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プロスペロ王国編(ミカエル視点)

シャランと夏椿

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 そこから更に移動すると、今度は樹木を多く見られる様になった。

「既に花の時期が過ぎてしまいましたが、向こうに見えるのはモクレンの並木道です。
 おばあ様の名前と同じモクレンを植えたのは、先代の国王であるお祖父様で、生前はお二人でよく散歩していたんですよ。
 その奥に、亡きおばあ様の離宮があるんです。通い慣れた道でしたが、今は花が咲く頃しか行かなくなりましたね。」

「……そうか。」

 並木道の向こう側、離宮の方角を見て、何かを思い出しているシャランに、私は何と声をかけて良いか判らなかった。人に興味の無かった私は、社交上での言葉なら いくらでも出てくるが、心を寄せる相手に気の効いた言葉ひとつ掛けられない。
 思わず、隣に佇むシャランの背にそっと触れた。

「──あっ! 申し訳ございません。ぼうっとしてしまいました。」

「いや、たくさんの大切な思い出があるのだろう?
 こちらこそ、急に触れてすまなかった。
 ───何と声をかけたら良いのかわからなかった。」

「ミカエル様は優しいですね。」

 微笑むシャランに胸が高鳴ったが、その後方にいるエイデンが、肩を震わせているのが見えて、冷静さを取り戻した。

「優しいなんて初めて言われたよ。ありがとう、シャラン。」

「えっ? そうなんですか? ずっと優しいですよ?」

 シャランがゆっくりとまばたきしながら不思議そうに小首を傾げる。その姿すら愛らしくて、思わず表情が緩む。
 シャランが、ぽやんとこちらを見ていたが、コホンと咳払いをすると、

「そろそろ、休憩にしましょう。小さいですが僕の特別な場所です。」

 そう言って、案内してくれた。少し耳が赤く見える。可愛い。
 見えてきたのは、可愛い白い花を咲かせた小道。
 ───この花は、

「夏椿の小道です。僕が生まれたときに、おばあ様が作ってくれました。
 奥に東屋があって、よくそこでおばあ様とお茶をしていたんですよ。今回はそこにご案内します。」

「思い出の場所に案内してくれるのか……。 
 ありがとう、シャラン。とても嬉しいよ。」

 これまでの会話から、どれ程おばあ様への思いが強いのか伝わってきていた。そこへ私を招き入れてくれる。
 私は自分でも怖いくらいに、シャランへの気持ちが育っていくのを感じていた。

「夏椿はちょうど今の時期が見頃です。一日花なので、朝に咲いて夜には落ちてしまいます。
 秋には紅葉も綺麗ですよ。庭師達のお陰で綺麗に咲いているのが見れますね。」

「一日花か……儚い花だな。でも、とても愛らしい。」
 そっと近くで見てみると、すっきりした白色のきれいな花だ。
 ──たった一日の美しさなのか。ふと、月下のシャランを思い出した。

「ふふっ。花言葉も正に『儚い美しさ』『愛らしさ』です。
 夏椿は、おばあ様の母国では、シャラノキと呼ばれていて、僕の名前はそこから名付けられたそうです。
 僕の生まれた日に見たシャラノキが、早朝に開花していくのが、とても印象的だったと何度も聞かされました。生まれる前から、魔力の多い子だと感じていたみたいです。」

 とても嬉しそうに話すシャランが眩しい。

「───さて、こちらの東屋です。休憩にしましょう。」

 パッと見ると、こじんまりとしてはいるが、細かなところの意匠が凝らされている。手入れがしっかりされていて、居心地が良さそうだ。

「この建築様式は、ヤマティ皇国のものかな?シンプルに見えて細やかな装飾がなされている。
 まるで隠れ家みたいで落ち着ける場所だね。」

「おばあ様が、『ここは二人の秘密基地よ。』
 ──って、ふふっ。意外と茶目っ気のあるおばあ様でした。」

 周囲は夏椿の木々に囲まれていて、他人の目を気にしなくて良い。ここはシャランとおばあ様の思い出の場所だ。
 私は、本当に特別なこの場所に招いてくれたと言うことに、少しでも気を許して貰えているのかと期待してしまう。

