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ルクスペイ帝国編(シャラン視点)
帝都でデート
しおりを挟む数日後、僕とミカエル様は帝都の街並みを手を繋いで歩いていた。ようやく、ミカエル様から許可が出たのだ。熱も下がり、身体の痣も消えて痛みもない。
フランチェスコ様から許可を貰った後も、三日は庭園を散歩する程度にして安静にしていた。
初めての帝都でのデート。
僕は今、おばあ様から貰った夏椿のピアスをしている。ミカエル様とお揃いのイヤーカフは、あの事件の時にちゃんと無くさず持っていたらしいが、少し修理が必要だったらしい。
ミカエル様が、必ず返すからね。と言ってくれたので、その間はピアスをまた着けているのだ。
街並みが綺麗で、人々も都会的でお洒落な人が多い。さすがは芸術が盛んな国だな、と感心して歩いた。
売られている物も、他国からの輸入品から、本当に普段使い用なのかと思うようなお洒落な日用品まで揃っている。
便箋が欲しくて入ったお店で、一目で気に入った硝子ペンを見付けた。
銀色の硝子の中に金箔だろうものが散っている。
もう一本も色違いの青色に金箔が散っているのだ。
僕は目をキラキラさせてミカエル様を見ると、ミカエル様も同じものを熱心に見ていた。
「ミカエル様。」
「ああ、今日の記念にこの二本を買おう。」
店主にお願いして、1本ずつラッピングして貰う。
その間に気に入った便箋も見付けて、一緒に買った。その場で、ミカエル様とプレゼント交換をした。
僕の手元には、青いラッピングがされた青い硝子ペンが、ミカエル様には、銀色のラッピングがされた銀色の硝子ペン。
僕とミカエル様は嬉しくて笑みが止まらない。店主も微笑ましそうに、こちらを見守っていた。
───この噂も広まり、お互いの色の硝子ペンを贈るのが流行ることになる。
「ミカエル様、この後の予定は決まっているのですか?」
「実は今、帝都では香辛料を使った料理が流行っていてね、そこにしようかと思ったんだよ。辛いのは平気かな?」
「ある程度なら食べられますけど、どれ程辛いのか気になりますね。」
「ああ、王宮ではほとんど出ないからな。」
確かに、毒の警戒をしなければならないので、辛いものはほとんど出ない。
「外で食べても良いのですか?」
「そのお店は、義姉上の気に入っている店でね、今は懐妊中だから来ていないが、以前はお忍びでよく通っていたみたいだよ。従業員も徹底しているから、安心して良いよ。」
「お義姉様のお好きなところなのですね。楽しみです。」
店が近づくと、既にスパイスの香りが漂って来た。
ミカエル様をチラリと見ると、楽しそうに頷いてみせる。店内に入ると、雰囲気は一変し、嗅いだことのない不思議な匂いが漂う。
「お店の内装も異国情緒があって素敵ですね。」
今日の為に貸し切りにして貰っていた。ここの料理を食べたかった他の人達には申し訳ないが、遠慮なくあちこち見渡せて楽しい。そんな僕を、ミカエル様は優しげな表情で見ていた。
流石に照れくさくなって、笑ってごまかす。
ミカエル様と帝都の名所の話をして、次の機会に行こうか、と話していると刺激的な匂いのする料理が運ばれてきた。
「わあ、美味しそう! 白身魚とパスタですね。
何の香辛料でしょうか? 独特の匂いがして、どんな味なのか楽しみです。」
「シャランの口に合うと良いけど。さあ、食べようか。」
「はい!」
ミカエル様の言葉に、まずは白身魚を口にした。
「んー、辛いです! でも、もっと香辛料が強いのかと思ったら、ちゃんと白身魚自身の旨みも活きてて美味しい。」
辛さとのバランスが良く、これは確かに人気が出るはずだと納得だ。僕は次にパスタを食べてみた。
「あれ? 辛いのにクリーミーなんですね。物凄く美味しいです。」
