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13:「ひでぇ寝顔」
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寝息を立てる廉太郎を見つめて、大芽は溜め息を吐く。
廉太郎を見つけたのは偶然だった。仕事終わりに同僚と飲みに行き、店を出たところで見慣れた黒髪を見つけたのだ。ベンチに座ってぐでんぐでんに船を漕いでいる姿が気になって、つい声をかけてしまった。
自動販売機で水まで買って、廉太郎の頭を抱き寄せて、自分でも甲斐甲斐しいと笑ってしまう。
廉太郎は、恋人でもなんでもないのに。
「……はっ、恋人ね」
自分の頭に浮かんだ言葉を、大芽は自嘲気味に笑う。
ゲイを自覚してから、恋人を作ったことなど一度もなかった。作ろうと思ったことすらない。
大芽にとって恋人など、『普通の幸せ』を装うためのハリボテでしかなかった。
男が好きで、セックスするには性器でもないアナルを使うしかない。
身体を重ねても満たされるのはその一瞬だけ。その先の関係を欲しがっても、永遠を誓うことすら難しい。
そんな自分が『普通の幸せ』を望むことは、意味の無い無駄なことだと思っていたのだ。
なのに、廉太郎と出会って調子が狂ってしまった。
今まで考えることさえ放棄していた『恋人』というものに思いを馳せるほどには、大芽の中で廉太郎の存在が根を張り出している。
「ひでぇ寝顔」
だらしない寝顔を晒す廉太郎の鼻を、八つ当たりのように摘まんでやる。ふがっと声を上げた廉太郎に笑いながら、大芽は廉太郎の髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「あ、あれ?」
そこに、タクシーを捕まえた笹垣が戻ってきた。笹垣はベンチに座る大芽と廉太郎に気付き、目を丸くしている。
「タイガ?」
「は? ユージ……?」
「え、っと……なにしてんのここで」
「あー、っと」
どう答えるべきか、大芽はつい言葉に詰まってしまった。笹垣が驚くのも無理はないだろう。バーで「片思いの相手」として、大芽に廉太郎の写真を見せていたのだから。
笹垣は混乱した顔で大芽を見つめていたが、突然その目が鋭くなった。
「もしかして、安達と知り合い? ていうか、まさかとは思うけど付き合ってんの?」
剣呑、という言葉がぴったりなほど笹垣の眉に皺が寄る。
裏切られた、と感じているのかもしれない。
「ちょっと待てって。違うよ、付き合ってない」
「でも今、頭撫でてただろ。俺が写真見せたのわかってて……っ」
「落ち着けよ。この人と知り合ったのはその後だって。共通の友人がいて、その時に親しくなっただけだよ。俺も今日は飲み会で、店出たらアホ面で寝てる安達さんがいたから、からかって髪の毛ぐしゃぐしゃにしてやっただけだってば」
そう言って、大芽は廉太郎の頭をポン、と叩いた。呼び慣れない安達という名字に舌が縺れそうになりながら、なぜか必死に自分と廉太郎の関係をごまかしていた。
廉太郎の酷い寝癖のような乱れた髪を見て、笹垣はようやく我に返ったらしい。急に顔を赤くしてしゃがみ込んでしまった。
「うわーっ、なん、俺……はずっかし……」
「はっはっはー。なんだっけ、そんな真面目なもんじゃない、だっけ?」
うろたえる笹垣をからかうように、大芽はにんまりと口角を持ち上げる。バーで飲んだ日に聞かされた笹垣の強がりを口にすると、笹垣は気まずそうに頭をかいた。
「あー……意外と、マジになってるのかも」
消え入りそうな声で呟く笹垣は、首まで真っ赤になっている。
「はは、そんなこったろうと思った」
「うぅ~~っ。と、とりあえず! 話したいことはいろいろあるけど、タクシー待たせてるから」
暑い、と言ってネクタイを緩めながら笹垣は立ち上がった。
「安達、起きろって。帰るぞ」
呼び止めたタクシーをいつまでも待たせておくわけにはいかないと、笹垣は爆睡する廉太郎に声をかける。
「安達~、起きろって」
しかし廉太郎は全く起きる気配がない。笹垣は溜め息をついて、廉太郎の腕を掴んで立ち上がらせようとした。
「……え、タイガ? 何?」
廉太郎に触れようとした笹垣の手を、大芽が遮った。
