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五十崎檀子の手記
二十六
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颶風が荒れ狂う中、必死に目を見開くと、羽織の袂に顔を隠して嵐に耐える祖父の頭上で釘づけになった少女の首が、青白く光る龍を見上げているのが見えました。巨大な胴や長い尾をしならせる龍に威圧され、身動き一つできずにいる少女の顔には、気も狂わんばかりの畏怖が満ちていました。
再び龍が地響きのような咆哮を上げると、今度は蔵全体が激しい揺れに襲われました。
「うわっ、地震か……!?」
棚の上から木箱や帳面や道具などが次々と落下して蔵の中に散乱しました。わたしの頭上にもたくさんの物が降って来て、両腕で身を庇いながら視界を覆う埃に咳き込みそうになるのを堪えていると、ようやく激しい風や揺れが収まったので慌てて様子を窺おうと顔を上げましたが、立ち込める埃と黒い瘴気の煙幕に目の前を遮られ、何も見ることができないのでした。
しかしやがて次第に霧が晴れるように視界が開けてくると、雑多に物が散乱した床の上に片膝をついている人の姿の李大龍と、その視線の先で瞼を閉じて倒れ伏している少女の首が目に飛び込んできました。李大龍の綺麗に撫でつけられた黒髪やスーツには一糸の乱れもなく、ただ青白く光る目が、どこか静かな悲しみを宿して少女の首に向けられていました。
祖父は相変わらず板の間に座り込んだまま、めくれ上がった袴の裾を直そうともせず、少女の首と李大龍を茫然と見比べながら、
「ど、どうなったんだ……? それは……し、死んだのか……?」
「──いいえ、生きていますよ」
「そ、それじゃまたいつ何時襲いかかられるかわからんじゃないか……っ」
祖父が叫んだのとほぼ同時に、少女の瞼がうっすらと開き、虚ろな黒い瞳が睫毛の向こうで二、三度動いたかと思うと、突然正気付いたようにはっと大きく目を開けました。
「ほ、ほら見ろっ、また目を開けたぞ……っ」
少女の首は未だ黒い瘴気の漂う宙に再び飛び上がろうとしました。しかしその哀れな頭が再度蔵の中を飛びまわることはありませんでした。少女の首はまるで翅をもがれて飛ぶことのできなくなった蝶のように、ただ床の上で苦しげに頭を蠢かしているだけでした。少女が混乱したように、それでもなんとかその場を逃げ去ろうと望んでか、必死に頭を持ち上げ続けているのを憎しみに曇った目で睨みながら、祖父が叫びました。
「李大龍、何をやっているんだっ、早く始末をつけろ……!」
喚く祖父に李大龍はちらりと目を向けると、両手の指を組み合わせ、低い声で再び何事か囁き始めました。すると李大龍の口からは先ほどと同じに、ちらちらと光の瞬く糸が紡ぎ出され、祖父の方に向かって泳いでいきました。
祖父は李大龍から紡ぎ出された糸が自分の口元に近づいてきたことにも気がつかない様子で喚き続けました。
「こんな化け物なんぞ、もうまっぴらだっ。いいか、さっさと始末したらそれを持って貴様も早くここから出て行けっ。さもないと……」
呪言の糸が遂に祖父の口の中に飛び込むと、祖父はかっと大きく目を見開いて喉を押さえました。
「……何度も言わせないでください。彼女は化け物などではありません。少し静かにしていてください」
李大龍がそう言い終えた途端、祖父は喉を押さえたままいきなり仰向けに床の上に倒れ込みました。わたしは一瞬祖父が死んでしまったのかと肝を潰しましたが、しかし間もなく祖父の大きないびきが聞こえて来たのでほっと胸を撫でおろし、震える手をぎゅっと握りしめました。
再び龍が地響きのような咆哮を上げると、今度は蔵全体が激しい揺れに襲われました。
「うわっ、地震か……!?」
棚の上から木箱や帳面や道具などが次々と落下して蔵の中に散乱しました。わたしの頭上にもたくさんの物が降って来て、両腕で身を庇いながら視界を覆う埃に咳き込みそうになるのを堪えていると、ようやく激しい風や揺れが収まったので慌てて様子を窺おうと顔を上げましたが、立ち込める埃と黒い瘴気の煙幕に目の前を遮られ、何も見ることができないのでした。
しかしやがて次第に霧が晴れるように視界が開けてくると、雑多に物が散乱した床の上に片膝をついている人の姿の李大龍と、その視線の先で瞼を閉じて倒れ伏している少女の首が目に飛び込んできました。李大龍の綺麗に撫でつけられた黒髪やスーツには一糸の乱れもなく、ただ青白く光る目が、どこか静かな悲しみを宿して少女の首に向けられていました。
祖父は相変わらず板の間に座り込んだまま、めくれ上がった袴の裾を直そうともせず、少女の首と李大龍を茫然と見比べながら、
「ど、どうなったんだ……? それは……し、死んだのか……?」
「──いいえ、生きていますよ」
「そ、それじゃまたいつ何時襲いかかられるかわからんじゃないか……っ」
祖父が叫んだのとほぼ同時に、少女の瞼がうっすらと開き、虚ろな黒い瞳が睫毛の向こうで二、三度動いたかと思うと、突然正気付いたようにはっと大きく目を開けました。
「ほ、ほら見ろっ、また目を開けたぞ……っ」
少女の首は未だ黒い瘴気の漂う宙に再び飛び上がろうとしました。しかしその哀れな頭が再度蔵の中を飛びまわることはありませんでした。少女の首はまるで翅をもがれて飛ぶことのできなくなった蝶のように、ただ床の上で苦しげに頭を蠢かしているだけでした。少女が混乱したように、それでもなんとかその場を逃げ去ろうと望んでか、必死に頭を持ち上げ続けているのを憎しみに曇った目で睨みながら、祖父が叫びました。
「李大龍、何をやっているんだっ、早く始末をつけろ……!」
喚く祖父に李大龍はちらりと目を向けると、両手の指を組み合わせ、低い声で再び何事か囁き始めました。すると李大龍の口からは先ほどと同じに、ちらちらと光の瞬く糸が紡ぎ出され、祖父の方に向かって泳いでいきました。
祖父は李大龍から紡ぎ出された糸が自分の口元に近づいてきたことにも気がつかない様子で喚き続けました。
「こんな化け物なんぞ、もうまっぴらだっ。いいか、さっさと始末したらそれを持って貴様も早くここから出て行けっ。さもないと……」
呪言の糸が遂に祖父の口の中に飛び込むと、祖父はかっと大きく目を見開いて喉を押さえました。
「……何度も言わせないでください。彼女は化け物などではありません。少し静かにしていてください」
李大龍がそう言い終えた途端、祖父は喉を押さえたままいきなり仰向けに床の上に倒れ込みました。わたしは一瞬祖父が死んでしまったのかと肝を潰しましたが、しかし間もなく祖父の大きないびきが聞こえて来たのでほっと胸を撫でおろし、震える手をぎゅっと握りしめました。
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