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プロスペロ王国編(ミカエル視点)

可愛いシャランと不快な噂

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 引き摺られ、予め待っていた馬車に押し込まれる。
 次いで、エイデンが乗り込んだ。
 王宮へと動き出した馬車の外を何とはなしに眺める。

 私は、貴族の邸宅が並ぶエリアを見ながら、今後の日程を思い浮かべた。
 明日の夜、私の為に晩餐会が催される。
 本来なら、まだ未成年のシャラン殿下が出席することはないのだが、現在、第二王子が魔物討伐で陣頭指揮をとっている為、代理での出席になるらしい。

 私はこのチャンスを逃すつもりはない。
 まずは第一印象を良くして、是非私の事を好きになって貰いたい。
 外遊先を、この国を最後に回して良かった。
 日程もゆったりと取られている。
 今回の訪問の目的が既に変わっているように思うが、気にしない。
 シャランと仲良くなるのは、つまり国家間も友好的になるのだ。

 ───何なら、私が帰る時に連れて帰りたい。

 不穏なことを考えている私の心を読んだかのように、エイデンが釘を刺す。

「ミカエル様、くれぐれも暴走しない様にお願いしますよ。
 ───頼むから無理矢理にでも拐って帰ろうなんて思うなよ! 
 シャラン殿下に嫌われるどころか、国家間の大問題になるぞ!」

 乳兄弟であるエイデンとは、気安い間柄だ。
 普段はエイデンも気を付けているが、咄嗟に昔の口調が現れる。

「それはいけないな。気を付けなければシャランに嫌われるのは困る。」

「問題はそっちか?!」

 エイデンが思わず、というように突っ込んだ。

「───恋をすると、『人間嫌い』と言われるミカエル様でさえ、こんなに変わるんだな。」

「それには同感だ。」

 私も自分の変化に心底驚いていた。たったひと時、話をしたわけでもないのに惹かれてしまった。
 容姿は確かに愛らしい。だが、それだけなら腐るほど寄ってきたもの達にだって容姿の良いものはいた。

「笑顔が可愛かったな……」

 私は馬車から外を眺めながら、ポツリと呟いた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 盛大な晩餐会だ。

 このような場は正直面倒だが、今夜は一味違う。
 逸る気持ちを抑えて、両陛下と王太子に挨拶をした後、いよいよシャランとの対面。
 心が浮き立つのを、微笑みの仮面の下に隠しながら声を掛ける。

「初めまして。 ルクスペイ帝国 第二皇子のミカエルだ。よろしくね。」

「プロスペロ王国 第三王子のシャランです。お会い出来て光栄です、殿下。」

 少し緊張しながらも、完璧な微笑みで挨拶するシャランも良いが、やはりあの自然な笑顔が見たい。

「今夜の服装、君にとても似合っているよ。特にそのタイピンが良い。
 銀髪の色に合わせた花と、その中央に飾られている宝石は瞳の色と一緒だね。」

 可愛い猫のような目が大きく見開かれ、嬉しそうに崩れそうになった微笑みが、一瞬発光したかのように思えたが、寸でのところで抑えた様だ。惜しい。

「これは夏椿の花です。亡き王太后である、おばあ様から頂きました。
 今夜のお守りのつもりで着けてきましたが、お褒め頂きとても光栄です。」

 褒められたのが嬉しかったのか、先程の張り付いた微笑ではない、柔らかさを感じる。

「そうだったのか。本当に似合っている。
 ───そうだ、良ければ王宮や城下町の案内をお願い出来ないだろうか?」

「僕はやりたいのですけど……。」 

 期待を覗かせつつ、そわそわと困った様な様子だ。

 ───可愛い。

「……アントニオ殿下、よろしいでしょうか?」

 先程から、貴族達を相手にしながらも、他の者にはバレない様に、チラチラと様子を伺っていた王太子に、話しかける。

「そうですね……。本人がやる気がありそうなので、ミカエル殿下が良ろしければ。シャラン、やれるね?」

「はい、兄様。」

 ふと、隣を見ると目をキラキラさせて頷いているシャランがいた……可愛い。

「ではよろしく頼むよ。私の事はミカエルと。私も名前を呼ぶ事を許してくれるかい?」

 シャランは我慢できなくなったのか、キラキラと発光しながら、あの愛らしい笑顔で答える。

「はい! よろしくお願いします。ミカエル殿下。」

 真正面からまともに受けた私は思わず胸を抑える。

 ───可愛い過ぎるだろう。

「……あ、申し訳ございません。案内の件は、暫く滞在なさるとの事なので、明日改めて決めましょう。
 ───僕は、そろそろこの辺で失礼させて頂きます。」

 急に顔色を変えて、そそくさとこの場を辞するシャラン。
 不審に思い、周囲の気配を探ると、貴族どもの嫌味な様子や言葉が此処彼処から、漏れ聞こえてくる。

 ───目立ちたがるという噂は本当だったか

 ───ただでさえ、あの容姿で目立つというのに

 ───やはり、ご自分がお好きなのか

 ───もうすぐ成人するのに魔力制御も出来ないなんて

 ───平民とよく一緒にいるそうよ

 ───王族ともあろうお方が嘆かわしい


 私の魔力が不穏な動きをし出す。軽く呼吸を整え、心配気なエイデンに視線を送り軽く頷く。

「ここは空気が悪いな、外の空気を吸いたい。少し失礼するよ。アントニオ殿下」

「わが国の者がご不快な思いをさせて申し訳ない。
 ……庭園を開放しています。良ければそちらへ。」

 王太子も多少魔力が揺らいでいたが、すぐに収まる。 控えていた者に指示を出している。恐らく人払いしてくれるのだろう。

「そうさせて貰いますよ。」

 貴族達は既に他の話題に移っている。彼らにとって、目新しい話題ではないのだろう。それが更に忌々しさを感じさせる。


 エイデンを連れて庭園に出る。王太子が言っていたのは、シャランの居場所。
 私も先程、正面から魔力を浴びて、シャランの大まかな位置を特定していた。

「エイデン、この国の王族はともかく、貴族どもの魔力は総じて少ないな。」

「そうですね。正直驚きました。俺の実家なんて、屋敷全体に強力な防火魔法がかかっていますよ。
 シャラン殿下は、あれ程の魔力を有していらっしゃるのに、普段からしっかりコントロール出来ている様ですね。
 シャラン殿下の魔力放出量など可愛いものです。」

「お前のところの侯爵家は、代々火属性が多いからな。
 ───シャランの祖母にあたる亡き王太后の母国は、魔力の多い者が多く生まれる。シャランは魔力量もそちらに似たのだろう。」

 あの程度の魔力放出でこの扱い。見たところ、そもそも魔力量の多い者が身に着ける、制御用の装飾具も着けていなかった。
 私も、エイデンも制御用の装飾具を着けている。
 非常時には外すが、魔力の多い者は、普段身につけるのだ。魔力量の多い人々がいる国では常識だ。
 だが、この国では、陛下や王太子ですら制御用の装飾品は必要ないレベルだった。
 ましてや他の者達などは尚更だ。

 ───それをずっと一人で……?

 私は、やるせない気持ちで先を急いだ。


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