死神様の恋愛マニュアル

よもやま

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5.真実と選択①

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 精神的な疲労があったのか、佐丸はあの後すぐにベッドへ潜り込んでしまった。寝息を立てる背中を眺めながら、レイヴンは佐丸が口にしかけた言葉の意味を反芻している。
 自分の願いが叶うわけないと佐丸は思っているのだろう。レイヴン自身も、本当の意味で佐丸の願いを叶えてやることはできないと知っている。

 佐丸の願いを叶えることは、「人間に恋をしてはいけない」という死神の大原則を破ることに他ならない。掟を破ればレイヴンは死神になれない。それでは、人間界にやって来た意味がないのだ。
 レイヴンは死神候補生として、佐丸良幸の魂を回収するためここにいる。
 最初の出会いは失敗だったが、せっかく契約で結ばれた縁なのだ。佐丸の気持ちを利用でもなんでもして、恋に落として魂を奪ってしまえばいい。

 死神としての未来を生きていくなら、きっとそうするのが正解なのだろう。
 けれどレイヴンは見えている正解の道筋を選ぶことができなかった。その道は、佐丸が今まで歩いてきた道だ。身体と心の両方を傷付けられ、命を捨てようと決意するまでに至った、非道な道だ。
 また同じ方法で佐丸を傷付けるのかと思うと、レイヴンにその道を選ぶことはできなかった。

「……佐丸」

 なぜだろう、と不意に疑問が湧いてレイヴンは佐丸の名前を口にする。
 たった二日だ。
 佐丸とは、たった二日間一緒に過ごしただけだ。情を抱くには早すぎる。
 だが、佐丸の心を壊した相手と同じ方法で、もう一度佐丸の心を傷付けることはしたくなかった。あまりに利己的で死神としての生き方とは矛盾した選択だ。 

「あーあ。まったく、何してんねんレイヴン」

 アンブレラならきっとこう言って呆れるだろう。

「……ッえ!?」

 幻聴かと思った声は、確かにレイヴンの耳に聞こえた。思わず周囲を見回して天井に視線を向けると、白い革靴が天井からぬるりと落ちてくる。
 レイヴンの目の前に、白いスーツと派手なヒョウ柄シャツを着た男が現れた。サングラスを外しながら、鷹のような目でレイヴンを睨み付けている。目にかかる長い前髪を掻き上げて、アンブレラは溜め息を吐いた。

「あ……アンブレ、ッ」

 名前を口にすると同時に、アンブレラは手にしていた黒い傘の先端をレイヴンの喉元に突きつけた。

「なにしとんの、自分?」

 冷たい視線に晒されて、レイヴンは思わず息を飲み込む。
 尤もな問いだった。何をしているんだ、と問われてレイヴンは言葉に詰まる。不慮の事故で対象者と契約することになってしまったが、魂を回収するチャンスはあったのだ。それをみすみす見逃して、チャンスを棒に振るなど論外だろう。

 だが、その理由はレイヴン自身にもわからないのだ。佐丸を傷付けたくない。そう感じた理由が、レイヴンにはわからない。
 レイヴンが答えられずにいると、傘の先端がレイヴンの胸を突いた。そこは、佐丸との契約印がある場所だ。

「死神の大原則、まさか忘れとったわけとちゃうやろ」
「お、覚えてた……けど」
「けど?」
「お……俺だって好きで人間と契約したわけじゃ」
「はー……一部始終見とったけどな、お前が堪え性ないんが」

 そこまで口にして不意にアンブレラが真顔になった。直後、レイヴンを蹴り倒すとその腹に馬乗りになる。

「なにっ」
「お前……」

 床に倒れたレイヴンの首に鼻を近付け、アンブレラは匂いを嗅ぐ。そしてレイヴンが着ていたシャツを強引に捲り上げた。突然の出来事にレイヴンは戸惑うが、アンブレラの顔を見て口を閉ざす。
 怒りを讃えた金の瞳が、レイヴンの胸に刻まれた契約印を睨み付けている。

「……人間に染まりやがったな」

 アンブレラの言葉を辿るように、レイヴンは契約印を確かめる。烏の羽を模した痣から、短い蔦のようなものが伸びていた。昨日、確認したときにはなかったものだ。
 得体の知れない現象とアンブレラの表情に、レイヴンはただただ困惑してしまう。アンブレラが、一体何に怒っているのかがわからなかった。

「人間の食べ物を口にしたやろ、レイヴン」
「なんで……」
「実体化したら監視の目は届かない。だからバレへんとでも思ったか?」

 鋭い視線のまま問われ、レイヴンは自分が何を間違えたのか理解した。口にしてはいけなかったのだ。人間の食べ物を死神が口にすれば、その身体は人間に染まってしまう。

「お前、人間臭いで」
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