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ルクスペイ帝国編(シャラン視点)

シャランとサピラ公爵令嬢

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 ※嘔吐・流血暴力表現あり


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



    ドスッ!

「いい加減起きなさいよ!!」

「───ゴホッ!」

 重い蹴りを腹部に喰らい、僕は息が詰まった。咳き込む毎に、酷い頭痛と胃が不快感を訴える。目も開けられない状態の僕に、追い打ちをかけるような、キンキンと頭に響く声で吠えられる。

「お前のような田舎者が、何故ミカエル様の婚約者なの?!」

 髪を鷲掴みにすると、女性なのに、どこにそんな力があるのかという勢いで僕を無理矢理起こすと、膝立ちにさせられる。

「痛っ!」

 ブチブチと髪の毛が引き抜かれる痛みも加わり、僕は、このまま気を失えたらどんなに楽だろう、と弱気になってしまう。

「お前の国のせいで、私の家は大変なことになっているのよ?! 
 平民なんて、いくらでもいるじゃない!  ちょっとくらいなんだっていうの?!
 ミカエル様だって、わたくしのものになる筈だったのに!
 全部! 全部!! お前のせいよ!!」

 バシッ!!

「グッ!」

 左頬を鉄扇で思いっ切り引っ叩かれる。

 口の中が切れたようでじわじわと鉄の味がしてきた。ヒリヒリと痛む左頬にも、生温かいものが流れている感覚がある。
 それよりも、全てを他人の所為にするサピラに怒りを覚えた。

「ふざけるな! 国民は一人一人かけがえのない人達だ!  貴女のような自分の事しか考えられない人は、ミカエル様に相応しくない! 
 僕は、ミカエル様を愛している!」

 咄嗟に出た『愛している』という言葉。最初にミカエル様に伝えたかった。

「な、なんですって────?!」

 怒りで悪魔のような顔になり、グレーの瞳は瞳孔が開いて、僕を射殺さんばかりに睨みつけてくる。

「こんなヤツが! 男のくせに! ミカエル様の婚約者なんて!」

 バシッ! バシッ! バシッ!

 意識が飛びそうになると来る衝撃で、脳が揺さぶられる。

「うぐっ」

 我慢出来ずに吐き戻すが、昨日から何も口にしていない僕は、胃液しか出てこない。  喉も傷付いている口内も焼けるように痛い。

「いやっ! 汚いわね!」

 慌てて手を離されると、僕は床に崩れ落ちた。
    ゴホッ! ゴホッ! と咳き込んで止まらず、酷い耳鳴りがする。更に、背中を蹴りつけられていると、ユダが止めに入った。

「お嬢さまー、やりすぎー。」

「煩い! あの荒くれ者共が遅いのが悪いのよ!   今頃、こんな顔だけの田舎者、慰みものにされてるはずなのに! なんて約立たずなの!  何やってるのかしら?!    ユダ、わたくしと一緒に来なさい! セグレトは見張ってて!」

 フーッ!  フーッ!  と、荒い息を吐きながら、二人に命令する。目にすら煩い真っ赤なリボンだらけのサピラが、ドスドスと出ていく音を聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。香水の残り香が胃のむかつきに辛い。
 慌てて近寄ってくるセグレトを見上げる余力もない程、僕はぐったりしていた。

「大丈夫ですか?! シャラン殿下、まずは水を。あぁ、せめて怪我の手当が出来れば良いのですが。
 ……助けられず、申し訳ありません。」

 震える声で謝罪するセグレトが、ゆっくり抱き起こし、水を飲ませてくれる。

 口の中は少しはマシになったが、身体の痛みと酷い目眩に目も開けられず、ようやくできたのは御礼だけ。

「あり、がと……」

「破落戸どもが来たら、この命に変えてもお守りします───必ず、助けはきますから。」

「うん……、でも、命は、大切にして、ね。ごめん。少し寝させて。」

「はい……少しでも、身体を休めて下さい。」

 そっと横にして貰うと、無意識に身体を守るように丸めて眠る。

 ───ミカエル様。

 窓の外は、暗く雲が立ち込めていた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ────?


 で────?


「ん……。」

 呼ばれた気がしてゆっくりと目を開ける。

「殿下。お休みのところすみません。迎えが来たようですよ。」

「ミカエル様が? ────ぐっ?!」

「ああ! ご無理はしないで下さい。ゆっくり起き上がりましょう、さあ。」

 セグレトが慎重に身体を起こすのを手伝ってくれた。
    先程よりはマシ……という程度に回復したが、相変わらず頭痛と目眩が酷く、身体中に痛みが走る。何とか吐き気だけは治まってきたみたいだ。

「外で騒いでいるね。これ外せる?」

 そう言って手を持ち上げる。

「この手枷の鍵は、ユダが持っています。
 お役に立てず申し訳ございません。」

 セグレトの大型犬がションボリしているような姿ばかりみているな。僕はそう思った。

「無理矢理外すのも無理だよね。」

 僕が悩んでいると、セグレトが難しい顔をしながら答えた。

「嵌められている魔石の容量以上の負荷をかけると壊れるらしいですが、殿下の魔力が強いのはユダも知っていたらしく、特別製らしいです。


 普通の手枷ならば、殿下なら壊せたかも知れませんが、この魔石がどれ程の容量なのか……。」

「……そうなんだ。セグレト、僕を外に連れて行ってくれる? あ、ちょっと待って。お願い出来る?」

 念の為、イヤーカフを外して、失くさないように僕のジャケットの内ポケットに入れて貰う。

「はい。これで大丈夫です。……歩けますか?」

「うう、あの薬まだ効いてる。」

「ユダの奴、毒に慣れすぎて感覚がおかしいのですよ。殺さないの難しい、と言ってましたからね。」

「……僕、生きてて良かったよ。セグレトは寡黙な人だと思ったけれど、意外と話してくれるよね。
    ふふっ───痛っ!」

 サピラにやられた身体の痛みに、思わずよろける。

「殿下! ……ゆっくり歩きましょう。私はアイツらと話すのが嫌なだけですよ。至って普通の人間です。」

 そっと手を引き、よろけたら助けられる様に付き添って貰いながら、外に向かう。
 キンキンと甲高い声が外で響いている。
 ふと、窓の外を見ると、この屋敷は湖の畔にあることに気付いた。今までまともに外も見れなかった。

「この屋敷は湖の近くにあるんだね。」

「ここは出入口に橋が掛かっていて断崖絶壁です。

 決して隅に寄らないで下さい。
 その橋すら手すりが低いのです。特に今の殿下は、危ないので注意してください。」

 確かに今の僕なら、よろめいて落ちてしまいそうだ。

「うん、気を付けるよ。」

「さあ、出口です。ああ、橋の向こうにいますね。」

 厚い雲のかかった中で、僕の『太陽』をみつけた。

「ミカエル様。」

 そう呟いた瞬間、確かにミカエル様と目が合った。

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