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ルクスペイ帝国編(シャラン視点)
今の僕に出来る事
しおりを挟む「とうとう、公爵家を罪に問える事が出来るよ。」
珍しく日中に僕の部屋にやって来たミカエル様は、笑顔でそう言った。
「公爵家の中に、味方を作れたことが大きかった。
王国で得た情報を元に、探りを入れてようやく見つけたんだ。公爵自身は黙秘を貫いているが、嫡男が迂闊な男でね、上手く誘導すると話してくれるんだよ。
そろそろ覚えていくようにと、公爵が嫡男に秘密を伝えてくれていて助かった。」
うん、何となくどうやって聞いたのかを知ってはいけない気がする。
「王国で捕まえた大商会との繋がりもわかったのですね。」
「ああ。しっかりと公爵自身の魔力入りのインクを使った公爵のサインがあったよ。大商会の方にも監査が入って、同じ物を見つけた。あちらはどんどんボロが出てきていてね、他国とも連携して捜査することになった。」
「今まで連れ去られた子達は、どうなっているのでしょうか……。」
ミカエル様は難しい顔をした。
「比較的最近連れ去られた子は、見つかったんだ。
公爵家の地下牢にいた子や、公爵家の護衛にするために置かれていた子達も居た。帰れると知って泣き出した子もいたらしいよ。ただ、大商会に連れていかれた子は、かなり前に他国に売られた子もいるんだ。全力は尽くすけど……。」
「───そうですか。」
主人になった者の扱いによっては既に……。全ては救えないのか、王子なんて言っても僕に出来る事など、たかが知れている。
「帝国内なら、既に名前のあった貴族や裕福な商人に令状をとり、騎士団が動き出している。攫われた子達が手に掛けられないように、自ら出て来た者には罪を軽くするともお触れを出したよ。……軽くなると言っても鉱山送りは逃れられないけどね。」
ミカエル様の声は平坦だ。
「僕たちに出来ることは、救い出した子達の心と身体の癒せる場所を作ること。何より元の暮らしに戻してあげる事くらいですよね。歯がゆいです。」
僕が沈んでいるのを、ミカエル様が肩を抱いて慰めてくれる。
「シャラン、もう一つ言わなければならない事があるんだ。」
真剣な声に、顔を上げてミカエル様を見つめる。
「サピラ公爵令嬢が屋敷に居なかった。公爵達に聞いても知らないようでね。護衛二人も一緒に行動しているみたいだ。気を付けて欲しい。」
「わかりました。」
「実は、手引きしてくれた人物がその護衛の一人で、セグレトと言って茶髪に焦げ茶色の瞳をした寡黙な男だ。家族を盾にされて、サピラ嬢の護衛にされたらしい。有能な騎士団員だったのに、皆不思議がっていたそうだ。」
そう言われて、サピラ嬢に会った時を思い出す。
「ああ、覚えています。一言も話さず、こちらに一礼して去って行った人です。」
もう一人、黒髪紫眼の軽薄そうな男が居たのも思い出した。
「もう片方の黒髪紫眼の護衛はユダと言う。公爵の庶子で、令嬢の腹違いの兄だ。」
「────え? でも『お嬢様』と、サピラ嬢の事を呼んでいました。」
「公爵家は複雑なんだ。三兄妹は全て母親が別で、現在の公爵夫人は後妻だよ。とても気位が高く、サピラ嬢と夫人の性格が一緒だと母上がウンザリしていた。
───本当に漸く排除出来る。」
険しい顔をしたミカエル様。僕が肩にコテンと頭を乗せると、旋毛に口付けをして寄り添うようにミカエル様も僕に身体を預けた。
僕たちは、しばらくお互いを癒すように寄り添っていた。
「本当に行くの? 護衛を増やしているとはいえ、不安だな。」
ミカエル様がウルウル攻撃で、僕の今日の外出を阻止しようとする。
「でも、お忙しい中せっかく時間を割いて頂いたのです。今後のためにも、どうしても学びたいのです。
ミカエル様、無茶はしないと約束します。時間通りに帰りますから。」
今日は、聖魔法という稀有な属性を持つ方との面会を許された。僕の光も珍しいが、聖と闇は本当に全世界でも数える程だ。普段はどの医者も匙を投げた患者を看る為に帝国中をまわっているらしい。
今回、帝都にひと月ほど滞在するとの事で、患者が殺到している状態だ。その中でも、重篤な患者を優先的に看ていて、病だけではなく、その心まで癒しているという。
魔法なのか、その人柄なのか分からない。
だが、今後救出されるであろう傷付いた子達の心を癒したいと思うシャランは、どうしても話してみたいと手紙を送ったのだ。返事は直ぐに届いた。
是非、僕と話してみたいと思ってくださったようだった。
「……わかった。シャラン、絶対一人にならないで。」
「はい! ミカエル様、心配してくれてありがとうございます。」
僕はにっこり笑った。
「本日は、とても有意義な時間をありがとうございました。フランチェスコ様」
「こちらこそ、シャラン殿下のような美しい心根の方が王族にいらっしゃるのは、心強い限りです。」
フランチェスコ様は、三十代後半の働き盛りの方だった。……実は、おじいちゃん先生だと思っていただなんて言えない。
「僕だけではありません。王族の皆様は民のことを本当に大切にしています。その、ほんの一助となれればと、今の僕に出来る事をしているだけです。それに、僕でも心に寄り添う事が出来ると知れて良かった。聖魔法だけでしたら、無理でしたから。」
フランチェスコ様は嬉しそうに頷く。
「心の傷の根源を取り除き、心を休ませてあげるのです。いくら聖魔法で治しても、そうなった原因を取り除かなければ同じ事の繰り返しです。今回は、その原因を取り除いた後の話ですから。
心の傷は治りにくい。傷付いた本人が安心できるようになってからは、医者と患者の周囲が焦らせないようにそばで見守り、時に手を差し伸べてあげられる環境ですね。
シャラン殿下は、既に理解しておられます。殿下にしか出来ない事をして差し上げれば良いのです。
帝国はほんの一部を除き、住み良い国です。今回は、その影の部分まで救いあげようとしてくださっておられる。
帝国民として、これ程良い治世の中で生きていける幸せを噛み締めておりますよ。
ああ、忘れてました。光属性の専門の本があるのです。よろしかったら差し上げようと思っていました。」
「よろしいのですか? とても助かります。」
「少しお待ち下さい。すぐに戻って来ます。」
そう言って、フランチェスコ様は奥へと戻って行った。
「僕が癒されちゃった。心の病には聖魔法の必要な病と、そうではないものがあるのか。
僕にしか出来ないこと……。
焦りすぎて、僕はお医者様の領分にまで入ろうとしてしまったんだ。」
「シャラン殿下はお優しいですから。」
イノックスが落ち込みかけていた僕を慰めてくれる。
その時、
────ガシャーン!!
大きな音と衝撃とともに悲鳴や怒号が聞こえてくる。
「なんだ?!」
護衛達に緊張が走る。一人の若い女性が、こちらに向かって来ながら叫ぶ。
「荷馬車が横転して下敷きになった人が何人もいるの! 助けて!!」
「イノックス! みんな、行くよ! 一人はフランチェスコ様へ連絡を!」
僕はそう指示を出すと、急いで事故現場へ走り出した。
────この後、一体何が起きるのか、この時の僕は全く気付けなかった。
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