死神様の恋愛マニュアル

よもやま

文字の大きさ
上 下
29 / 40

5.真実と選択②

しおりを挟む
 アンブレラはレイヴンを人間に染めた佐丸を一瞥して、冷ややかに宣告した。
 お前はもう死神として失格だと言われたようで、レイヴンは唇を噛み締める。反論しようにも言葉が出てこなかった。

 当たり前だ。
 これは卒業試験で、自分は死神候補生として人間の魂を回収する義務がある。それなのに、初めて触れた人間の世界に興味を持って人間の食べ物まで口にしてしまった。
 佐丸と一緒に過ごしたあの煌めくような時間は、自分が死神であることを忘れて人間としての生を楽しんでいた。

「死神の大原則、言うてみい」

 試験官として、先輩として、後輩の愚行を咎めるようにアンブレラはレイヴンを見下ろす。じりじりと焼き付くような視線を感じながら、レイヴンは死神の大原則を口にする。


 一つ、回収前の魂に接触してはならない。
 一つ、魂に接触した場合は必ず回収しなければならない。
 一つ、人間に恋をしてはならない。


「ちゃんとわかっとるようやな」

 身に染みついた掟は、レイヴンの口から淀みなく流れる。養成学校では授業の前に必ずこの大原則を復唱させられたのだ。
 死神の責務や存在意義、それを決して忘れるなと常に意識させられてきた。人と同じ姿形をしていようとも、お前たちは人間ではなく死神だ、そのことを自覚しろ。その意識を魂に刻むために何度も復唱させられてきた。

 自分の声で死神の大原則を口にして、レイヴンは自身が死神であることを強く意識させられる。人間と恋人ごっこをしていようとも、お前はその相手の魂を回収する死神なんだ。
 その現実を突きつけられて、レイヴンはアンブレラの顔を見ることができない。

「ま、不幸中の幸いといったとこやけど」

 だが、空気を変えるようにアンブレラが突然両手を叩いて立ち上がった。アンブレラの拘束から解放され、レイヴンは身体を起こす。顔を上げると不自然な笑みを浮かべるアンブレラがレイヴンを見下ろしていた。

「まだ間に合う」

 何が、と問う暇もなくアンブレラの傘がレイヴンの契約印を貫いた。
 予測していなかった言葉に虚を突かれた形だ。金属の冷たさがレイヴンの皮膚に触れたと思った次の瞬間には、熱した鉄を押し付けられたような熱さが胸に広がった。

「う、あ……ッ!?」

 強い衝撃がレイヴンの身体に走り、直後に耳の奥で何かが砕ける音がした。同時に、ベッドで眠っていた佐丸の身体が大きく跳ねた。苦しげに息を吐きながら、胸を掻き毟るように身悶えている。

「佐丸……っ!」

 何が起こったのかわからなかった。けれど佐丸が苦しんでいることだけはわかる。レイヴンは自身の胸の痛みも忘れて立ち上がろうとする。

「レイヴン」

 だがそれはアンブレラが許さなかった。感情のない声で名前を呼ばれ、レイヴンはその場から動けなくなる。拘束魔法をかけられたのだと気付き、レイヴンは苦々しくアンブレラを睨む。

「佐丸に、何をしたんだ……」

 レイヴンの視線を受け止めて、アンブレラは呆れたように溜め息を吐いた。

「何もしとらんて。お前とそこの人間の、契約を解除しただけや」
「……は?」
「一つ、回収前の魂に接触してはならない」

 唐突に、アンブレラが死神の大原則を口にする。

「なぜなら、人間と死神の間に契約が結ばれてしまうから。……ま、よくある事故やな。死神の大原則っちゅーんは、これまでの結果の積み重ねで作られたモンなんや。因果関係が逆やねん」

 笑いながら、アンブレラはベッドに腰を下ろした。レイヴンは思わず身を乗り出そうとする。しかし身体は動かない。アンブレラが手を伸ばせば届く距離に、佐丸がいる。

「死神の長いながーい歴史の中でな、どうしても人間に接触してしまう死神はいるんや。どれだけ気を付けても後を絶たない。さてどうしたもんかとお偉いさん方は考えたんやろね」

