孤悲纏綿──こひてんめん

Arakane

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S.Tの覚書

S.Tの覚書

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 Fから届いた封書に同封されていた日記帳はここで絶筆となっている。一読して後、すぐにFに連絡をしていくつか確認したが、いつもの調子で奴の悪癖たる人を食ったような冗長に流れる話に付き合わされるばかりで一向に埒が明かず、まったくもって要領を得ないので、明日直に会っていろいろと聞き出す所存だ。特にこの李大龍という、恐らくは見鬼の眸子ひとみを持つ巫覡ふげきであろう男については、何か他に情報を握っていながら素知らぬふりをしてこちらの反応を見て愉しんでいるというようなことがないか、是が非でも問い質さねばならない。
 首だけで生き永らえていたという少女のことについても大いに関心が刺激される。干宝かんぽうの著した『捜神記そうじんき』にある落頭民らくとうみんの逸話が思い出される。あれには多く市井に氾濫する噂話や説話などが収められ、満更根も葉もない与太話ばかりと言うわけでもなさそうなところが魅力なわけであるが、ひょっとするとこの手記に記されている唐代のいずれかの皇帝の妃嬪ひひんの一人であったと思われる首だけの少女も、その落頭民の末裔まつえいか何かではなかろうかと思われて関心は尽きない。いずれにしてもとにかく奴から詳細を聞き出すより他に確かめる術はない。
 だが奴の電話口でのそぶりを思い返すと、どうも私に会いたい一心でこんな気を引く文章をでっち上げたのじゃないかという気もしてくる。奴ならやりかねないことではあるが、しかしまさかそんな暇人というわけでもあるまい……。
 しかしとにかく、五十崎檀子いそざきまゆこという高校教師が孤独死していたという記事を私も新聞で読んで知っているから、まったくすべてが奴の大ぼらというわけでもないだろう。
 そう言えば、新聞の記事は小さなものではあったが、確かこの婦人の死因は検死の結果、急性心不全による突然死と認定され事件性などは薄いものと思われるが、怪しむべきところがあるとすれば遺体から立ち昇る正体不明の不可思議な香りであったというようなことが記されていたはずだ。奴に会いに行く前にいつもの図書館に立ち寄って、ちょうどその辺りの日付の各社の新聞を隈なく調べてみようと思う。
 いずれにしてもこれが真実五十崎檀子氏の書き記したものであると言うならば、道教上清派じょうせいはについて──特にその冥界たる鄷都ほうとがあるとされる羅鄷山らほうさんの研究に勤しむ私にとっては、これは確かに非常に興味深い記録には違いない。
 しかし如何せん人の出入りの多いところに住んでいる災難で、私の部屋からはしょっちゅう物が持ち去られるから、万一これが誰かの興味を惹いて持ち出された場合に備えて写しを取っておくつもりだ。

 初夏の頃、青葉荘にて記す──S.T





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