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4.不穏な影②
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新作のドリンクが出たばかりのせいか、カフェの前には長蛇の列が出来ていた。レイヴンは目を丸くしながらも、店内から漂ってくるコーヒーの匂いに鼻をひくつかせている。
こうしていると本当に犬のように見えて、恋人というよりペットと飼い主の気分になる。列は遅々として進まないが、ゆったりと流れるこの時間は嫌いではなかった。
「佐丸、本を貸してくれ」
手持ち無沙汰になっていたのか、レイヴンが佐丸に本をねだった。まさかこんな人が多いところで「恋愛心理学」を読むつもりなのかと思ったが、無言で並んでいるよりもましだろうと思い佐丸はレイヴンに本を渡す。念のため書店でカバーを付けておいてもらって良かった、と安堵しつつ真剣な表情のレイヴンを横目に観察する。
やはり、何度見てもレイヴンの顔は自分の好みそのものだ。酷薄そうな雰囲気がありながら、瞳の奥には生来の幼さが滲み出ている。それが不思議な魅力となって、死神なのに人間くさいのだろう。
レイヴンの顔を眺めているうちに、オーダーの順番が来てしまった。
「レイヴン、空いてる席に座って待ってて」
店内は少し混雑している様子だった。先に席を取っておかないと座れなくなりそうだ。佐丸は若干の不安を覚えながらもレイヴンに指示を出し、自分は新作のドリンクと軽食を注文した。
注文を受け取ってレイヴンを探そうとしたが、すぐに場所がわかった。レイヴンは壁沿いのソファ席に座っていたが、チラチラと周囲の視線を一身に浴びている。
本人は周りの視線に気付いていないようで、真剣な顔で「恋愛心理学」を読んでいた。
「お待たせ」
トレイをテーブルに乗せると、本を閉じてレイヴンが顔を上げた。周囲からきゃあ、と悲鳴が上がる。そんな声など耳にも入っていないのか、レイヴンは新作ドリンクを目にしてパッと表情を明るくした。透明なカップに沈む真っ赤ないちごソースと、その上に乗っている生クリームに目を煌めかせている。
「ほら、飲んでみな」
生クリームの上からストローを挿すと、レイヴンは「あぁっ」と短い悲鳴を上げた。綺麗に盛られた生クリームがストローで潰れてしまうのがショックだったらしい。
「ストロー挿さないと飲めないから」
悪いことをしてしまったような気になって、佐丸はバツが悪そうに目を逸らしてレイヴンの対面に座った。レイヴンはカップを掴むと、上から横から眺め回しておそるおそるストローに口を付けた。ずずっと啜ると勢いよくドリンクが吸い上げられていく。
「あ、おい。そんな急に吸うと」
頭が痛くなるぞ、と思ったが果たして死神にもその理屈は通じるのだろうかと迷って佐丸は口を閉じた。今は実体化しているから、もしかしたら人間と同じで冷たいものを一気に啜ると頭が痛くなるかもしれない。
じっとレイヴンの様子を観察してみるが、特に変わった様子はなさそうだった。濃厚ないちごソースにびっくりしている。
周りから「かわいー」というヒソヒソ声が聞こえてきて、佐丸は思わず頷きそうになる。佐丸はレイヴンが口を付けなかった方のコーヒーを手に取り、「それで? レイヴンの学校のこと教えてくれるんじゃなかった?」と尋ねた。
「……んぐ、そうだった」
唇に付いた生クリームを舌先で舐め取り、レイヴンはなにから話そうかと考えている。
「教える、と言ってもな。むしろ佐丸はなにが聞きたい?」
「僕? 僕は……そうだな、人間界の勉強って具体的になにするの?」
「あぁ、そのことか。えーっと、まず養成学校には一応、教材があるんだ。人間の世界で流行したドラマとか漫画、小説とかの。そういったものを読んで、一通り人間世界のことは知識として知ってるんだ」
「……のわりには昨日横浜で大はしゃぎしてコンビニにも感動してたよな」
「知ってると体験するは違うだろ。それに、俺が見ていた教材にはコンビニも横浜も出てこなかった」
「そうなんだ? まぁ、コンビニをメインで映すような作品なんてそうそうないか」
「他には、人間の生態や社会について勉強したな。俺たち死神は、生死の狭間の魂を監視して回収する役割がある。ある程度人間のことについて知っておかないと、トラブルになるからな」