 佐丸は少し落ち着いたのか、額に汗を滲ませて荒い呼吸を繰り返している。アンブレラの手がブランケットを剥ぎ取り、乱れた佐丸のシャツを捲り上げた。

「傷だらけやねぇ、可哀想に」

 薄っぺらい佐丸の身体には、無数の痣や傷が残っている。全て、鹿瀬に付けられたものだろう。こんな風に暴かれたくなかったはずだ。

「やめろ、アンブレラ……」
「だから死神の大原則なんちゅーもんを作って俺らを掟で縛った」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ひとりぼっちの180日

あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。 何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。 篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。 二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。 いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。 ▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。 ▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。 ▷ 攻めはスポーツマン。 ▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。 ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

恋のキューピットは歪な愛に招かれる

春於
BL
〈あらすじ〉 ベータの美坂秀斗は、アルファである両親と親友が運命の番に出会った瞬間を目の当たりにしたことで心に深い傷を負った。 それも親友の相手は自分を慕ってくれていた後輩だったこともあり、それからは二人から逃げ、自分の心の傷から目を逸らすように生きてきた。 そして三十路になった今、このまま誰とも恋をせずに死ぬのだろうと思っていたところにかつての親友と遭遇してしまう。 〈キャラクター設定〉 美坂(松雪) 秀斗 ・ベータ ・30歳 ・会社員(総合商社勤務) ・物静かで穏やか ・仲良くなるまで時間がかかるが、心を許すと依存気味になる ・自分に自信がなく、消極的 ・アルファ×アルファの政略結婚をした両親の元に生まれた一人っ子 ・両親が目の前で運命の番を見つけ、自分を捨てたことがトラウマになっている 養父と正式に養子縁組を結ぶまでは松雪姓だった ・行方をくらますために一時期留学していたのもあり、語学が堪能 二見 蒼 ・アルファ ・30歳 ・御曹司(二見不動産) ・明るくて面倒見が良い ・一途 ・独占欲が強い ・中学3年生のときに不登校気味で1人でいる秀斗を気遣って接しているうちに好きになっていく ・元々家業を継ぐために学んでいたために優秀だったが、秀斗を迎え入れるために誰からも文句を言われぬように会社を繁栄させようと邁進してる ・日向のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(日向)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づくと同時に日向に向けていた熱はすぐさま消え去った 二見(筒井) 日向 ・オメガ ・28歳 ・フリーランスのSE(今は育児休業中) ・人懐っこくて甘え上手 ・猪突猛進なところがある ・感情豊かで少し気分の浮き沈みが激しい ・高校一年生のときに困っている自分に声をかけてくれた秀斗に一目惚れし、絶対に秀斗と結婚すると決めていた ・秀斗を迎え入れるために早めに子どもをつくろうと蒼と相談していたため、会社には勤めずにフリーランスとして仕事をしている ・蒼のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(蒼)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づいた瞬間に絶望をして一時期病んでた ※他サイトにも掲載しています  ビーボーイ創作BL大賞3に応募していた作品です

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

記憶喪失のふりをしたら後輩が恋人を名乗り出た

キトー
BL
【BLです】 「俺と秋さんは恋人同士です!」「そうなの!?」  無気力でめんどくさがり屋な大学生、露田秋は交通事故に遭い一時的に記憶喪失になったがすぐに記憶を取り戻す。  そんな最中、大学の後輩である天杉夏から見舞いに来ると連絡があり、秋はほんの悪戯心で夏に記憶喪失のふりを続けたら、突然夏が手を握り「俺と秋さんは恋人同士です」と言ってきた。  もちろんそんな事実は無く、何の冗談だと啞然としている間にあれよあれよと話が進められてしまう。  記憶喪失が嘘だと明かすタイミングを逃してしまった秋は、流れ流され夏と同棲まで始めてしまうが案外夏との恋人生活は居心地が良い。  一方では、夏も秋を騙している罪悪感を抱えて悩むものの、一度手に入れた大切な人を手放す気はなくてあの手この手で秋を甘やかす。  あまり深く考えずにまぁ良いかと騙され続ける受けと、騙している事に罪悪感を持ちながらも必死に受けを繋ぎ止めようとする攻めのコメディ寄りの話です。 【主人公にだけ甘い後輩✕無気力な流され大学生】  反応いただけるととても喜びます!誤字報告もありがたいです。  ノベルアップ+、小説家になろうにも掲載中。

処理中です...