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ルクスペイ帝国編(シャラン視点)
帝国での社交界デビュー
しおりを挟むお義父様がお義母様をエスコートして先頭で入場する。お義兄様はお義姉様の身体を気遣うようにエスコートして行った。
「シャラン、いくよ?」
「はい。ミカエル様。」
僕達が入場すると、ざわめきが一段と大きくなった。一瞬、昔の僕が顔をのぞかせる。途端にキュッと、手を握られる。顔をあげるとミカエル様の微笑みがそこにあった。
────そうだ、もう独りじゃない。
僕が、にこりと微笑み返すと、途端に周囲の人々が、ホゥ…と、ため息を漏らした。王族所定の位置にそれぞれ着くと、グラスが配られる。 懐妊中のお義姉様にはソフトドリンクだ。グラスを全員に配り終わると、お義父様が皆に話し始めた。
「本日は、良い知らせが二つある。一つは、皇太子妃が第三子を懐妊中だ。」
わっ! と皆から歓声が上がる。お義姉様は、お義兄様に腰を抱かれながら皆に微笑んだ。
しばらくすると、お義父様が手を挙げ、静まるように合図をする。
「二つ目は、既に皆の耳にも入っていることだろう。第二皇子のミカエルが、外遊先で最愛の人を見つけて来た。幸運なことに第二皇子と想いと同じくして、このたび帝国へと来てくれた。
プロスペロ王国の第三王子のシャラン殿下だ。」
僕は一歩前に出て、なるべく優雅に見える様にと改めて特訓し直した、ボウ・アンド・スクレープをした。
ふわりと笑顔を皆に向ける。会場から感嘆の溜息と令嬢の抑えきれなかった歓声が漏れる。元の位置へと戻ると、ミカエル様がにこりと笑って頷いてくれた。僕もそれに笑顔で返し、預かって貰っていたグラスを受け取る。
「既に婚約は成立し、一年後に婚姻の予定だ。」
皆から祝福の声と歓声を貰い、ミカエル様と一緒に笑顔で大広間にいる人々に応える。歓声が更に大きくなると、お義父様は大きく頷いて、グラスを掲げた。
僕達もそれに倣う。
「ルクスペイ帝国の輝かしい未来に。乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
グラスに口をつけると、管弦楽の演奏が始まった。
僕とミカエル様のファーストダンスだ。
ミカエル様のエスコートで、ホールの中央に移動する。
歩くたびに皆が避けて、道を作ってくれる。
「シャラン、いくよ。」
「はい!」
曲に乗って踊り出す。
練習の時から思っていたけど、ミカエル様との息はピッタリだ。剣術の鍛錬の時の呼吸が活かされているのかもしれない。周囲の人々の声も気にならない程、僕達は見つめ合ったまま踊る。
────ミカエル様と、ずっと踊っていたい。
でも、もうすぐ曲が終わる。するとミカエル様が笑みを深くして言った。
「ねえ、シャラン? 一曲では足りないと思わない?」
「ふふ。良いですよ。次も踊りますか?」
気持ちは一緒だった、嬉しい。一曲目が終わると、一度離れ礼をする。拍手が沸き起こると、お義父様達もやって来た。
お義姉様に付き添ってお義兄様は見守っている。
二曲目が流れ始める。ミカエル様と踊りながら、お義父様とお義母様を見ると、優雅なダンスに流石としか言えない。
「ほら、あそこにエイデンとミラ嬢がいるよ。」
ミカエル様に言われてチラリと見ると、満足気な表情でこちらを見るエイデンと、キラキラと目を輝かせて見ているミラ嬢が寄り添っていた。
「お似合いですね。あの二人。」
「私達も負けてないだろう?」
ミカエル様が耳元でわざと囁く。自分の耳が赤くなるのがわかって、潤んだ目でミカエル様を睨む。
「ふふ。怒った顔も可愛いね。」
悪戯っ子の顔でそんなことを言うミカエル様に、僕は思わず笑ってしまった。そんなことをしている間に、二曲目も終わってしまった。
「ねえ、シャラン……。」
「フフ。踊りたりないですね。ミカエル様。」
「婚約者なのだから、三曲踊っても構わないだろう。」
鍛錬のお陰で、息は少しあがっているが体力はある。お義父様達は、こちらにウインクを残して、王族の席に戻って行った。
「殿下方、体力有り余ってますね。」
「エイデン、ミラ嬢二人も婚約者なのだから、踊れば良い。」
「ミラが踊りたければ踊るけど。」
「わ、私は流石に三回も踊れないわよ。……二回は踊りたいけど。」