「え?」
自分自身の行動が理解できなかったのか、大芽は笹垣の腕を掴んだまま呆けた声を上げる。
「あ、あーいや、手伝おうと思って。安達さん結構がっしりしてるから、ユージ一人じゃ大変だろ」
不自然にならないようにどうにかごまかして、大芽は笹垣の腕を離した。
「それは、助かるけど……」
「だろ。じゃ、ユージは左腕掴んで。俺はカバン持って右腕掴むから。いくぞ、せーの!」
追求されないように、大芽は無理矢理大きな声を出した。笹垣は一瞬だけ不審そうな顔をしたが、脱力した成人男性の重さにすぐさま顔色を変えた。
「おっっっも!」
笹垣は空に吼えて、大芽と二人がかりで廉太郎をタクシーまで引きずっていった。
「すんません、待たせちゃって」
「安達さん、住所言える?」
「う……うぅ、じゅうしょ……」
後部座席に廉太郎を押し込むと、タクシーの運転手はあからさまに迷惑そうな顔をした。
「ちょっとお客さん、この人本当に大丈夫? 住所も言えないようじゃ乗せらんないよ」
「はは、俺もそう思います。……ユージ、俺んちここから近いから、とりあえず今日は安達さん俺の家に泊まらせるんでいい?」
「はっ? だったら俺んち……は、さすがにマズイか」
「お前の理性に期待するしかないな」
「う……タイガ、頼む。安達には俺から説明しとくから」
理性に、と問われて笹垣は言葉を濁した。酔ってる相手をどうこうするつもりはさすがにないだろうが、据え膳を我慢できるほど真摯な男でもないのだろう。
笹垣の葛藤を笑いながら、じゃあ俺は? と大芽は心の中で自問する。
「オッケー。じゃあ運転手さん、とりあえず高田馬場まで出してください。住所は近くなったら伝えるんで」
付き添いがついて安心したのか、運転手は「はいよー」と短く答えて後部座席のドアを閉めた。ゆっくりとタクシーが走りだす。
笹垣の姿が見えなくなったところで、大芽はシートに背中を預けた。
何をやっているんだろうな、と呆れてしまう。自分と廉太郎の関係をごまかすようなことを口にしたり、笹垣が廉太郎に触れるのを止めようとしたり、さっきも笹垣が廉太郎を送ると言い出す前に牽制したようなものだ。
独占欲じみた感情が湧いている。
らしくないと思うのに、大芽は右肩に触れる重みを離しがたいと感じていた。
廉太郎を見つけたのは偶然だった。仕事終わりに同僚と飲みに行き、店を出たところで見慣れた黒髪を見つけたのだ。ベンチに座ってぐでんぐでんに船を漕いでいる姿が気になって、つい声をかけてしまった。
自動販売機で水まで買って、廉太郎の頭を抱き寄せて、自分でも甲斐甲斐しいと笑ってしまう。
廉太郎は、恋人でもなんでもないのに。
「……はっ、恋人ね」
自分の頭に浮かんだ言葉を、大芽は自嘲気味に笑う。
ゲイを自覚してから、恋人を作ったことなど一度もなかった。作ろうと思ったことすらない。
大芽にとって恋人など、『普通の幸せ』を装うためのハリボテでしかなかった。
男が好きで、セックスするには性器でもないアナルを使うしかない。
身体を重ねても満たされるのはその一瞬だけ。その先の関係を欲しがっても、永遠を誓うことすら難しい。
そんな自分が『普通の幸せ』を望むことは、意味の無い無駄なことだと思っていたのだ。
なのに、廉太郎と出会って調子が狂ってしまった。
今まで考えることさえ放棄していた『恋人』というものに思いを馳せるほどには、大芽の中で廉太郎の存在が根を張り出している。
「ひでぇ寝顔」
だらしない寝顔を晒す廉太郎の鼻を、八つ当たりのように摘まんでやる。ふがっと声を上げた廉太郎に笑いながら、大芽は廉太郎の髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「あ、あれ?」
そこに、タクシーを捕まえた笹垣が戻ってきた。笹垣はベンチに座る大芽と廉太郎に気付き、目を丸くしている。
「タイガ?」
「は? ユージ……?」
「え、っと……なにしてんのここで」
「あー、っと」
どう答えるべきか、大芽はつい言葉に詰まってしまった。笹垣が驚くのも無理はないだろう。バーで「片思いの相手」として、大芽に廉太郎の写真を見せていたのだから。
笹垣は混乱した顔で大芽を見つめていたが、突然その目が鋭くなった。
