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幸せな日々①
しおりを挟む玲士に部屋まで送って貰った。
帰る途中は他愛ない話で笑い合う。改めて、玲士といると楽しいし空気感にホッとする。
別れる間際、ギュッと抱きしめ合った。
「明日、大学で。」
そう玲士が言うと、お互い名残惜しかったが、実花がエントランスの中に入るのを見届けてから、玲士は帰って行った。
実花がメッセージで芳樹に報告すると、既に玲士から報告を受けていたらしく、大喜びされた。
芳樹から、
《玲士の事、末永くよろしく頼むよ。》
と送られてきたので、
《玲士の一生は私が貰いました。大切にします。》
と返すと、泣き笑いのスタンプが押された後に、
《本当にありがとう。玲士から過去の事を教えたって聞いたよ。二人とも幸せになってくれ。》
という芳樹らしい返事に、玲士の傍に芳樹が居てくれて良かったと思った。
次の日、最高の気分で来た大学で、空と遭遇した。一気に気分が落ちた実花だったが、以前のような恐怖心は全く出てこない。
目が合うも無視する。何か言いたそうだったが、取り巻き達が何かを言って、空をつれていく。
そう言えば、講義以外で遭遇したのは本当に久しぶりだった。
どれ程、仲間達に気を遣われていたのか痛感した実花は、改めて感謝するのだった。
それからは度々、空に遭遇したが、実花は玲士と居ることが多かった。
空が女性連れだった時もあったし、遠くから見られていた事もある。
すれ違う時に、空が実花に声をかけようとすると、仲間がどこからともなく現れた。
空に話しかけたり、実花に用事があるから、と連れて逃がしてくれたりと、本当に助けて貰っていた。
余りにも申し訳ないと、お礼を申し出ると、
「お礼は本当に要らないよ? 実は、空の次兄がなー。」
と、言葉を濁し苦笑したところを見ると、実花は何となく察したのだった。
「じゃあ、ありがたく助けられておく。」
と笑っておいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
玲士とのデートでは、肩を並べて歩いたり、
お互い緊張しながらの初めての恋人繋ぎに、幸せを噛み締めていた。
ゆっくり、ちょっとずつ進めていく。
そうやって二人の時間を重ねる度に、実花はどうしても、玲士にお願いしたい事があった。
二人で構内のカフェテリアでコーヒーを飲みながら雑談する。
次のデートは何処へ行くのか、あのレポートの期限が近いとか。
しかし、上の空だった実花に、いち早く気付いた玲士が、
「何かあったのか? またアイツに遭遇した? 何か言われた?」
心配させてしまった。実花は思い切って玲士にお願いする事にした。
周囲に人が居ないのを確認して、実花は小声で伝える。
「あのね、『上書き』の話になるのだけど、その……私の部屋に招待して良いかな?」
「えっ?!」
思わず大声で反応してしまった玲士が、慌てて口を抑え、周囲を確認してみたが、幸いみんな自分達の話に夢中らしく、こちらに注意を向けている者はいなかった。実花は慌てて口早に付け足す。
「エッチなお誘いではなくてね。
元彼が来たことあるのに、玲士が来てないのは、何だか嫌なの。私の部屋は安心できる場所だったのに、勝手に部屋の中を確認して歩いて、男の気配がないか定期的に確認していたの。
───私の部屋では、シテないからね!
