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ルクスペイ帝国編(シャラン視点)

例えそれがエゴだとしても

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 楽しかったデートが終わり王宮へ戻って来ると、夕食までに少し時間があったので、ミカエル様と一緒に食べる約束をしてから僕は部屋に戻った。
 服を着替えてから、ステンレスに紅茶をお願いしてソファに座ると、ぼんやりと今日のミカエル様とのやりとりを思い返していた。

「シャラン様、如何なさいましたか?」

 僕は話しかけられてハッとする。
 ステンレスが少し心配そうにこちらを見ていた。

「うーん、久々に一日中動き回ったから、少し疲れただけだよ。でも大丈夫、すごく楽しかった。」

 それは嘘偽りない僕の気持ちだったので、自然とニコリと笑ってみせる。

「それなら良かったですが、ボンヤリなさっていたので要らぬ心配をしてしまったようです。」

「心配かけたね。」

「いえ。それでは夕飯までごゆっくりなさって下さい。」

 ステンレスがそっと離れていくと、紅茶をひと口飲んだ。
 今夜、ミカエル様を庭園に誘ってみよう。
 忙しそうなら後日、天気の良い日に。

 ────月明かりの下で。

 僕は静かに心に決めると、ゆっくりと紅茶を味わった。
 しばらくすると、夕食はミカエル様の部屋で食べようと連絡が入ったので、そちらに向かう。

「シャラン、待ってたよ。」

 ついさっきまで一緒に居たのに、久しぶりに会うような勢いでミカエル様が抱きしめてくれる。
 嬉しくて僕も抱きしめ返すと、エイデンがゴホンと咳払いをして、入り口で抱き合っていた僕達を中へ促した。

「今日プレゼント交換した硝子ペンは大事に使うよ。ありがとう。」

「僕も大切にします。使うたびにミカエル様を思い出せます。」

 今日のデートを振り返り楽しく食事しながら、次回はどこに行こうかと相談する。穏やかに過ごせるこの時間が愛しい。
 食事も終わりに近付くと、僕はミカエル様と話しながら、いつ切り出そうかと機会を伺っていた。

「……シャラン? 何か気にかかる事でもあるのかな?
 何となく、うわの空だね?」

 僕はハッとして、ミカエル様に謝った。
  
「あっ、すみません。実は、お話したいことがあるんです。ミカエル様はこのあと何かご予定はありますか?」

「急ぎで返事が欲しいと言われているのが数件あるが、どうかしたの?」

「もし、お時間があったなら庭園で少しお話がしたかったのです。
 ……月明かりの下で。後日でもかまわないのですが。」

 ミカエル様も何か思うことがあったのか、頷いてくれた。

「時間はそれほど掛からないと思うから、その後でよかったら。」

「では、先に行って散策しながら待っています。」

「わかったよ、シャラン。」

 ミカエル様は、そこからも変わらない態度でいてくれた。食事が終わるとミカエル様に、

「また後で。」

 と部屋を出る。

 僕は、そのまま庭園へゆっくりと向かった。
 外に出ると、月明かりが庭園を淡く照らし、そよぐ風が草花を揺らす。

「気持ちの良い風。」

 散策していると、不意に風に乗りジャスミンに似た香りがした。

「樹木は見当たらないけど────あ。」

 周囲を見渡すと、月の光を浴びて自ら淡く発光している様な優美な花が一輪咲いているのが見えた。

「月下美人だ。凄いな、ここまで香りが漂ってきてる。」

 僕は、何となく呼ばれているような気がして足を向けた。
 近づくにつれて香りが強くなっていく。その発生源にたどり着くと、僕はその花を観察した。
 月を見上げ咲いている花を見つめていると、不意に黒髪紫眼の彼が最期にみせた微笑みが思い出される。

「お月様……か。」

 月下美人が必死に仰ぎ見る月を共に見つめる。
 しばらくそうしていると、後ろから足音が聞こえた。

 何も言わずに僕の背後で足を止めると、まるで壊れ物に触れるように、そっと包み込むように抱きしめられる。
 ミカエル様は、僕が時折考え込んでしまっている事を知っていながら、言い出すのをずっと待っていてくれていたのだと思う。

『 私達も幸せに暮らしていけるように、思った事は正直に伝え合っていこう。』

 劇場でミカエル様と話した事を思い出す。
 僕は、ミカエル様とずっと一緒に並んで生きていきたい。

「僕は、我儘なのかな?」

  月を見ながらポツリと言う。まるで内緒話のように、ささやかな声で。

「僕が月だと言うならば、国民を平等に照らさなければならないのでしょうか。」

「他の人間は知らない。私にとっては、シャランは私だけの月なんだよ。
 ……私は、冷たい人間だろうか? 軽蔑するか?」

 僕は首を横に振る。

「僕だってミカエル様だけが僕の太陽なんです。軽蔑しますか?」

「そんなことはしない。私はシャランの太陽でいたい。他の誰にもその役割を渡したくない。」

 抱きしめていたミカエル様の腕に力が籠る。僕は、その腕に手を添えた。

「僕も一緒です……ユダに『俺のお月様』と言われて否定しました。ミカエル様も否定してくれて嬉しかった。
 でも、もしかしたら、言われた本人ですら否定してはいけないのかもしれないと、ユダの最期の微笑みを見て思ってしまいました。
 ───それでも、僕はミカエル様の月でいたい。
 これでは、僕はエゴイストですね。」

