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ルクスペイ帝国編(シャラン視点)
初めての「愛してる」
しおりを挟むフワッと意識が浮上する。
甘く爽やかな香りがする……花の香り?
「お願い……シャラン、目を覚まして。」
ミカエル様の切なげな声が胸を締め付ける。
なのに、僕はまだピクリとも動けない。
瞼すら上がらない。
身体中焼けるように熱かったのは、ほんの少しだけ治まった気がする。
あと少し待ってて、ミカエル様……。
「殿下、風邪による高熱の峠は越えました。あとはシャラン殿下の怪我による熱と薬の副作用による眠気のせいでしょう。お薬を忘れずに飲ませて下さいね。
……ミカエル殿下も食事とお休みになってください。シャラン殿下がお目覚めになった時に倒れておられたら悲しみますよ? それでは、私はこれで。」
パタンと扉の閉まる音がした。
さっきの声は……フランチェスコ様?
「さあシャラン、薬を飲もうね……早く良くなってくれ……頼む。」
そう言うと、身体を抱き起こされ唇に柔らかい感触がした後、舌ごと入ってきて口の中に苦味が広がる。
何とか飲み込むと頭を撫でられ、また一口、二口と飲み込むと、今度はスッキリとした果実水を与えられた。
「今日は上手に飲み込めたな。偉いぞ。」
そう言って額に口付けされる。
再び寝かされると、眠気が襲ってくる。
ああ、ミカエル様に、ありがとうと言いたいのに。
ベッドの傍で、パラ、パラと書類をめくる音を聴きながら、僕は眠りへと誘われた。
────甘く爽やかな香りに包まれながら。
『ねえ、シャラン。私を花に例えるとなんの花かな?』
僕は先日考えていた事を言い当てられたようで、ドキリとしたが、素直に答える事にした。
『他の人達なら華やかな花に例えると思いますが、僕にとってのミカエル様は……ヒマワリです。』
『そうか、ヒマワリか。嬉しいな。そう言えば太陽とも言ってくれたね。
実はね、私にとってシャランは月なんだよ。』
『月、ですか?』
『晩餐会の夜、月下にいたシャランも印象深かったけど、私がずっと独りで居ようと思っていたのは、以前話したよね?
孤独な日々……まあ、家族やエイデンはいるけど、一番大切な人は皆、他にいるから。
その点で何となくやはり寂しいと思っていたのか もしれない。
その暗闇をシャランは月明かりで照らしてくれた。
儚くて、でも心強い。控えめだけど見上げずにはいられない。』
『ミカエル様……。』
そう、ぼくは『ミカエル様の月』なんだ。
決して、『ユダのお月様』ではない。
帝国で反対されるかもと不安になった時、既に許可をとっていた事には驚いたけれど、一時の迷いでは無いと言われたようで、凄く嬉しかった。
『シャランの心が欲しかったから。』
ミカエル様は僕の事を心ごと大切にしてくれる。
『困難もあると思うが、二人で立ち向かえ!
二人の思いさえ揺るがなければ、未来は幸福なものだろう。』
僕が帝国に行くと宣言した時の、ファッチャモ兄様が言ってくれた言葉は、今も心の支えになっているよ。
『学校創設に関しては、帝国側の方から携わって行きます。僕はミカエル様の側にいたいのです。』
『シャラン、帝国に行っても私達は家族だから。
なにかあったら、遠慮なく連絡をしなさい。
ああ、せっかく蟠りが解けたばかりなのに、寂しいな。
────でも、おめでとう。幸せになりなさい。』
ああ、離れる事が決まってから、もっと家族と話していれば良かったと思ったのだった。
現在は手紙のやり取りはしているし、こちらでの生活を気にかけてくれているのも伝わって来ている。
僕の成人の儀では、かなり顔ぶれの変わった貴族達皆が、温かく理解して送り出してくれた。王国貴族の空気感もだいぶ良くなった様に思う。
プロスペロ王国の未来は明るいと思わせてくれたんだ。
外遊でミカエル様が王国を訪問してくれたのを切っ掛けに、こんなにも大きな変化が訪れた。
帝国に来てから、多忙なミカエル様とすれ違いになって、更にミカエル様の隣に立って胸を張れる様になりたいと願った。そのための勉強も、王国との架け橋になるための行動もした。
僕は、少しでもミカエル様に近づけましたか?
