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ルクスペイ帝国編(シャラン視点)
夢の中で~想われる喜び
しおりを挟む『初めまして。ルクスペイ帝国 第二皇子のミカエルだ。よろしくね。』
『プロスペロ王国 第三王子のシャランです。お会い出来て光栄です、殿下。』
……ああ、これは夢だ。
僕は、ぼんやりとそれを理解する。
『今夜の服装、君にとても似合っているよ。特にそのタイピンが良い。銀髪の色に合わせた花と、その中央に飾られている宝石は瞳の色と一緒だね。』
ミカエル様と初めて会った時の会話。些細なことでも、僕にとっては大切な思い出。
僕に本当の笑顔で話しかけてくれた、眩しくて優しい人。
『勿論。待っているよ。それでは、おやすみ。シャラン……良い夢を。』
『おやすみなさい、ミカエル様。良い夢を。』
月の下で、本当はもっとお話していたかった。
翌日、庭園を案内している時、モクレンおばあ様との思い出を不意に思い出して切なくなり、自分の役割を忘れていた瞬間があった。
本来なら大失態だ……でも、ミカエル様は違った。
『──あっ! 申し訳ございません。ぼうっとしてしまいました。』
『いや、たくさんの大切な思い出があるのだろう?
こちらこそ、急に触れてすまなかった───何と声をかけたら良いのかわからなかった。』
『ミカエル様は優しいですね。』
『優しいなんて初めて言われたよ。ありがとう、シャラン。』
『えっ? そうなんですか? ずっと優しいですよ?』
今ならわかる。ミカエル様は、最初から僕には特別に優しかった。
帝国の話を教えてくれた時もそうだ。
『いつか、行ってみたいなあ。』
『シャランなら、喜んで案内するよ。』
あの時は、帝国に永住するなんて……ミカエル様の婚約者になれるなんて、思いもしなかった。
あの頃の淡い想いは、今、こんなに強くしっかりと心の真ん中に根を張っている。
『魔法に関しては遅れているが、識字率は高いし計算能力もある。礼儀作法と剣術もとくれば、国の登用試験を受ける者達が多いのも頷ける。
学校の創設に関しても、雛型だけでも急ごうと思ったが、既に孤児院が全寮制の学校並の形態をしている。
───シャランのおばあ様は凄いな。』
おばあ様の生涯をかけた努力を、心から賞賛してくれた。涙が出るほど嬉しかった。
淡い想いが、しっかりとした重みを持ったのを自覚したのは、この時かもしれない。
『さっき、シャランは子供達とこうしていた……私はシャランと手を繋いだ事が無かったのに。』
初めて手を繋いだ時の、いつもは格好良いミカエル様が、少し拗ねて子供っぽい姿を見せてくれたのが、可愛いと思ってしまった。
ミカエル様に連れて行って貰ったのは、綺麗な泉と一面のシロツメクサ。
一生忘れない……忘れられない僕の大切な思い出。
一言一句覚えている。
『シャラン、聞いて欲しい事があるんだ。』
そんな言葉で始まった、ミカエル様の告白。
『一生独りで構わないと本気で思っていたんだ───シャラン、君に逢うまでは。』
ああ、僕はこの人に本気で求められている。
そう感じた瞬間だったんだ。
『私は本気でシャランだけに心が揺れ動くんだよ。
───君だけなんだ。信じてくれる? 私の言葉。』
ここまで言われて、信じられない訳はないよ、ミカエル様。
『信じます。』
僕は、これ以外の答えは持っていなかった。
『なら、いちばん大事なことを言わせて。』
『大好きだよ。シャラン。一緒に帝国に来て下さい。
シャランの真っ直ぐな心と、愛らしい笑顔を生涯かけて守らせて。
政略なんかじゃなくて、シャラン個人に、ミカエルという一人の男の事を選んで欲しいんだ。
帝国に来ても、必ず幸せするって約束する。』