狭いからって言うのと、何か他にも理由があったけど。」
「成る程。つまり『奴が来たという事の上書き』で合ってる?」
「うん。それと、私の癒しの空間に玲士が居て欲しい。」
「───っ! わかった。俺も実花が生活してる部屋を見てみたい……本当に大丈夫かな? 俺。」
玲士が、遠い目をして最後に小さく呟いた言葉を、「見てみたい」との言葉に喜んでいた実花は知らない。
インターホンが鳴り、玲士がやって来た。
「玲士、いらっしゃい!」
「お邪魔します。狭いって言われたって言うけど、一人暮らしには十分だろ? これは。」
呆れたような感想を述べて、改めてお邪魔します。と、中に入ってきた。
「玲士はコーヒーが良いんだよね?」
実花がキッチンに向かおうとすると、玲士が止めた。
「今日は、『上書き』の予定だろ? アイツは何か飲んだり食べたりしてた?」
「あー、紅茶にこだわりがあって、ここでも紅茶が飲みたいって言われてた。
わざわざちょっと良い茶葉買ったんだよ。アイツ好みのね。でも、何度淹れても不味いしか言わなかった。食べたりはしないよ。本当にチェックだけして帰るような感じ。」
実花が嫌なもの思い出したのか、顔をしかめた。
「どうした?」
玲士も何か感じとったのか険しい顔になる。
「うーん……。帰る時に誤魔化すように軽くキスされてたの思い出した。
今思うと、ここから別の女のところに行ってたんだろうな。お陰で助かったけど、この部屋を中継点にしないで真っ直ぐ行って欲しかった。」
と、不服そうに実花は言った。
「紅茶。」
「え?」
「実花が淹れた紅茶が飲みたい。」
と、拗ねたような言い方をした玲士に、
実花は、ふわりと気持ちが温かくなった。嫉妬してくれている、そう思うと意地が悪い様だが嬉しくなってしまった。
「かわいい……。」
思わず声に出してしまい、慌てて誤魔化すように答えた。
「玲士に淹れてあげたいけど、あの茶葉は別れた時に捨てちゃったの。お手軽ティーバッグならあるんだけど、それでも良いかな? ダメなら、今度は玲士に合ったの用意しておくよ?」
玲士は、むしろ楽しそうに言った。
「お手軽でお願い。紅茶の味は判らないし、ただ実花が淹れたものが飲みたいと思っただけ。」
「うん! 玲士にはコーヒーが良いよね? 次回までに準備しておくよ?」
「そっちの方が良いな。次、楽しみにしてる。
でも、今日は『上書き』したいから、紅茶で頼む。」
玲士は頷きながら、嬉しそうに笑った。
「ちょっと待ってて。そのクッションかベッドに座ってて。」
実花はそう言うとキッチンに向かう。
一瞬、笑顔のまま固まった玲士だったが、チラッとベッドを見てから、クッションの方へ座った。
「お待たせ。何か摘まむものないかな? と思ったけど、甘いの苦手でしよ? おかきにしちゃった。一応クッキーもあるから、好きなの食べて。
───玲士? どうしたの?」
二人分の紅茶を持って来た実花は、怪訝そうに尋ねた。
「実花、このクッション凄く落ち着く。なに? これ。」
玲士は初訪問に少し緊張していたが、先ほど座ったクッションのフィット加減にすっかり寛いでいた。
「!! わかる? 私もその座り心地の虜になっちゃって、凄く癒されてるの!」
やっぱり、玲士ならわかってくれる。実花はとても嬉しくなってしまった。そして改めて思う。この空間と玲士は似ている。
実花が癒される場所、そして恋人。
「確かにこれは癖になるな。さて、冷めないうちに実花が、俺のために淹れた紅茶を頂こうかな?」
実花が頷くと、玲士はひとくち味わって飲み込んだ。
「……本当に、お手軽ティーバッグなの? 美味しいよ。」
玲士は驚いて、思わず実花を見る。
「本当?良かったぁ。不味い。としか言われたことないから、自分の舌を疑ってた時期まであったんだよ。」
「実花の舌は無事だ。安心して良いよ。あと、このおかきも旨い。」
玲士の寛ぐ姿を見ながら、実花も紅茶を飲む。そして、ふと気付いて玲士に言った。
「よく考えたら、元彼と一緒に、自分の淹れた紅茶飲んだことない。念のためキッチンで少し味見してから出してたけど。」
すると、隣に来た玲士に、ふわっと抱きしめられた。
「『初めて』貰った。好きだよ、実花。」
───玲士に初めてあげられた。嬉しい。
実花は、心が満たされる想いに、うるうる来て玲士の胸元に顔を埋める。柔軟剤の匂いに、心が洗われた気がした。
帰る時、玄関先で少し緊張した面持ちの玲士は、両手で実花の頬を包み込むと、二人の顔が徐々に近付いた。
唇と唇が触れそうになって、実花の心臓が早鐘を打つ。
待つ時間がスローモーションの様に遅く感じる。
────ふにっ
本当に触れるだけのキスなのに、こんなに違う。全然違うのだ。
実花は顔から火が噴くのではないかという程、真っ赤になった。
長いような一瞬だったような後、唇が離れた。
「俺、これも初めてだから。」
玲士の顔も実花と同じくらい真っ赤になっていた。
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