その答えは、ユダとの闘いの中で聞けたんだ。
『シャランは、可哀想なんかではない。月下では儚い様に見えたのは確かだ。
だが、国民を思いやり、より良い方向へと導こうとする。
己のやりたいことに向かい、努力が出来る強い心を持った立派な人だ。守る側の人間だ。
それと────、
シャランはお前の『月』ではない!』
僕を『守る側の人間』と言ってくれた。
ものすごく嬉しかった。
ああ、サピラとのやり取りもあったな。
『お前の国のせいで、私の家は大変なことになっているのよ?! 平民なんて、いくらでもいるじゃない!
ちょっとくらいなんだっていうの?!
ミカエル様だって、わたくしのものになる筈だったのに!
全部! 全部!! お前のせいよ!!』
あの時、全てを他人の所為にするサピラに怒りを覚えたんだ。
『ふざけるな! 国民は一人一人かけがえのない人達だ!
貴女のような自分の事しか考えられない人は、ミカエル様に相応しくない!
僕は、ミカエル様を愛している!』
『愛している』という言葉は、最初にミカエル様に伝えたかったんだよ。
────伝えたいな、ミカエル様に。
ふわりと甘く爽やかな香りがする。
───シャラン
呼ばれた気がして、うっすらと瞼を開ける。
「───っ! シャラン!」
「みか……え…る、さま?」
ケホッと、咳が出る。
「ちょっと待って、水を飲もう。ゆっくり起こすからね。」
「グッ!」
起き上がる時に、お腹に力が入ると痛みが走り、思わず唸ってしまう。
「シャラン?! 痛かった? ごめんね。」
ミカエル様の方が泣きそうな顔をしている。
果実水をゆっくり飲むと、ホッと安堵のため息が出た。
ふわりと、また香りがする。
「この香りは?」
「ああ、これだよ。」
そう言って見せてくれたのは、
花───ペンタスだった。
「願い事?」
「シャランが早く良くなるように、その希望が叶うようにね。」
「ふふ、花言葉ですね……僕は、どのくらい寝てましたか?」
「十日も目を覚まさなかった。熱も高くて……。」
ミカエル様が切なそうな顔をする。
「そんなに?」
よく見ると、僕のベッドの横には、見慣れないソファが置かれていた。
その前には、書類も置いてある。
「……もしかして、ずっと着いていてくれたのですか?」
「シャランを発見した時、本当に危険な状態だったんだ。
怪我も酷くて……フランチェスコ様も目の前で攫われたからね。とても心配していたよ。
頬の傷は、フランチェスコ様が跡も残らない様に治してくれた。
ただ、シャランがかなり消耗してたから、重篤な怪我と、負担にならない切り傷だけ治して、後は薬を飲ませていたんだ。」
「ミカエル様、ちゃんと休まれていましたか?
目の下に酷いクマが出来てます。それに少し窶れてますね……食事は食べていましたか?」
「眠れる訳ないだろう?! シャランが……もし……。
食事もなるべく食べるようにしていたが、喉を通らなくて……。」
ミカエル様は今回のことが、かなり堪えたみたいだ。震えた手で僕の頬に触れてくる。
「良かった……。本当に良かった。」
そっと手を重ねて、少し潤んでいるミカエル様の目を見て、僕はとても言いたかった一言を伝えた。
「愛しています。」
「シャラン……。」
ミカエル様がとても驚いている。
「囚われた時に伝えなきゃと思いました。
寝ている間、ずっと長い夢を見ていました。
ミカエル様に言いたいと強く思っていたら、目が覚めました。
……やっと言えた。」
ミカエルがとても嬉しそうに涙を浮かべて応えてくれた。
「私もシャランを愛しているよ。」
と。
ペンタスの甘く爽やかな香りが、二人を包んでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
花言葉
ペンタス→希望が叶う、願い事
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