こんな風に、とレイヴンは佐丸を見つめて眉を持ち上げた。言いたいことが伝わってきて、佐丸は笑いを堪えるようにふっと息を吐いた。
「あのぉ……」
こうしていると本当に犬のように見えて、恋人というよりペットと飼い主の気分になる。列は遅々として進まないが、ゆったりと流れるこの時間は嫌いではなかった。
「佐丸、本を貸してくれ」
手持ち無沙汰になっていたのか、レイヴンが佐丸に本をねだった。まさかこんな人が多いところで「恋愛心理学」を読むつもりなのかと思ったが、無言で並んでいるよりもましだろうと思い佐丸はレイヴンに本を渡す。念のため書店でカバーを付けておいてもらって良かった、と安堵しつつ真剣な表情のレイヴンを横目に観察する。
やはり、何度見てもレイヴンの顔は自分の好みそのものだ。酷薄そうな雰囲気がありながら、瞳の奥には生来の幼さが滲み出ている。それが不思議な魅力となって、死神なのに人間くさいのだろう。
レイヴンの顔を眺めているうちに、オーダーの順番が来てしまった。
「レイヴン、空いてる席に座って待ってて」
店内は少し混雑している様子だった。先に席を取っておかないと座れなくなりそうだ。佐丸は若干の不安を覚えながらもレイヴンに指示を出し、自分は新作のドリンクと軽食を注文した。
注文を受け取ってレイヴンを探そうとしたが、すぐに場所がわかった。レイヴンは壁沿いのソファ席に座っていたが、チラチラと周囲の視線を一身に浴びている。
本人は周りの視線に気付いていないようで、真剣な顔で「恋愛心理学」を読んでいた。
「お待たせ」
トレイをテーブルに乗せると、本を閉じてレイヴンが顔を上げた。周囲からきゃあ、と悲鳴が上がる。そんな声など耳にも入っていないのか、レイヴンは新作ドリンクを目にしてパッと表情を明るくした。透明なカップに沈む真っ赤ないちごソースと、その上に乗っている生クリームに目を煌めかせている。
「ほら、飲んでみな」
生クリームの上からストローを挿すと、レイヴンは「あぁっ」と短い悲鳴を上げた。綺麗に盛られた生クリームがストローで潰れてしまうのがショックだったらしい。
「ストロー挿さないと飲めないから」
悪いことをしてしまったような気になって、佐丸はバツが悪そうに目を逸らしてレイヴンの対面に座った。レイヴンはカップを掴むと、上から横から眺め回しておそるおそるストローに口を付けた。ずずっと啜ると勢いよくドリンクが吸い上げられていく。
「あ、おい。そんな急に吸うと」
頭が痛くなるぞ、と思ったが果たして死神にもその理屈は通じるのだろうかと迷って佐丸は口を閉じた。今は実体化しているから、もしかしたら人間と同じで冷たいものを一気に啜ると頭が痛くなるかもしれない。
じっとレイヴンの様子を観察してみるが、特に変わった様子はなさそうだった。濃厚ないちごソースにびっくりしている。
周りから「かわいー」というヒソヒソ声が聞こえてきて、佐丸は思わず頷きそうになる。佐丸はレイヴンが口を付けなかった方のコーヒーを手に取り、「それで? レイヴンの学校のこと教えてくれるんじゃなかった?」と尋ねた。
「……んぐ、そうだった」
唇に付いた生クリームを舌先で舐め取り、レイヴンはなにから話そうかと考えている。
「教える、と言ってもな。むしろ佐丸はなにが聞きたい?」
「僕? 僕は……そうだな、人間界の勉強って具体的になにするの?」
「あぁ、そのことか。えーっと、まず養成学校には一応、教材があるんだ。人間の世界で流行したドラマとか漫画、小説とかの。そういったものを読んで、一通り人間世界のことは知識として知ってるんだ」
「……のわりには昨日横浜で大はしゃぎしてコンビニにも感動してたよな」
「知ってると体験するは違うだろ。それに、俺が見ていた教材にはコンビニも横浜も出てこなかった」
「そうなんだ? まぁ、コンビニをメインで映すような作品なんてそうそうないか」
「他には、人間の生態や社会について勉強したな。俺たち死神は、生死の狭間の魂を監視して回収する役割がある。ある程度人間のことについて知っておかないと、トラブルになるからな」
こんな風に、とレイヴンは佐丸を見つめて眉を持ち上げた。言いたいことが伝わってきて、佐丸は笑いを堪えるようにふっと息を吐いた。
「あのぉ……」
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