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ルクスペイ帝国編(シャラン視点)
不穏な影
しおりを挟む到着した事故現場は大混乱だった。まだ騎士団も到着しておらず、助けようとする男性。ひたすら騒ぎ立てる女性。横転した荷馬車に挟まれている被害者の呻き声。子を助けようと細腕で荷馬車を動かそうとする母親。
「イノックス、被害者を助けよう。だれか! 荷馬車を起こす手助けをしてくれる人はいませんか?
……待っててね。今から助けるから。
イノックス! 合図を頼む。」
力自慢の近所の者と護衛達で声を合わせて、横倒しになっていた荷馬車を起こした。
後から合流したフランチェスコ様が、一緒に活動している薬師と共に到着し、怪我人を手早く手当をしていく。
「殿下! 馬の様子がおかしいです! 動転していると言うより、苦しんでいるようで……。」
護衛の一人が馬を何とかなだめようとしても、泡を吹いてもがいているらしい。
────何かがおかしい。
そう思った矢先だった。
「っ!! シャラン様──っ!!」
イノックスの叫び声と同時に、背後にゾワリと悪寒が走る。背後からぬるりと口を塞がれ、抱き込まれるように後方に引っ張られた。
───闇に飲み込まれる。
そう、感じた次の瞬間、喧騒が少し離れた場所に居た。
「……え?」
「やっぱり、他人を連れて移動するのは、魔力使うなあ。 あ、騒がないでね。はい、ガッシャーン! コレで魔法は使えないよ。」
背後から、場にそぐわない軽い口調で話しかけられる。迂闊にも、犯罪者に使われる魔力封じの手錠までかけられた。
「あなたは……ユダ?」
「あ! 俺の名前知っていてくれてるの? 嬉しいなあ。そうだよ、俺はユダ。よろしくね、シャラン様。」
黒髪紫眼のユダは、この場にそぐわない軽い口調でニコニコしている。得体の知れない恐怖に声が震えないように、ひとつの確信を持って尋ねる。
「────あなたは、『闇属性』だね? 先程の瞬間移動、本で読んではいたけど驚いたよ。」
ユダは嬉しそうに、答えた。
「あったりー! 凄いね、あの魔法一つで言い当てるなんて! ああ、もっと話していたいけど、そろそろ行かないと。ちょっと眠っててね。おやすみ、シャラン様。」
ユダはそう言って、抵抗する間もなくハンカチで僕の口を覆うと、意識が遠のいていった───。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
────────?!
──────!!
遠くで、甲高い女の声がする。
「うう……。」
酷い頭痛に思わず唸り声をあげる。
「殿下、お目覚めですか? 痛むところはございませんか?」
嗅がされた薬のせいか、視界が定まらない。酔ったような感覚に再び目を閉じてやり過ごす。
「……そのままで聞いてください。私はセグレト。
隙を見て先程ミカエル殿下に居場所を伝えました。
シャラン殿下がここへ来て半日経っています。必ず助けがやってきます。どうか、それまで耐えてください。
……私では、ユダに敵わない。それに最近は怪しまれていて、下手に動けなくなっていました。申し訳ないです。」
セグレトは、僕に頭を下げたまま辛そうに現状を伝えてくれた。
「……頭を上げて。話はミカエル様から聞いているから。大変だったね。大丈夫。ミカエル様を信じているから。」
セグレトは一瞬泣きそうな表情をしたが、気を取り直すと、優しい口調で教えてくれた。
「まだ、気を失ったフリをしていた方が良いでしょう。あの女の機嫌が悪い。」
「うん、わかったよ。薬がまだ効いているみたいで辛いから、大人しくしているね。」
「そうだ、のどは乾いていませんか? 今のうちに水だけでも口にしておきますか?」
「うん、ありがとう。」
ゆっくり起こされ、少しずつ飲み込む。あまり飲むと戻してしまいそうだったので、湿らす程度にしておく。再び横になり、頭痛と吐き気をやり過ごす。
相変わらず、扉の向こうから、ユダに向かって癇癪を起こしている声がする。
正直、頭に響いてやめて欲しい。
月明かりで室内が見えているから、いまは夜か。目を瞑って、ゆっくり呼吸をする。ああ、ミカエル様が心配しているな。必ず時間には帰るって約束したのに。
ウトウトとしかけたところで、バタン! と大きな音で扉が開かれた。思わずビクリと身体を震わせてしまう。
「あ! 目が覚めてたんだ。良かったぁ、薬が強過ぎたかと思ったよ。安心して? あのクソ女は眠ったよ。
はぁ、今日は流石に疲れたよ。他人を連れてこんなに転移したのは初めて。俺、魔力量はそこそこだから大抵は何とかなるけどね。」
「ここは何処? 僕を捕まえてどうするの?」
「ここは公爵領のどこか。うーん、シャラン様は魔力強いからなあ。うっかり教えて、場所がバレるのは避けたいよね。捕まえたのは、あの女の命令だよ。
ミカエル殿下を盗られたって、怒っててさぁ。いや、一度もアンタのモノになった事ないよ?
……って言いたいよね! アハハ! で、八つ当たりで、破落戸の慰みものにしてやるってさぁ。
────させるわけないじゃん?」
軽い口調から、急に強い怒りを込めたユダの声に、僕はビクリと怯えてしまった。
「ああ、怖いよね? 慰みものなんかさせないよ。俺が連れて逃げてあげる。俺のお月様?」
「……お月様?」
「そう。シャラン様は俺の真っ暗な世界を照らしてくれる。」
月は、僕とミカエル様の大切な思い出。
────会いたい、ミカエル様。
月は太陽が無いと輝けないんだよ。
青空に輝く太陽のような人。
「僕は、あなたの『月』じゃない。」
僕は、定まらない視界の中、睨むようにハッキリと言い放った。
すると、途端に不機嫌になったユダは、薬品を取り出しハンカチに染み込ませる。
「そんな酷いこと言うシャラン様は嫌いだな。
もうちょっと大人しくしてなよ。」
「おい!」
慌てるセグレトの声と同時に、薬を嗅がされる。
僕は再び意識を失った。
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