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プロスペロ王国編(ミカエル視点)

夏椿に愛を乞う

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 夏椿の小路を抜けると、シャランのお気に入りの東屋がある。そこへ向かう途中、庭園を眺めながら、はじめてシャランに案内された時を思い出していた。
 植物に関して詳しいシャランは、気質までヤマティ皇国の血を引いているなと感じたのだ。
 名前を植物にちなんだものにしており、その花言葉がその子への思いでもある。
 外遊中、ヤマティ皇国の皇城で庭園を案内した者が教えてくれたのだ。
 私が持っている植物の図鑑は皇国から貰ったものだった。

 ────まさかここまで重宝するとはな。

 思わず心の中で苦笑する。隣を歩くシャランを見つめる。普段通りにしつつ、やはり緊張も見て取れる。
 手を繋いだままであったが、何となく無言で歩く。

「ああ、今日も夏椿は愛らしく咲いているね。」

「ふふっ、はい。まだもう少し見頃は続きますよ。」

 私達は花を愛でながら、小道を手を繋いだまま歩く。
 夏椿は別名シャラノキ。
 亡き王太后に、そこからシャランと名付けられた。
 シャランの名前を口にする度、心が温まる。
 これから先、私は夏椿を見る度にシャランを想うのだろう。

「ミカエル様、もうすぐ東屋ですよ。」

「───ああ。」

 ようやく、私の告白に対しての返事が聞ける。


 東屋に着くと、シャランが繋いでいた手を離し、侍従のステンレスから何かを受け取っていた。離された手が、この後の返事を予感させる様で心細い。何か指示をしたシャランが、こちらを向いた。

 周囲には人影はなく、二人きりだ。

「ミカエル様、少し長くなると思いますが、良いですか?」

 シャランも少し緊張しているようだ。

「ああ、構わないよ。シャラン。」

 なるべく柔らかく聞こえるように、言葉にする。

「ありがとうございます。東屋で座りながら話しましょう。」

 そう言って私を促した。

 シャランは、少し遠くを見て何かを思い出している様子で、話し出した。

「────ミカエル様を初めて見た時、太陽のような方だと思いました。抜けるような青空の瞳に、輝く金髪。真っ直ぐに私を見てくれて、笑ってくれた。」

 そっとピアスを外して、笑顔でこちらを向いた。

「おばあ様の形見のタイピンを褒めてくれて、晩餐会で僕が魔力制御が出来なくて、その場から逃げ出した時に偶然を装って様子を見に来てくれた。」

 ふわりと金色の魔力が舞う。

「ピアスの事もそうですけど、魔力に関する僕の苦悩を、一瞬にして溶かしてくれた。僕に、やりたい事まで導き出してくれた。───どれほど嬉しかったか。
 その後の学校創設にも尽力して下さっています。
 この国の長年の歪みにすら、ご助力頂きました。
 他にも、挙げたら切りがないくらい、たくさんあるんです。貴方に出会えて良かった。

 ────ミカエル様は僕の太陽です。唯一無二です。

 会えないと寂しくて、会えると心が温まる。ミカエル様のひと言で気持ちが左右されるんです。
 僕は、今までこんな気持ちになった事はありませんでした。でも、本で読んで知っています。
 この気持ちに名前がある事……。」

 シャランが、力強い金色の瞳で私を見つめる。
 私はその真剣な表情から、目が離せない。たくさんのシャランからの言葉に既に胸がいっぱいだ。

 ───それでも、この先の言葉が知りたい。

 知らず、コクリと喉が鳴った。
 シャランからフワリと魔力が溢れる。

「僕は、貴方に恋をしています。好きです。大好きです。ミカエル様。」

 シャランが、少し震える手で花を差し出す。ふわりと香りが漂う。
 差し出されるまま受け取ると、シャランはこう言った。

「この花はジャスミン─────。
 花言葉は、『私はあなたについていく』です。」

「シャラン!!」

 たまらず、私はシャランを抱きしめた。そっと、私の背中にシャランも腕を回す。

「私も大好きだよ、シャラン。勇気を出してくれてありがとう。」

 震えている腕と、全身が発光しているシャランに愛しさが止まらない。

「シャランと離れるなど私には考えられない。生涯大切にすると誓う。私と帝国に行こう。」

「僕も離れたくない。ミカエル様、僕を帝国に連れていって下さい。──ずっと側にいたい。」

 きゅうっと抱き着く腕に力を込めたシャランがいじらしい。

「もし、シャランが私を好きになってくれたら、連れて帰っても良いと、既に陛下には許可を貰っていたんだ。私が帰る時、シャランも一緒だよ。」

 そっと、腕を解くと少し寂しげにしていたが、その手を取ると、私はシャランの前で片膝をつき、祈る様に手の平に口付けた。

「可愛いシャラン、───私の伴侶になってくれ。
 政略などではなく、一人の男として、君を愛している。」

 私は今までで一番緊張しながら、婚姻を申し込んだ。

 驚いて私を見つめた大きな瞳が、やがて、私を恋に落とした、愛らしい笑顔にほんのり頬を赤らめる。キラキラがふんわり二人のまわりを取り巻くように溢れだしている。

「喜んでお受けします。僕もプロスペロ王国第三王子としてではなく、ただのシャランとして、ミカエル様を大好きです。」

 シャランの目から美しい雫が零れた。私は目尻を軽く吸って顔中に口付けたあと、うるうると見つめるシャランが、そっと目を伏せたのを見届けて、唇を触れ合わせた。

 夏椿が祝福する様に、シャラシャラと風に吹かれる。

 愛らしくて仕方がないシャランが落ち着くまで、旋毛やこめかみにキスを送りながら、暫く抱きしめ合っていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 花言葉

 ジャスミン「私はあなたについていく」


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