「もしかして、安達と知り合い? ていうか、まさかとは思うけど付き合ってんの?」
剣呑、という言葉がぴったりなほど笹垣の眉に皺が寄る。
裏切られた、と感じているのかもしれない。
「ちょっと待てって。違うよ、付き合ってない」
「でも今、頭撫でてただろ。俺が写真見せたのわかってて……っ」
「落ち着けよ。この人と知り合ったのはその後だって。共通の友人がいて、その時に親しくなっただけだよ。俺も今日は飲み会で、店出たらアホ面で寝てる安達さんがいたから、からかって髪の毛ぐしゃぐしゃにしてやっただけだってば」
そう言って、大芽は廉太郎の頭をポン、と叩いた。呼び慣れない安達という名字に舌が縺れそうになりながら、なぜか必死に自分と廉太郎の関係をごまかしていた。
廉太郎の酷い寝癖のような乱れた髪を見て、笹垣はようやく我に返ったらしい。急に顔を赤くしてしゃがみ込んでしまった。
「うわーっ、なん、俺……はずっかし……」
「はっはっはー。なんだっけ、そんな真面目なもんじゃない、だっけ?」
うろたえる笹垣をからかうように、大芽はにんまりと口角を持ち上げる。バーで飲んだ日に聞かされた笹垣の強がりを口にすると、笹垣は気まずそうに頭をかいた。
「あー……意外と、マジになってるのかも」
消え入りそうな声で呟く笹垣は、首まで真っ赤になっている。
「はは、そんなこったろうと思った」
「うぅ~~っ。と、とりあえず! 話したいことはいろいろあるけど、タクシー待たせてるから」
暑い、と言ってネクタイを緩めながら笹垣は立ち上がった。
「安達、起きろって。帰るぞ」
呼び止めたタクシーをいつまでも待たせておくわけにはいかないと、笹垣は爆睡する廉太郎に声をかける。
「安達~、起きろって」
しかし廉太郎は全く起きる気配がない。笹垣は溜め息をついて、廉太郎の腕を掴んで立ち上がらせようとした。
「……え、タイガ? 何?」
廉太郎に触れようとした笹垣の手を、大芽が遮った。
「え?」
自分自身の行動が理解できなかったのか、大芽は笹垣の腕を掴んだまま呆けた声を上げる。
「あ、あーいや、手伝おうと思って。安達さん結構がっしりしてるから、ユージ一人じゃ大変だろ」
不自然にならないようにどうにかごまかして、大芽は笹垣の腕を離した。
「それは、助かるけど……」
「だろ。じゃ、ユージは左腕掴んで。俺はカバン持って右腕掴むから。いくぞ、せーの!」
追求されないように、大芽は無理矢理大きな声を出した。笹垣は一瞬だけ不審そうな顔をしたが、脱力した成人男性の重さにすぐさま顔色を変えた。
「おっっっも!」
笹垣は空に吼えて、大芽と二人がかりで廉太郎をタクシーまで引きずっていった。
「すんません、待たせちゃって」
「安達さん、住所言える?」
「う……うぅ、じゅうしょ……」
後部座席に廉太郎を押し込むと、タクシーの運転手はあからさまに迷惑そうな顔をした。
「ちょっとお客さん、この人本当に大丈夫? 住所も言えないようじゃ乗せらんないよ」
「はは、俺もそう思います。……ユージ、俺んちここから近いから、とりあえず今日は安達さん俺の家に泊まらせるんでいい?」
「はっ? だったら俺んち……は、さすがにマズイか」
「お前の理性に期待するしかないな」
「う……タイガ、頼む。安達には俺から説明しとくから」
理性に、と問われて笹垣は言葉を濁した。酔ってる相手をどうこうするつもりはさすがにないだろうが、据え膳を我慢できるほど真摯な男でもないのだろう。
笹垣の葛藤を笑いながら、じゃあ俺は? と大芽は心の中で自問する。
「オッケー。じゃあ運転手さん、とりあえず高田馬場まで出してください。住所は近くなったら伝えるんで」
付き添いがついて安心したのか、運転手は「はいよー」と短く答えて後部座席のドアを閉めた。ゆっくりとタクシーが走りだす。
笹垣の姿が見えなくなったところで、大芽はシートに背中を預けた。
何をやっているんだろうな、と呆れてしまう。自分と廉太郎の関係をごまかすようなことを口にしたり、笹垣が廉太郎に触れるのを止めようとしたり、さっきも笹垣が廉太郎を送ると言い出す前に牽制したようなものだ。
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