死神様の恋愛マニュアル

よもやま

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1.死神の大原則①

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 死神の大原則。
 一つ、回収前の魂に接触してはならない。
 一つ、魂に接触した場合は必ず回収しなければならない。
 一つ、人間に恋をしてはならない。

 死神養成学校で学んだ大原則を頭の中で復唱しながら、レイヴンは悲壮感漂うスーツの背中を見つめていた。
 養成学校の卒業試験として出された課題――それは、一ヶ月の期限内に人間の魂を回収すること。
 レイヴンが注視しているスーツの男、佐丸良幸がこの十階建てマンションの屋上から落ち、魂の回収作業が成功すればレイヴンの卒業試験は終了だ。晴れて死神として一人立ちが出来る。

 そのために、レイヴンは負のオーラが濃いこの佐丸をずっとず~っと、人間界に降りてからず~っと、付かず離れずの距離で監視していた。
 佐丸がいつ死んでもいいように。

 しかし転落防止用のフェンスを掴んだまま、佐丸は先ほどからほとんど動かない。ひょいとフェンスを跳び越えて、ぴょーんと飛び降りるだけ。恐怖は一瞬で、後は永遠に楽になれる。だというのに、かれこれ二時間も地上を見下ろしたままだ。
 レイヴンの教育係で試験官でもある先輩死神のアンブレラは、

「死んだ体から魂を回収するだけやって。犬でもできる簡単な作業やで」

 と言っていたが、二時間も進展がないままだとさすがのレイヴンも不安になってくる。しかも屋上についてからは二時間だが、佐丸を見つけたのは夕方頃なのだ。かれこれもう八時間ほど、佐丸が死ぬのを待っていることになる。人間の世界で言えばこれ以降は時間外労働、というやつだろう。しかしまだ死神候補生のレイヴンには、特別手当など支給されない。

 これがサビ残ってやつか……。
 人間社会の悪しき風習を思い出し、レイヴンはげんなりする。さっさと魂を回収してしまいたい。しかしこうして我が身の不幸を嘆いている間も、佐丸はまったく動く気配が無かった。 

 このままただ待っているだけでいいのだろうか。なにかしら誘導した方が早く終わるのでは。という考えが浮かんでしまうが、対象者との接触は死神の大原則で禁じられている。
 いかんいかん、と頭を振ってレイヴンは逸る気持ちを抑えながら佐丸の監視を続ける。
 だがやはり、これだけ動きがないと不安は拭えないものだ。そもそも、アンブレラの言葉を信用しても大丈夫だったのか。今更ながら疑問が浮かぶ。

 ヒョウ柄シャツに白スーツとサングラスを好んで身に着けるアンブレラの言葉だ。ファッションセンスと同様に、口からでる言葉も全て怪しむべきだったのでは……と考えてレイヴンは溜め息を吐く。
 アンブレラは悪い死神ではない。けれど本人の資質のせいなのか、面白がって後輩をからかう癖がある。
 もしかしたら自分も弄ばれていて、犬でもできる簡単な作業なんて嘘を吐かれたのかもしれない。
 冷静になって考えれば、これは卒業試験なのだ。簡単だと言われた言葉を素直に受け取る方がどうかしている。

 アンブレラなら、言葉の裏を読めと言いそうだ。
 なんだか有り得そうな気がしてきて、レイヴンは小脇に抱えていた魂回収の業務マニュアルに視線を落とした。スーツの佐丸から目を離すのは得策ではないが、回収業務の手順が合っているか途端に気になり始めてしまった。
 一度気になるともう駄目だった。手順を一からおさらいしなければ、気持ちが落ち着かない。
 レイヴンは佐丸の存在を気にしながらも該当ページを探し当てる。


一、担当官の死神は対象者が死亡するまで対象者に接触してらならない
二、対象者の死亡が確認できた場合、すぐに魂を回収すること
三、回収方法は以下の通り
・死亡確定後、人間の魂は一時的に口の中に留まった状態となる
・担当官は対象者の口の中から魂を吸い出して回収すること
・安全に業務を行うため、回収業務中は貸与された結界を張ること


 確認した手順はレイヴンの記憶と同じ内容だった。ほっと安堵すると同時に、突然フェンスの揺れる音がした。
 まさかと思い顔を上げると、佐丸が意を決したようにフェンスに足をかけている。ようやく覚悟が決まったらしい。レイヴンは緊張からか、マニュアルを抱き込みながら息を飲む。

 佐丸がフェンスを乗り越える。
 しかしその手はまだ、フェンスを掴んでいる。
 手が離れたら、佐丸は地上に落ちる。
 落ちたら急いで落下地点に飛んで行き、結界を張って魂を回収する。
 イメトレを繰り返しているうちに、レイヴンの緊張も高まっていく。
 佐丸を監視して八時間超、ようやく回収業務に取り掛かれる。
 息を潜めるレイヴンの期待に応えるように佐丸は身を乗り出し、その手を――

「…………っ、いや離さへんのかい!」

 離さずその場にへたり込んでしまった。
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