死神様の恋愛マニュアル

よもやま

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1.死神の大原則③

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「~~~~ッ!!」

 レイヴンは声にならない叫びを上げて、必死に佐丸の手から逃れようとする。しかし佐丸はレイヴンの腕を掴んだまま、なにやら複雑な身の上話まで始める始末だ。
 ゲイがどうだの、元彼がDVクソ野郎だの……。

 人間学は得意な方だったが、さすがに聞き馴染みのない言葉ばかりで何一つ理解出来ない。レイヴンは聞き流すことにした。とにかく今は、人間と接触してしまったこの状況をどうしたらいいのか。そればかりが気にかかる。
 空いてる手で必死に『落ちて死ぬはずだった魂と接触してしまった場合の事故対応』を探してみるが、それらしい項目は見つからなかった。

 がっくり肩を落として、覚悟を決めるしかないのかと溜め息が漏れる。
 マニュアルの原則通りならば、『魂に接触した場合は必ず回収しなければならない』。
 つまり、どうにかしてこの佐丸に死んで貰う必要があるということだ。だがこの状況でどうやって再びこの佐丸にフェンスを乗り越えさせるべきか、それがわからなかった。

 人間は負の感情を言葉にして吐き出すことで、気持ちの整理をつけてしまう生き物だという。気持ちの整理を付けた生き物は、そう簡単に自らの命を捨てることはしないだろう。まさに今、レイヴンが直面している状況だった。

「でもさ、お兄さんが変な人だから」
「へっ、変な人!?」

 唐突な言葉に、レイヴンはとうとう反応を示してしまった。
 今、こいつは俺のことを「変な人」と言ったのか?
 アンブレラと違って、レイヴンはまともな死神のつもりだった。ヒョウ柄のシャツなんて着ないし白いスーツだって着ない。標準的な黒いスーツに、髪型だってマニュアル通り清潔感を意識している。

 死神養成学校では真面目で勤勉な死神として通ってきたのに……。あまりの衝撃にしばし茫然として、レイヴンは佐丸の言葉に反応してしまったことなどすっかり頭から抜け落ちていた。

「変な人でしょ。あんなにたくさん猫の鳴き真似できる人いないよ」

 佐丸はレイヴンの鳴き真似を思い出しているのか、小刻みに肩を震わせる。擬態のために張り切った鳴き真似が裏目に出ていたようで、レイヴンは「そんな馬鹿な……」と呟いていた。

「ん、ふふ……。そんなショック受ける? って、うわ」

 震えるレイヴンの声を笑っていた佐丸が、突然目を見開いた。

「なっ、なんだ……?」

 ついでに口もポカンと開けて、信じられないものでも見たかのようだ。「うあ……」とうろたえながら視線が彷徨う。心なしか、頬が赤く染まっているようにも見えた。

「こ、こんなこと言われて気持ち悪かったらごめんなんだけど、お兄さん……かっこよすぎて」
「かっこいい……?」

 佐丸にそう言われ、レイヴンは自らの顔に触れる。顔の造形を確かめると、確かに一般的に美形と言われる形をしているようだった。鼻筋が通っていて瞳も切れ長の二重、頬の輪郭もシャープで全体的に顔の肉付きが薄い気がする。唇も薄い気がしたが、皮膚はつるりと滑らかだ。

 死神は、対象者にとって一番魅力的な姿で映る――授業でそう教わった覚えがある。
 今この佐丸の目の前に映っているのは、世界で一番好みの顔をしている男なのだろう。屋上で猫の鳴き真似をする怪しさなど吹き飛ばしてしまうほどに。
 なるほどこれは、利用できるかもしれない。
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