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プロスペロ王国編(ミカエル視点)
シャランと視察
しおりを挟む「マリア先生、お客様です。」
扉を開けたミーナは、奥で書類仕事をしていた女性に声をかけた。
「お出迎えできず申し訳ございません。ようこそいらっしゃいました。ミーナは勉強に戻って良いわよ。」
「はい。では、失礼します。」
パタン。と扉が閉じられると、先生と呼ばれた女性は、椅子から立ち上がり、見事なカーテシーをした。
「ルクスペイ帝国第二皇子殿下にご挨拶申し上げます。
私は、モクレン孤児院を任せて頂いております、マリアと申します。」
「楽にしてくれ。私の事はミカエルで構わない。本日は視察の受け入れを感謝する。」
スッと全くブレずに姿勢を戻すと、人懐こい微笑みを浮かべる。
「では、ミカエル殿下、シャラン殿下。こちらのソファーにどうぞ。今、紅茶を準備しますね。」
「マリア先生、お土産にマフィンを全員分持ってきました。子供達にお勉強の後のご褒美だと言ってしまいましたが、良かったですか?」
「まぁ、いつもありがとうございます。是非そうさせて頂きますね。」
「私からは本を。主に魔力の関係なのだが。」
「まあ! 帝国の授業用ですか? 非常に助かります! ありがとうございます。」
「ほら、ミカエル様は優しいでしょう? マリア先生。」
「ええ、ええ! この国で魔力や魔術の本は貴重なのです。輸入する時に高額の関税が掛けられるのですよ! 制御用装飾品なんて稀少な上高額で、貴族でも難しいのです。どう考えても……コホン。失礼しました。」
「ミカエル様。おそらく、貴族の色々な思惑が絡んでいるのです。」
険しい顔をしたシャランは、既に何かに気付いている。陛下や王太子達が守りたいと言っても真実に近づき過ぎてしまうかもしれない。これは、要相談だな。と、心に刻んだ。
「子供達にもマリア先生のような貴族出身の子はいるのかい?」
先程の見事なカーテシーは貴族でもなければ身に付かないだろう。立ち振舞いもそうだ。
「ええ。おりますわ。ミカエル殿下。
疎んじて置いていく者達もおりますが、自分達では手に負えず泣く泣く預けていく方達もいるのです。
その方達には定期的に援助して貰えるので、子供達にはしっかりと教育が出来ているのです。
読み書きに計算や礼儀作法。勿論、剣術や魔法制御も。
王太子殿下の名の下に運営されているので、手出しするものもおりません。
シャラン殿下が定期的にいらっしゃいますので、子供達も王家の印象は良いですし。」
私は頷き、紅茶をのむ。そして驚く。
「この茶葉は……。」
マリア先生は、微笑みながら教えてくれた。
「ここには、貴族の方どころか、王族の方々が顔を出します。その時用の特別な茶葉です。
……実は、シャラン殿下からの貰い物ですわ。」
クスクス笑いながら、シャランの方を見ている。
私もつられてそちらを見ると、不貞腐れたシャランの顔があった。珍しい。
「いつもの者達なら構わないんだ。
だけど、難癖をつけたがる者達もいまして、その時に、『王家から頂いた茶葉です』と言えたら、何も言えないでしょう? マリア先生だって、色々あったけど出身は高位貴族なんだ。下手なこと言える者は少ない。……って、王太子妃のエリザベートお義姉様が言っていました。」
「うふふ。昔から変わらないのね。」
私はまるで知り合いの様に不思議に思い聞いてみた。
「王太子妃殿下とお知り合いですか?」
マリアはニッコリ微笑み昔話をしてくれた。
「まだ、王太子殿下の婚約者にも決まっていない頃でしたわ。
私とエリザベート王太子妃殿下は同じ歳で仲も良かったのです。
しかし、私はとある事件に巻き込まれてしまい、魔力を暴走させてしまいました。」
一息つける為に紅茶を口にする。
「私は貞操は守られたものの、『傷物』として、そして家族で隠してきてくれた魔力の多さのせいで、我が家が悪く言われるのは耐えられなかったのです。
『事件』を起こした本人は被害者を装い、此方を糾弾してくるのですから。」
私は、この国の歪さに今更ながら怖気が走った。
「ちょうど、王太子殿下が孤児院の新しい教師を探していると聞いて、手を上げました。
───そして私は今、ここに居ます。
エリザベート……王太子妃殿下も推薦してくれた様でした。その頃に両殿下は出会ったようで、私としては喜ばしい限りでしたわ。」
「お義姉様に、たまに会うとマリア先生の事を聞かれますよ。その度に、子供達に囲まれて嬉しそうにニコニコしてますよ。と伝えています。」
「シャラン殿下、ありがとうございます。今度こちらの心配をしたら、ご自分のお子様達の事を優先して下さいませ! とお伝え下さい。
さて、早く行かないとお勉強の時間が終わりますね。ご案内しますわ。」
「感謝する。」
色々な思いが渦巻く中、私はただ一言しか出てこなかった。
「いいえ。王太子殿下より連絡が来ておりました。
この国を正す事に帝国からも手助けして頂けるのは頼もしい限りです。」
「必ず、突破口を見つける。約束する。」
「───ありがとうございます。では、参りましょう。」
一瞬、泣きそうな顔を見せたかと思うと、直ぐに微笑みの仮面を被る。
教室に入ると、皆真面目に勉強していた。
一人で本を読んでいる者もいれば、数人集まり、意見を出し合っている所もある。
「今は読み書きや計算を学ぶ時間です。一定の水準まで学び終わると、自分の目指す分野を伸ばしていきます。」
私達が入って来ても、集中を途切らせたりしない。
正直、下手な学校よりも良いのではないかと思う。
「もしかして、王宮ので働く者たちは此処の出身者が多いのではないか?」
シャランが苦笑して頷く。
「この時点で、市井で働くには問題のない位の知識を得ています。
これに加えて礼儀作法や剣術など、ここの出身者が、たまに教えに来てくれる。ただ、魔力制御を出来るようになった後の勉強だけは、本当に生活魔法だけで……。
この流れを作ったおばあ様は、何処まで先を視ていたのでしょう。」
私はシャランの憂いを少しでも早く晴らしたいと決意を新たにする。
「魔法に関しては遅れているが、識字率は高いし計算能力もある。礼儀作法と剣術もとくれば、国の登用試験を受ける者達が多いのも頷ける。
学校の創設に関しても、雛型だけでも急ごうと思ったが、既に孤児院が全寮制の学校並の形態をしている。
───シャランのおばあ様は凄いな。」
心からの賞賛を口に出した。
「───っ! ありがとうございます。ミカエル様。」
シャランは右目から一粒の涙を流し、とても……そう、とても綺麗に笑ったのだった。
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