はふるふると肩をふるわせ、
「……そ、そうだ……、き、君と来たら、み……澪子さんの前で、僕をはずかしめるような発言ばかり繰り返していたな……。ぼ、僕は、お、大恥をいた……っ」
「君にはそもそも掻けるような恥なんか無いだろ。車中での自尊心についてのやり取りを此処ここで蒸し返そうと言うのかい?」
「い、い、いくら君でも、そんな事を言う権利があるのか……!? そ、そ、それとも、僕のような、一介いっかいのしがない雑用係は、む……虫けら以下だとでも……!? ふ、踏みつけて傷つけたって、か……構いはしないとでも……!?」
 酔いに任せて息巻く僕を冬月は白けたわらい顔で眺め、
「僕は君をとは称したがと言った事はないよ。君は酒癖が悪いほうらしいな。普段から言いたい事を我慢がまんして溜め込んでいるからそうなるんだ。酒の力を借りて鬱憤うっぷんを晴らすなんて無粋ぶすいもいいところだ。第一、そういう事をすると傍迷惑はためいわくだというだけでなく、酔いがめた後でひどく恥ずかしい思いをして後悔する羽目はめになるぜ? 君はその羞恥しゅうちに耐える覚悟でくだを巻こうとしているんだろうね?」
 ニヤニヤと愚弄ぐろうするように言う冬月の目の中に、しかし微塵みじんいやしさが見えない事が、言われっぱなしのこの身の情けなさを余計にあおった。
 握り締めていた猪口を卓の上に置こうとして、知らず振り下ろすような勢いがついてしまい、はずみで手の甲に生ぬるい酒が掛かった。それを無意識に舌先でめ取ってから、またしてもいじましいところを目撃されたと気が付き、羞恥心しゅうちしんにもんどりうちたい気分におちいった。が、僕はえて自分を鼓舞するように再び猪口を取り上げ、一息に口の中に流し込むと、
「う、鬱憤とか、酒癖とか、そ、そういう問題じゃない……っ。この際、僕の事はどうだっていいんだ……っ。ぼ、僕が問題だと言いたいのは、澪子さんに対する、君の行いだ……っ。あ……あんな、ひ……卑劣ひれつな手を使うなんて、き、君には、り……良心と言うものがないのか……!? い、今すぐ澪子さんのお宅にうかがって、せ、誠心誠意、謝罪すべきだ……っ」
 冬月は方眉を意地悪な嗤いの形にかかげ、必死に言葉をる僕を、さも面白いか何かのように眺めていたが、やおら片肘を卓について頬杖をすると、
「なるほど。小鳥遊、君はどうやら天花寺澪子を相当気に入ったんだな」
「──!? な、何を……っ」
「別にそうあわてなくてもいいだろ」
 高く唇の片側を吊り上げ、また徳利を自分の猪口に傾けながら、
「さっきも言ったが、あの会合の最中だって、君はずっと彼女に見惚みとれていたじゃないか。誰の目にも君の気持ちは見通せるさ」
 ためすような上目遣いで僕に嗤い掛け、冬月は胸の前にはらりとこぼれ落ちた赤褐色の髪の束をうるさそうに払った。僕はいやな具合に鼓動を刻む心音を意識しつつ拳を握り、
「み、妙な言いがかりをつけるような真似はしてくれ……。た、確かに、み……澪子さんは素晴らしい女性だったが、ま……まるで、ぼ、僕が、澪子さんに対して、よ……よこしまな感情を抱いたとでも言うような言い方は、あ……あんまりだ……」
「そうむきになって僕の言葉に反論しては猶更なおさら肯定して見えるよ」
「……っ」
「笑ってその通りだと言って済ませれば軽い冗談話で終わる事だろ。なぜ其処そこまで過剰かじょうに反応する必要があるんだ」
「と、当然じゃないか。ひ、他人ひと様のつ……妻になろうとしている女性に、こ……好意を抱くなんていう、あらぬ疑いを掛けられて、黙っていられる訳がない。だ、第一、僕はもう──……」
 言い掛け、ハッと口をつぐんだ。
 ──そう言えば、冬月は必ず「何故だ」といて来るだろう。
 水色のリボンを、三つ組みに編んだ髪の毛先につけ、嬉しそうに微笑む琴枝ことえの影が、波紋のように目蓋まぶたの裏で揺れ動く──。
 途端とたんに、得體えたいの知れない凶暴な力が、胸の奥のふさがらない傷口に爪を立て、メリメリと音立ててじ開けに掛かった。

 ──柊萍しゅうへいさん……

「……──っ」 
 あっと思う間もなく、記憶のふたを開けた琴枝の幻が、目の前に大きく映し出される。
 誘い掛けるように首をかしげて微笑む琴枝は、次の瞬間、もぬけの殻になった下宿の部屋に散乱していたという、黒い大きな鳥の羽の嵐に飲み込まれた。
 やがて黒い羽根の嵐は不気味に巨大な黒鳥の姿へと変わり、琴枝を連れ去る為に羽ばたいた。
 琴枝は恐ろしく長いくちばし脅威きょういおびえ、残忍な鳴き聲を上げる鳥の魔手から逃れようと藻掻もがきながら、僕に向かって腕を伸ばした。

 ──……柊萍さん、助けて……。……あたしは此処ここよ……。

「────……!!」

 反射的に腰を浮かし掛けた刹那せつな傲然ごうぜんたるこえが座敷に響いた。
「まったく、不躾ぶしつけほどに呆れるね」
 不遜ふそんな皮肉嗤いをにじませた冬月の聲に、残酷な幻影が、はじかれたように掻き消える。と同時に、冷たくくらい水底に引きずり込まれようとしていた意識に忽然こつぜんと光が戻った。

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