僕は、舌への刺激をやわらげるように包み込む美味しさに、夢中になった。
「ちなみに、義姉上は辛さが十倍の物を好むらしいよ。兄上が、ひと口貰って食べた時大変だったらしい。」
ミカエル様が、笑いながら教えてくれた。
「え?! 十倍ですか? 今でも十分辛いのに。」
お義姉様の辛い物好きは、僕の想像を遥かに越えていた。
「確かにそれでは、お義姉様は辛いもの禁止されてしまいますね。適量ならともかく……。」
「一応、王宮でも適量のものは食べたい時に食べているらしいよ。ただ、本人が物足りなそうにしてるらしくてね。」
ミカエル様とお義兄様の関係は良好で、こういった話もするのだな、と微笑ましい気分になる。
発汗作用で、額に汗が滲むとミカエル様が手巾でそっと抑えてくれた。
湖に落ちた時に発熱して目覚めずにいた時も、甲斐甲斐しく僕の面倒を見ていたらしいので、その癖が残っているのかもしれない。僕はとても恥ずかしかったけど、喜びも隠せなかった。
店主にお礼を言って外に出ると、ミカエル様が次の予定を教えてくれた。
現在、お義兄様とお義姉様のラブストーリーを舞台にしているところがあるらしい。
劇場に着くと、一応お忍びなので裏口から王族用の席に案内された。
「話には聞いていましたが、実際に観劇できるとは思いませんでした。楽しみです。」
「ここの脚本はコメディ寄りだと言われているけど、兄上達からすると、こちらの方が事実に近いと言っていたな。」
「そうなんですか! ふふ、より楽しみになりました。」
そんな話をしていると、この劇場のロマンスグレーのオーナーがウェルカムドリンクを準備してやってきた。
「ミカエル殿下、シャラン殿下。当劇場にお越しいただき、心より光栄に思います。
本日の演し物は──────」
ウィットに富んだオーナーと会話をしていると、あっという間に、開演の時間になってしまった。
ついでに、僕達の演目が出来たら、観に来る約束までしてしまった。ミカエル様も楽しそうにしていたので、この劇場は王家と縁が深いのだな、と思った。
お義兄様とお義姉様の馴れ初めは、とても興味深かった。また、お義姉様に心を奪われたのをよく思っていなかったご令嬢達を、逆に心酔させたお義姉様のシーンでは笑いが起こった。
耳元でミカエル様が教えてくれる。
「これは、本当にあったらしいよ? 凄いよね。」
「お義姉様が同性に人気があるのは聞いてましたが、そこまでとは思いませんでした。」
たまに、ミカエル様と会話しながらも、物語に夢中になってしまう。最後のお義姉様の場面で、人気の姿絵の理由を知った。
『私の隣にいて欲しいのは君だけだ。どうかこの想いを受け入れてくれないか?』
『覚悟を決めましょう! 貴方の想いを受け入れます。
貴方の隣で、生涯をかけて全てから護ります。』
そうして、お義兄様の手の甲に唇を寄せたのは、お義姉様だった。
観客席からは歓声と拍手の嵐だった。僕も思わず拍手してしまう。
「お義姉様、格好良いです。」
「シャランが喜んでくれて、良かった。」
ミカエル様が嬉しそうにしている。
僕としては、この物語はとても素敵だと思うけれど、普段のお義兄様を見ていると、何となくこうなるように上手くお義姉様を誘導したのではないかと思ってしまう。
恐らく間違っていないのだろうなと思う。僕の考えを読んだかの様にミカエル様は言った。
「ふふ、ちゃんと義姉上も理解した上で承諾したのだよ。今も幸せに暮らしているだろう?」
「はい。とても仲が良いですよね。」
ミカエル様が、隣に座る僕の手をギュッと握った。
「私達も幸せに暮らしていけるように、思った事は正直に伝え合っていこう。」
「────はい。」
僕も、ある覚悟を決めて、ミカエル様の手を強く握り返した。
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