「月の光が国民を照らすなら照らせば良い。だが月には私だけを見ていて欲しい。
 例えそれが私のエゴだとしても、譲る気は全くない。私は言ったはずだよ? 一人の男としてシャランを愛していると。」

 僕は、ハッとしてミカエル様に向き直った。

「───そうだ。何でこんなに悩んでいたんだろう?
 僕は、ただのシャランとして、ミカエル様を愛しています。」

 それは、王国でプロポーズを受けた時の言葉。今の僕は、『愛している』とハッキリ言える。
 帝国に来てからミカエル様の隣に並びたいと、公務に力を入れていたから、一番大切な事を忘れていた。

 ユダからは、私人としての想いを向けられていたのだから断っても良かったのだ。
 最期の微笑みに混乱してしまった僕がミカエル様に早く伝えていれば、こんな風に悩まなかったのに。

 気の抜けた僕が、ふにゃりと笑うとミカエル様は微笑みながら、ふわりと触れるだけの口付けをした。
 しばらくそうやっていると、ミカエル様が思い出したように、ポケットから見覚えのある小箱を取り出すと、僕に渡してくれた。

「シャラン、修繕を頼んでおいたイヤーカフが戻ってきたよ。何時でもシャランのいる場所が分かるように、少し機能を追加したんだ……嫌だったかな?
 もちろん、私のもシャランならわかる様に修正したからね。」

 僕は、手元に戻ってきたイヤーカフに顔をほころばせた。

「湖に落ちた時、イヤーカフは絶対無くしたくなかったから、セグレトに頼んで内ポケットに隠していたのに駄目だったのだと思っていたんです。
 ふふ、お互いの位置がわかるのでしたら、安心ですね。ありがとうございます……着けてもらっても良いですか?」

 僕は、そう言ってピアスを外した。予想通り魔力がキラキラ舞い散ってしまう。
 それを嬉しそうに、しばらく見つめていたミカエル様だったけれど、そっと右耳にイヤーカフを着けてくれた。

「えへへ。嬉しいです。」

 僕のその言葉に、ほっとしたミカエル様が、愛おしそうに僕を見ている。
 僕は胸から溢れ出る喜びから、背伸びをしてミカエル様の頬に口付けをすると、驚いた様な顔をした。
 確かに二人きりの時はともかく、外では滅多なことでは僕からミカエル様に何かする事は無いかもしれない。
 ちょっとそこは愛情表現が少なかったのかもと反省する。
 今度は、ミカエル様の瞳を見つめて口付けがしたい事を瞳を閉じる事で訴えてみる。
 護衛とはいえ人のいるところで言葉にすることは、まだ恥ずかしいし行動に移すことは頬にするのが精一杯だった。
 僕の意図を汲み取ってくれたミカエル様は、唇に親指で触れたあと、ふわりと二度三度と口付けた後、軽く開いて招いた隙間から舌を差し入れ歯列をなぞる。
 ピリピリとした感覚にウットリとした僕は、更に招き入れるように口を開くと、舌を捕まえるようにミカエル様が侵入してきた。
 混ざり合う魔力に身を任せていたが、ミカエル様がその時間を終わらせた。

「快復したとはいえ今日はデートで、かなり体力を使ったはずだから、残念だけど大人しく寝ないとね。 でも、今日は寄り添って眠りたいな。入浴したら、一緒に眠ろう。」

 ミカエル様の心遣いが嬉しい……残念だけど、僕も実は疲れを感じていた。

「はい。後でミカエル様のお部屋に行きますね。」

 ミカエル様は頷くと、僕と寄り添うように部屋へと帰る事にした。
 月下美人の香りから、遠ざかっていく。
 僕は、ミカエル様だけを見つめる月でいたいよ。

 ────さようなら。

 心の中で、決別の言葉を告げた。


 ミカエル様と一度別れ、自分の部屋に戻り入浴し終わった僕は、ミカエル様の部屋に行き、一緒にベッドに横になる。一日中動きまわっていて、すぐに眠気のきた僕は額に口付けされる。

「おやすみ、シャラン。」

 慈しむような声に、僕は安心感からぐっすり眠った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 花言葉
 月下美人→「儚い恋」「ただ一度会いたくて」
                     「強い意志」「真実の時」
  
 
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