夕日に染まり出した空で誤魔化されて欲しいと願う程、頬が熱くなるのがわかった。
ミカエル様の『大好きだよ』が胸に刺さって言葉にならない。
この時の僕は、ただミカエル様の想いの大きさに圧倒された。
『守らせて』の言葉に喜びを覚えた。
全力で口説くと言われて、僕の生まれたての恋心が音を上げた。
僕自身、どうしたいのか見つめ直す時間を貰って、覚悟が決まったら、夏椿とともにミカエル様に告げようと思った。
────今ならわかる。
この時点で、無意識に覚悟が決まっていたのだと。
僕は、あの日を一生の思い出にする為に、シロツメクサを一輪だけ持って帰って栞にした。
シロツメクサの花言葉通り、《幸運》にも、ミカエル様から、自分を選んで欲しい《私を思って》と、帝国に来て欲しい《私のものになって》と、必ず幸せにすると《約束》してくれた。
その日は一日、離れ難かったのを覚えている。
恥ずかしいけれど、ずっと魔力が舞い散るのを抑えられなかった。
初めてミカエル様の剣の鍛錬を見た時の、高揚感も忘れられない。美しく舞うような剣技を僕は初めて見た。一瞬も目が離せなくて、ミカエル様をジッと見つめていた。
『───良かったら、一緒に鍛錬するかい?』
ミカエル様が誘ってくれた鍛錬のお陰で、自分の護りの練度がわかって自信がついた事は、その後の僕の目標に繋がったと思っている。
『王都に学校を造り、タウンハウスから通うのも良いが、都市に学校の関連する施設を纏めるのも良いと思う。帝国では、学園都市と呼んでいるよ。』
この言葉に、高魔力持ちに抵抗のない侯爵との会話を思い出したのだ。
『そう言えば、魔力に理解のある侯爵家の方とお話する機会があったのですが、特産品に恵まれなくて悩んでいらっしゃいました。
王都からも程近く、立地は良いので、お話してみるのも良いかもしれませんね。』
『ならば、ちょうど良いね! 陛下達にも相談してみよう。勿論シャランも一緒に提案するんだよ。』
『私の案だと言って、通してもらえるのでしょうか?
ミカエル様からの提案の方が良いのでは……。』
この頃の僕は、家族に距離を置かれていると思い、自信が全く無かった。そんな僕の背中を押してくれたのは、やっぱりミカエル様だ。
『侯爵家の件など、私からでは出ない案だよ?
シャランが思いついたんだ。自信を持って!』
今なら、お互いの遠慮からくるものだったとわかる。ミカエル様が、僕たち家族を取り持ってくれたから。
第二王子であるファッチャモ兄様が、先走った話をした時には本当に焦ったな。異様に勘の良い兄様だ、僕の気持ちに気付いたのだと思う。
『────お前になら、シャランを安心して送り出せそうだ。』
『必ず幸せにする。』
アントニオ兄様の助け舟も恥ずかしかったな。
『ほらほら、二人とも。シャランは奥手だから、まだ。ね?』
『む、そうだったのか。』
ファッチャモ兄様に頭をポンポンされて、どうして良いのか戸惑ってしまった。
────そして、ファッチャモ兄様とミカエル様の模擬戦で、僕は新しい目標が出来た。
泣いてミカエル様の後ろに隠れているだけなんて嫌だと思った。執務だけではなく、僕もミカエル様を守れる様になりたいと強く思った。
『僕は、ちゃんと守れるのかな……。』
『シャラン、先程のは距離が遠すぎた。今回のシャランの役目は近くにいて守るものだ。防護壁は皆認めてくれているだろう?
私の好きになったシャランなら、きっとやり遂げるよ。』
ミカエル様の言葉が僕を導いてくれる、太陽みたいな人。
もう、迷わない。この人と共に歩みたい。
置いていかれないように努力しよう。そう思った。
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