「なら、そうしよう。」
高位貴族が中央に出てくる。音楽が始まると踊り始める。リードして貰う感覚は、最初の頃は面映ゆかったが、今、ミカエル様に身を任せ踊るのは、うっとりとしてしまう。令嬢達が憧れるのも、わかった気がする。
「ん? どうした? そんな可愛い顔で見られると、口付けしてしまうぞ。」
そっと、耳元で囁かれる。そんな顔をしてたのかと、恥ずかしくなったが僕は、素直に答えることにした。
「ミカエル様にリードして貰って踊るのは、ご令嬢方は嬉しかったのだろうな、と。」
ミカエル様は片眉を上げて意外なことを言った。
「エスコートしなければならなかった人間以外とは、誰とも踊らなかったぞ。役目を果たしたら、さっさと王族の席に戻っていたからな。大体は外交の関係者だった。」
「そうだったのですか? てっきり、引く手数多かと……。特に、公爵令嬢では断りづらかったのでは、と。」
「なんだ、嫉妬してくれたのかな?囲まれた時は、不機嫌なオーラが出ていたらしく、皆早々に退散して言ったぞ。私が義務以外で踊ったのは、シャランだけだ。」
「し、嫉妬では......え、嫉妬したのかな? 僕。」
確かに、ご令嬢と踊るのを想像した時、モヤモヤした気持ちがあった。
「ふふ。可愛いな。ああ、あの公爵のところの女は、謹慎中にも関わらずやって来て、公爵もろとも部屋に隔離したから、この後の挨拶にも出て来ないよ。安心して。」
僕は、あの存在感のある令嬢が居ないことに、今更ながら気付いた。
「そうだったのですか……。そう言えば、スズラン嬢も見当たらないです。」
「スズラン嬢は、あの女と遭遇してしまってね。ドレスを汚されてしまったのだ。今、着替えたら戻ってくるよ。」
「そんなことまでされたのですか? 外交問題にならなければ良いのですが……。」
「外遊中にヤマティ皇国に滞在していた時に『歩く災害は屠殺しろ』と、シャクナゲ殿下には言われてしまったよ。あちらの問題も片付いたようだし、もしかしたら、直接迎えに来るかもな。
皇国内でちょっとあってな、留学という名目でスズラン嬢を預かっていた帝国としては申し訳ないとしか言えないな。」
そうか、スズラン嬢は皇国に帰るかもしれないのか。
「せっかく仲良くなったのに、寂しいです。」
「こちらのゴタゴタももうすぐ片付く。新婚旅行は皇国にしよう。」
「ふふ、はい。」
三曲目が終わった。チラリと見ると、エイデン達はもう一曲踊るようだ。ミカエル様と僕は、王族の席に戻って、喉を潤した。
「二人共、仲睦まじくて周囲が見惚れてたわよ。二人の世界ね!」
お義母様が嬉しそうにしていた。
「本当にお似合いだったわ。私はお腹の子の為に、そろそろ先に下がるわ。シャラン達の姿を見たくてゆっくりしてしまったの。」
「アレッシア、私が送ろう……」
「ガヴィは、ちゃんと私の代わりにシャラン達の事を守ってね。心配しなくても大丈夫よ。
誰かさんのお陰で、私には護衛がわんさかついてるのよ?」
「……わかったよ。腕力はミカエルの方が強いから、口撃は任せて。」
そう言うと、お義姉様は部屋へと帰って行った。
「さて、挨拶の時間にするか。」
お義父様が合図を送ると、最初に来たのはスズラン嬢だった。
以前も見たが、見事なカーテシーで挨拶する。
スズラン嬢が順番に挨拶すると、僕とミカエル様の番になった。
「お二人とも、素敵なダンスでしたわ。柔らかな表情で、仲睦まじく話しているのを見て、皆さんミカエル殿下の変わり様に驚いておられました。」
「そうか。シャランへの虫除けにもなって良かった。」
ミカエル様が、外面仕様になっている。
「パーティーの最初に災難でしたね。怪我は無かったですか?」
僕は心配で聞いてみる。
「シャラン殿下、大丈夫でしたよ。被害はドレスだけです。
実はシャクナゲ様が、二着送ってきてどちらを着るか悩んでいたのよ。でもこれで両方着れましたって、ご報告出来るわ。」
そう言って悪戯っぽく笑ってみせると、別れの挨拶をして、僕達は、次の貴族の応対をする。何とか必要な人達と顔合わせができた。
概ね、好印象を持って貰えたようで、和やかに会話出来たのは僥倖だと思う。
ミカエル様が、僕の状態を見て庭園へと休憩がてら連れ出してくれた。
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