 既に茶会の準備がされていた。席に座ると侍女がタイミング良く紅茶を出す。

「この紅茶は、我が国の南部にある領地の名産品でして、とても香りの良いものです。」

「本当に香りが良いな。これもシャランが好んで飲むのか?」

「そうですね、好きです。」

 にっこり笑って返すシャラン。なんとなく私はソワソワしてしまう。

「このお菓子は酸味が効いてて美味しいね。これは?」

「これも僕が好きなものなんです。使われている果実は、北東部の領地の名産品で甘いだけではなく酸味がアクセントになっていて、暑い時期は特に好んで食べますね。」

「うん、良いね。紅茶とも合う。」

「ミカエル様のお口に合って良かったです。」

「ところで、シャラン。少し突っ込んだ話になるのだけど、構わないかな? 魔力についてなんだけど。」

「魔力について、ですか?」

「ああ。先日の晩餐会で、とても不思議だったのでね。貴族の者達は、総じて魔力が少なく感じたのだよ。
 他国ではあり得ない……と言うか、異様な気がしてね。」

「僕も、不思議に思って調べたことがありました。父や兄達にも聞いてみたのです。」

 シャランが、少し考えながら答えてゆく。

「この国には、いつからあるのかわからない言い伝えがありまして、かつて『大きな魔力を持った者が国を滅ぼしかけた』……と。」

「史実か?」

 ゆっくり首を振るシャラン。

「いくら探してみても、そのような事件はありませんでした。父や兄達にも尋ねても、王家には伝わっていないものだ、と。」

「誰かが意図的に流したものが定着したのかもしれないな。」

「なので、特に貴族に生まれた魔力の多い子供は、畏怖されます。制御について学んだ長男だった者も、後継から外されてしまうことがあるのです。
 もちろん、中には気にせず継がせる一族もいるのですが、高位貴族には、この考えを、信じている者が多く見受けられます。」

    シャランが少し悲しげな表情をする。

「そうか、この国は魔力の多い人々は生きにくいのだな。」

「貴族として生まれても、僕以外の魔力を持つ者は我流で魔法を習得しているようです。なかには他国へ移住した者もいます。
 騎士団や行政官は貴族出身者が多く、その者達は魔力が多い様に思います。家を出て自立しているようです。」

「シャランはその者達と会うことはないのか?」

「先程の話は、護衛についてくれるもの達に聞いたのですよ。
 幼い頃は僕一人、魔力が多いのかと不安になっていましたから。侍女達だってそうなんですよ。」

「ああ! 帝国では、当たり前で気づかなかった。確かに熱い紅茶が出されていたね。火の魔法が使えるのか。」

「帝国では当たり前なのですか?」

 シャランがキラキラとした猫の目でこちらを見てくる。可愛い。

「そうだね。帝国の話をしようか。」

「嬉しいです!」

 喜ぶシャランだが、キラキラが現れない。
 私は、我が儘を言ってみた。

「ねぇ、シャラン。ここには悪く言う奴らはいないだろう? そのピアスを取ってみてくれないかな?
 さきほどから、喜んでくれている気がするけど、魔力が散らないから、残念でね。」

「あ! そう言えば、全く出てませんせんでした!
 本当に制御されていたのですね。……ん? 外すのですか?」

 出ていないことに気付いたシャランは喜んでいたが、私のお願いに、疑問符がいっぱいだ。

「これは、私の我が儘だよ。キラキラ喜ぶシャランの姿が見たい。私の前だけで良い。外してくれないか?」

 私は、ありのままのシャランが見たい。

「ミカエル様の前でだけなら……。」

 ピアスを外すと、キラキラと綺麗な、魔力が散っていた。

「とても綺麗だね。城下町で、みんながシャランを喜ばせたがるのは仕方ない。」

「確かに。出なくなったらガッカリさせちゃうかもしれませんね。」

 シャランとする他愛のない話に、私の心は満たされていく。
 そうだ、シャランが帝国の話を聞きたがっていたのだった。

「そうだね。教えると言っておいて、忘れていたよ。
 帝国が多民族国家なのは知ってる?」

「はい。四代前の皇帝が、次々と他国を統一していったと、歴史で学びました。」

「一応、先祖の説明をさせて貰うと、難民が多く来る腐った国を健全にしたら戻すつもりだったらしいよ。
 だが、国民の方が、このまま帝国に残りたいと言ってきてね。残されていた健全な貴族もそう願った為に、併合したんだ。他の国も大体そんな感じでね。
 四代前の皇帝は、カリスマ性があったのだろう。
 かつて国だった領地では、皇帝の石像を建て、帝国に併合された日を祭りの日にしているんだ。
 だから、人種は入り交じっていて、気にするものもいない。───一部の頭の固い連中以外はな。」

 キラキラ絶え間なく聞き入っていたシャランは、大きく息をついて、思わずと言うように言った。

「いつか、帝国に行ってみたいなあ。」

「シャランなら、喜んで案内するよ。」

 本当にそんな日が来れば良い。そう願った。

「そうだ、魔力の話もしようかと思っていたんだった。」

「是非、聞きたいです!」

 シャランは、勢い良く前のめりに立ち上がると、目をキラキラさせて食い付くように言った。

 シャランは本当に可愛いっ。

 私は顔に出ないように気をつけながら、心の中で叫んでいた。
 
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