ネームレスセックス

よもやま

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16:「……最低な気分だ」

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 自分の性的指向が男であることに気付いたのは、中学に入ってからだった。中学一年生の水泳の授業で、水着姿の女子ではなく同級生の裸を見て勃起してしまった。
 友人には女子の水着を見て勃起したと勘違いされ、その時にどの子がタイプかと聞かれて、俺は……答えられなかった。

 俺の肩を抱く友人の白い腹にずっとドキドキしていた。
 家に帰ってから友人の裸を思い出して、初めてオナニーをしたのもその日だった。
 ヤバいくらいに興奮して、しばらくはそいつの裸をオカズにしていた。

 なんとなく、俺が男を好きなことは誰にも言ってはいけないと感じていた。周りの男友達が口にするのは、女の身体のことばかりだったからだ。
 誰のおっぱいが大きいだの、誰の尻がエロいだの。

 
――お前は? 

 
 と聞かれる度に、心臓が潰れそうになっていた。適当に答えて、その場に合わせて下品に笑っているのは楽だった。何も考えずに済んだから。
 だけど本当は、「その中にはいないよ。俺が好きなのは男だもん」と言ってしまいたかった。
 友達相手に嘘を吐き続けることが辛かった。俺達親友だもんな、と言われるたびにお前は嘘吐きだと言われているようで。

 だけど結局、俺は自分の性的指向を隠し通すことを選んだ。
 伝えたところで誰にも理解されないと、思い知ってしまったから。

 ■

「大芽、顔色悪いけどちゃんと寝てるの?」

 母の千絵子が心配そうに大芽の顔を覗き込んだ。大芽は味噌汁をすすりながら、「うん」と短く答える。
 嘘言わないの、と呆れた声が飛んでくる。大芽を心配しての言葉だろうが、「嘘」という単語に、箸を持つ大芽の手が震えた。

 中学二年にもなれば、第二次性徴が始まり明け透けな話題も増えてくる。その全てに嘘を吐き続けている状況に、大芽の心は限界を迎えていた。
 男の身体を自慰行為のオカズにして、けれどその罪悪感で眠れなくなる。そんな毎日を繰り返していた。
 悪循環になっていることはわかっていたが、どうしていいかわからなかったのだ。

「ねえ大芽、何か……悩みでもあるの?」

 いつもは向かいに座る千絵子が大芽の隣に座った。大芽は箸を置いて俯く。
 千絵子は大芽の手を握り、「大丈夫よ」と優しく声を掛ける。自分の子どもを心の底から心配している、優しい声だった。
 水仕事で少し荒れた手が、大芽の心を解いていく。

「お母さんもお父さんも、大芽の味方よ。だから、何でも言っていいの。心配しないで」

 大丈夫だから、と千絵子がもう一度口にする。励ますように強く手を握られ、大芽はゆっくりと口を開いた。

「お、れ……」
「うん」
「……男が好きなんだ」

 数回浅い呼吸を繰り返し、大芽は一息に吐き出した。
 大丈夫だと言ってくれた母さんなら、受け入れてくれる――そう思って。
 けれど千絵子は「え?」と小さく呟いて、大芽の手を離した。
 その時の絶望を、大芽はずっと忘れられずにいる。


 *****


「安達~、はよっす。二日酔い大丈夫か?」

 朝の挨拶と同時に、廉太郎のデスクに栄養ドリンクが置かれた。顔を上げると笹垣が意地の悪い笑みを浮かべている。

「お前昨日、飲み過ぎて途中で寝ちゃったの覚えてる?」
「う……な、なんとなく?」

 昨日の失態を指摘され、廉太郎は気まずそうに視線を逸らす。正直なところ、昨日のことは途中から覚えていなかった。
 ただ、飲み屋で笹垣にからかわれて、誤魔化すように酒を呷った記憶はある。その後、大芽の幻覚を見て目が覚めたら大芽の家にいたのだ。
 結局、朝は慌ただしく大芽の家を出てきてしまったために理由を聞きそびれてしまったことに廉太郎は今更気付く。だが、大芽の家に居たということは昨日の幻覚は幻覚ではなかったということだろう。

