ネームレスセックス

よもやま

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15:「なんで泣いてるんだ」

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 シャワーを借りている間に、大芽は朝食の準備まですませていた。ドライヤーで髪を乾かして部屋に戻ると、トーストの香ばしい匂いが漂ってくる。

「俺、朝はパン派なんだけど」
「ああ、俺もパンで大丈夫だ。ありがとう」
「廉太郎はご飯党って感じだよな」

「……まぁ、家ではそうだな」
「納豆と味噌汁って感じ」
「な、なんでわかる」
「はは。やっぱ?」

 テーブルを挟んで座りながら、廉太郎は差し出されたトーストに齧り付いた。
 腹にエネルギーを入れて、ようやく廉太郎の頭も回り出す。ふと、ある違和感が気になった。

「そういえば」 
「なに?」
「大芽はここで一人暮らしなのか? 広いけどワンルームだろう、ここ」

 廉太郎の問いに、大芽がぴたりと動きを止めた。
 大芽の部屋はワンルームだが、十二畳近くはありそうだった。壁際にベッドがあり、向かい側にテレビ台が置いてある。その隣に掃除機やら収納ラックがあり、テーブルはカウンターキッチンの前に置いてある。
 一人で住むには広くて良い部屋だが、家族と一緒に住むには狭すぎる。

「あー……うん。俺ゲイだから、親と反りが合わなくて?」

 廉太郎の問いに、大芽は曖昧な表情を浮かべて返す。その顔を廉太郎がどのように受け取ったかわからないが、廉太郎は大芽を真っ直ぐ見つめたまま

「どうしてだ?」

 と口にした。 

「どうしてって」
「大芽がゲイであることと、親との反りが合わないことに何の関係があるんだ。ゲイでもゲイじゃなくても、大芽は大芽だろう。因果関係が不明じゃないか?」
「因果関係……」

 堅苦しい言葉で眉を顰める廉太郎は、真面目な顔で考え込んでいる。個人の性的嗜好と親子関係の繋がりに何の関係があるか、本気でわからないと言いたげだった。
 その顔を見て、大芽は思わず噴き出してしまった。

「ふっ、はは……あっははは! 因果関係、因果関係ね!」
「んなっ、わ、笑うなよ!」
「んふ、ふっ……ふは、はー……」
「……大芽、お前」

 腹を抱えてひとしきり笑って、顔を上げると廉太郎が驚いた表情を浮かべていた。遠慮がちに手が伸びて、大芽の頬に触れる。

「なに……、あれ?」
「なんで泣いてるんだ」

 廉太郎の言葉と同時に、床の上に雫が落ちた。大芽の両目から涙が零れている。

「いいの? 触って」

 頬に触れる廉太郎の手を引き剥がしながら、大芽は意地悪そうに笑ってみせる。しかし廉太郎は茶化す大芽の誘いには乗らなかった。

「……ノーカンだろう」
「それ、俺のセリフ……」

 鼻を啜りながら、大芽は涙を拭って乾いた笑いを零した。

「大芽」
「早く飯食えよ。冷めるぞ」

 大芽は廉太郎の言葉を遮って、先にテーブルについてしまった。踏み込んでくるなと線引きされたようで、廉太郎は口を閉ざすしかない。
 だが、ここで引いてしまったら大芽のことを知る機会はもう二度と訪れないような気がした。
 廉太郎は大芽の正面に座り、もう一度「大芽」と乞うように名前を口にした。

「……わかったよ」

 廉太郎の両目に見つめられ、大芽は諦めたように溜め息を吐いた。

「自分がゲイだってことに抵抗はないし、受け入れて生きてきたつもりだったけど……どっかで息苦しく感じてたんだろうな」

 大芽は目線をそらしながらトーストを囓り、ぽつりと語り始める。
 息苦しかった、という寂しそうな声に廉太郎は目を細める。同じではないかもしれない。けれどその息苦しさは、廉太郎の中にもあるものだ。

 抑圧され、自分を隠し、社会に馴染むように生きてきた。名前に縛られ清廉潔白に、清く正しく美しく生きてきた。
 望んでそうしてきたわけではない。だからずっと、廉太郎も息苦しかった。

「だけど、さっき廉太郎が言っただろ。関係ない、因果関係が不明だって。因果関係ってなんだよって笑ったけど、気が抜けたっていうかさ。
 多分俺はさ……俺がゲイでもそうでなくても、河本大芽っていう人間に変わりないって、誰かにそう言って貰いたかっ……」

 そこまで口にして、大芽は急に黙り込んでしまった。

「大芽?」
「……俺いま、すげぇ恥ずかしいこと言ってる」

 俯く大芽の項が、じわじわと赤く染まっていく。自分で口にした言葉がどれだけ恥ずかしいものだったのか、今更になって気付いたのだろう。

「だっさ……」

 大芽は照れ隠しのように呟くが、廉太郎はそんな大芽の姿を愛おしく感じていた。

「そんなことない。だって俺、今初めて大芽の本音を聞いた気がする。自分を偽らずにさらけ出せるのは、かっこいいよ」

 廉太郎の言葉に、俯いていた大芽が顔を上げた。頬はまだうっすらと赤いが、その目はどこか切なげに揺れている。

「……廉太郎、あのさ」

 大芽が廉太郎の名前を呼び、何かを口にしようとした。しかし、続く言葉は廉太郎のスマホによって遮られる。
 出社時間を告げるアラーム音に、廉太郎は慌てて席を立つ。

「あ、悪い大芽……。俺、もう行かないと」
「ああ、もうそんな時間か」
「そうみたいだ。大芽は、学校は……」
「なあ、今日は仕事の後時間あるか?」

 カバンを掴んで玄関に向かう廉太郎の背中を、大芽が呼び止めた。

「ああ、あるけど……」
「だったら、また後で連絡する。予定空けておいてくれ」
「わ、わかった」

 大芽の顔は真剣だった。廉太郎は気圧されるように頷いて、不思議そうな顔をしたまま靴を履いて玄関を出て行った。

「あ!」

 直後、閉じかけたドアが勢いよく開いて廉太郎が叫んだ。

「昨日はありがとうな! まだお礼言ってなかった。じゃあ、行ってくる!」

 部屋に戻ろうとしていた大芽の背中に、廉太郎の声が届く。落ち着いてからチャットアプリででも言えばいいものを、廉太郎は直接言わないと気が済まないのだろう。
 呆気に取られた大芽は、気が抜けた笑い声を漏らしてしまう。

「は、はは……っあー、くそ」

 そして自覚してしまった。
 律儀で、礼儀正しくて、堅物で、だけど真っ直ぐな安達廉太郎という男の言葉に、自分の呼吸が楽になっていることを。
 多分これは、恋に似ている。
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