ネームレスセックス

よもやま

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5:「ないよ。あったとしても見せねえし」

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 ロックグラスを傾けた瞬間に、気安い腕が大芽の肩に絡んだ。こんな悪戯を仕掛けてくるのは知っている限り一人しかいない。

「久しぶり、ユージ」

 グラスを置いて名前を呼ぶと、ユージと呼ばれた男はにやけた顔で大芽の隣に腰を下ろした。

「なんだよ、久しぶりはお前だろー? 先週の制服イベント以来じゃん。あ、もしかして彼氏でもできた?」 
「そうだっけ? 別に彼氏はできてないけどね」

 オモチャは見つけたよ、と言いかけて大芽は口を噤んだ。自分が欲望に忠実なクズ野郎という自覚はあったが、それをわざわざ口にする必要もない。
 けれどユージは大芽の微妙なニュアンスを聞き逃さなかった。

「けど、違うモンは見つけたって感じ?」

 面白そうなネタを見つけた、と顔が笑っている。

「……ま、隠すことでもないか」

 ユージとはこのゲイバーでしか会ったことがないし本名すら知らないが、それなりに長い付き合いでもある。タチ同士のおかげで一夜を共にしたことはないが、身体の相性以外は他の常連客よりは良く知っていた。
 大芽はどこから説明しようか……と少し迷って、あの日の廉太郎を思い出す。



「……って感じで制服着たままラブホ行っちまったからパパ活してる男子高校生と勘違いされて、面白いからそのままにしてる」
「ふっ、はは! なんかすごいことになってんなー。でもお前童顔だし、制服着てたら高校生に見えなくもない……か?」

 観察するようにじっと見つめられ、大芽は煙たがるように顔を背ける。若く見られることは嬉しいが、さすがに十代に見られるのは若いと言うより幼いと言われているようで素直に喜べない。

「俺もまだまだイケてんなって思ったわ。来年三十のアラサーなのに」
「えっタイガ、アラサーなの?」
「そーだよー」

 自虐的に年齢を口にして、大芽はそういえば廉太郎の年齢を知らないことに気付いた。スーツの着こなし具合から新卒ではないことはわかっているが、自分より年上だとも思えなかった。
 隣に座るユージはオールバック気味に髪を上げていて男臭い顔をしているが、溌剌とした態度や物怖じしない気安さからは大芽にない若さを感じる。外見的に、廉太郎とユージの年齢は近いように思えた。

「……年齢バレNGだったらごめんだけど、そういえばユージって何歳?」
「俺? 別にNGじゃないけど、なんで?」
「あー……その、ラブホ前で俺のこと止めた相手と、まぁ……そういう感じになってて」
「はあ!?」
「声デカ」
「一緒にいった相手は?」
「そっちは……、ゲイバレしたくなかったのかパパ活勘違いされてビビったのか知んないけど、そのまま逃げられた」
「なーんだそれ。タイガ、面白ネタ抱えすぎじゃね?」
「面白いか? これ」
「めちゃめちゃおもろい。で、なんでそういう感じになっちゃったわけ?」

 ユージはぐっと身を乗り出して、興味津々といった様子で話の続きを待っている。ユージに説明したのは早まったかもしれないと若干後悔しながら、大芽は仕方なくその後の顛末を語る。

「一週間ぶりにヤれると思ってたのに邪魔されたから、むしゃくしゃしてホテルの中に連れ込んじゃったんだよね」
「うわ」
「そしたら童貞なんですって言うから」
「言うから?」
「面白くなっちゃって」

 未成年と勘違いさせたまま強制オナニーさせて動画も撮って、次の日にも呼び出してローター咥えさせて射精させた、などとはさすがに言えなかった。

「……って俺の話はもういいんだよ。そいつとユージが同年代っぽいから年齢気になっただけで、深い意味はないから」
「あー、なるほど。っても、俺もピチピチの新入社員ってわけでもないけど。いくつに見える?」

 ユージは大芽の話を野次馬根性で完全に面白がっている。やっぱりちょっと早まったな、と溜め息を吐きながら、大芽は氷が溶けて水っぽくなったウイスキーを飲み干す。 

「……二十八。だったら良いなっていう俺の願望だけど多分二十五くらい?」
「おお、正解。すごいね。四歳差ってやっぱデカいの?」
「社会人の四歳差なんて誤差の範囲だろ。って思うけど、一応俺も来年三十だし」
「それさっきも言ってた」

 ユージが呆れたような声を上げる。気にしすぎ、とでも言いたいのだろう。けれど自分が三十になったときに相手がまだ二十代だというのは、やはり気になるところではある。

「ま、だからって関係終わらせるつもりはないんだけど」
「ふっ、ドエス~。そんなに気に入ったなんて珍しいね」

 ユージの言葉には含みがあった。
 基本的に、大芽は特定の相手を作らないようにしている。タチ専でワンナイトのみ。二度目はないし連絡先も交換しない。
 一晩限りの快楽を、試着のようにとっかえひっかえするのが常だった。
 煩わしいことは嫌いなはずなのに、なぜか廉太郎に対してだけは二度目を求めている自分がいる。

「……まぁ、そうだな。なんか……」

 なぜだろう、と考える頭に浮かんだのはイジメ甲斐のある泣き顔と身体だった。
 声に出さないまま、大芽は唇を緩ませる。

「やらし~顔しちゃって。タイガがそんな顔するなんて、相手どんな奴か気になるなー。写真とかないの?」
「ないよ。あったとしても見せねえし」

 ユージのおねだりを一蹴しながら、大芽はスマホに保存してある廉太郎の動画を思い浮かべる。
 あの日以来、大芽の夜のオカズは廉太郎の自慰動画になっていた。清廉潔白な男が命令されて自慰に耽る姿は、大芽の中の支配欲と嗜虐心を刺激するのだ。
 お気に入りと言われれば、多分そうなのだろう。廉太郎のあんな姿を誰かに見せるつもりはないし、万が一興味を持たれても困る。そんな風に独占欲めいた感情が湧いている。

「……そういえば、ユージの方はどうなったの。ノンケに片思い中なんだろ? なのにゲイバー来ちゃっていいの」

 自分の中に湧いた慣れない感情から目を逸らすように、大芽は空になったグラスを弾きながらユージに問いかけた。『片思い中』の言葉に、ユージはあからさまに動揺する。

「ぐっ、そ、それとこれとはまた別っていうか。片思いって言っても、そんな真面目なもんじゃねーし」
「へぇ?」
「それにノンケ相手じゃ脈なしもいいとこだろ。性欲我慢してまで思い続ける相手じゃねえよ。ただちょっとイイな~って思うだけで毎日の生活が楽しくなるっていうか」
「癒やしって奴?」
「そー、それ。まぁ、可能性がゼロじゃないなら口説きたいとは……思ってるけど」
「真面目じゃない、ねえ」

 予防線を張りまくるユージをからかいながら、大芽はグラスに溶け残った氷を揺らす。

「写真とかねーの?」
「……あ、るっちゃあるけど」
「隠しど」
「飲み会の写真!」
「はは、そういえば相手は同期だっけ?」

 大芽は釘を刺すユージの顔に意地悪な笑みを返すと、見せろと言うように手を出した。ユージは舌打ちを返して、スマホに飲み会の写真を表示させた。

「これ。右側の短髪が、俺の同期の安達」

 写真に映った相手の顔に、大芽は一瞬呼吸を忘れた。
 映っていたのは、廉太郎だった。
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