 笹垣に礼を言って栄養ドリンクを飲み干すと、ようやく少し頭がすっきりしたような気がした。
 そしてすっきりした頭で廉太郎は考える。昨日の大芽が幻覚では無かったとしたら、大芽が深夜帯に繁華街にいたということになる……。

「昨日……」

 大芽のことを笹垣に尋ねようとして、廉太郎は口を閉じた。笹垣が大芽のことを知っているはずがない。聞いたところでわかるわけがないのに。
 そう思ったが、しかし

「あ、そうだ昨日。俺の飲み友達に会ったんだけど、まさか安達とも知り合いだとは思わなくてびっくりしたわ」
「……え?」
「タイガくんって言うんだけど、知り合いなんだろ? 共通の友達がいて、知り合ったって聞いたけど」

 笹垣の言葉に廉太郎は混乱した。大芽が飲み友達だと聞かされて、意味がわからなかった。
 大芽は未成年で、学生のはずで、飲酒できるような年齢ではないはずだ。そう、信じていた。
 嘘を吐かれていた?
 何のために?
 俺を、からかって遊んでいたのか?
 どうして――
 疑問と不信と衝撃が廉太郎の頭を埋め尽くす。

「安達、どした? やっぱ二日酔い?」

 突然黙り込んだ廉太郎を不審に思ったのか、笹垣が顔を覗き込んでくる。

「あっ、いや……」

 廉太郎は咄嗟に首を振り、

「そうなんだ。大芽とは最近、知り合って……」

 そう口にするだけで精一杯だった



 ずっと頭が混乱したまま、廉太郎は大芽に指定された通り新宿に来ていた。ここ数週間で何度もやって来た場所だ。そのことを考えると身体の奥がじん、と熱くなり廉太郎は慌てて頭を振った。
 大芽との待ち合わせ時間までまだ三十分ほど余裕があった。大芽とのチャット履歴を読み返すくらいしかやることがなく、廉太郎は溜め息を吐く。

 昨日からずっと、大芽に振り回されているし大芽のことばかり考えている。
 思い返せば、大芽の言動には違和感があった。それは、廉太郎自身も薄々気付いていたことだ。
 けれど深く考えてこなかったのは大芽に翻弄されていたからだ――そう言い訳をして、自分自身が違和感から目を逸らしていたからでもある。

 大芽の言葉を盲目的に信じて、その指に汚される自分の姿に廉太郎はどこかで心地良さを感じていた。
 大芽といると呼吸が出来た。
 清廉潔白、清く正しく美しく。そんな生き方に縛られて、母の望み通りの息子を演じ続ける自分が、大芽の前でだけは淫らに乱れて汚れて、安堵できた。
 けれど今は、

「……最低な気分だ」

 大芽の嘘など、小さなことだ。些細なことだ。そう思うのに、その嘘一つを許せない自分の潔癖さと、大芽にとって自分はやはりただの遊び道具でしかなかったという事実が、廉太郎の中で渦巻く。
 陰鬱な気持ちに支配されかけた廉太郎の視界に、革靴が映る。顔を上げた廉太郎の目の前にいたのは、スーツを着た河本大芽だった。

「大芽……」

 スーツを着こなしている大芽を目にして、廉太郎は驚きを感じていない自分に驚いていた。
 やはり嘘を吐かれていたというショックはあるものの、どこか腑に落ちる物があったのだ。

「似合ってるな、スーツ」
「廉太郎、お前に話したいことがある」
「ああ、俺も。大芽に聞きたいことがある」

 笑って答えると、大芽は珍しくバツが悪そうに頭を掻いた。

「ここじゃなんだし、飯でも食いながら話そう」

 廉太郎と目を合わせないまま、大芽は歩き始めた。
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