上 下
227 / 228
第一章 王国編第二部(中等部)

エピソード186 ライラックの悪戯

しおりを挟む
「売り上げがヤバいですよショパンさん……」

 制服を導入してから一ヶ月半……ハッピースマイルポテイトンのイングリッシュガーデン風の庭に咲いていたライラックの優しく甘い香りが、オレの心をなんとか落ち着かせていた。
 それもそのはず、最初は制服効果で集客率も高くガッポガッポと売り上げていたのだが、ここ数日は在庫が余る事が多くなってきている。そして土曜日の今日も在庫が余ってしまい、ハッピースマイルポテイトン開業してからの出来事にオレは戸惑っていた。

「まぁまぁクライヴ殿、流行を追うお客様もいれば、定期的に利用して下さる常客もおります。確かに売り上げは三割減で在庫も余る事が増えましたが、一度見直しをかけて一ヶ月で換算すると一人当たり銀貨七枚程度分の利益が得られるはずです」

 ショパンさんはオレを落ち着かせようと、ゆっくりと優しい口調で話してくれた。

(ショパンさん、色々と考えて下さりありがとうございます! そうなんですよね、売り上げが下がり続けると多分二人が冒険者協会の依頼で稼ごうと言い出しそうなんで……それだけは阻止したいんですよ!)
  
 オレは一旦落ち着こうと、庭のベンチに座って晴天の空を見上げる。
 
「クライヴ君、ほら花弁が五枚あるラッキーライラックですよ。幸運のシンボルって言われているんです」

 振り向くとクラリネさんが立っていて、ライラックの花弁を手のひらで優しく包み込んでいた。
 クラリネさんは元気の無いオレを励まそうとしてくれているのだが、そんな思いも虚しく…………悪い予感は現実となった。

 庭から店内に戻ってきたオレの前にショパンさんから経営状況を聞いたみんなが駆けつけてきた。
 
「クライヴ! 大変じゃろうが! ショパンさんから聞いたんじゃけど、他の事で稼がないけまーがいけないだろう
「ショーン、落ち着け。ハッピースマイルポテイトン以外でぼく達ができる事があるじゃないか」
「はぁ? リアナ何を言っとん……おっ! そうじゃな!」
「さぁクライヴ! 冒険者協会に向かおうじゃないか! 今こそぼく達の騎士道精神を発揮する時だよ!」

(知らんがな…………)
 
 そんな二人のやりとりを見ていたモーガンが呆れ顔でオレの方を向いた。

「さぁクライヴ、行こうか。こうなったら誰もあの二人を止めれないよ」

 オレはモーガンの説得に渋々とした表情で頷いた。

「わ。私はお力になれないので、何か新しいアイデアを探しに大通りで色々なお店を見学してきます」

 クラリネさんとは途中で別れて、オレ達は冒険者協会の扉を開いた。

 中に入るとすぐに二人が、アイコンタクトで頷きだす…………
  
「リアナ、わかっとるのぉ?」
「あぁ、ショーン」
「選ぶんは」
「もちろんだよ」
「「討伐依頼!」」

 そんなバトルジャンキー達は依頼書が貼られている左側の大きな壁に向かって行った……

「アンタ、諦めなさいよ! リアナとショーンがああなったら止められないでしょ! そもそもアンタがいけないのよ! 売り上げが悪くなっているのを黙っているから!」
 
 フィーネには諭されて? オレは奥にあるスペースに移動して、ソファーに腰掛けて一息を吐いた。

「クライヴ、そんなに落ち込んでいるの? ちょっとボクも採取依頼を探してくるよ」

 モーガンはオレの心情を察してくれて、オレ向けの依頼を探しに行った。
 
 待つ事五分間……………………

 何故か意気消沈したリアナとショーンが帰ってきて、リアナは捨てられた子犬のように目を潤ませて……ショーンはこの世の終わりと思う程の表情を見せていた…………

(あれだけウキウキして依頼書を探しに行ったのに、何で落ち込んでいるんだよ!)

 オレはあえて二人に何があったか触れないようにしていたが、フィーネがリアナを心配してからか声をかけていた。

「リアナ? どうしたの?」

「クッ! ぼ……ぼく達のレベルで引き受けられる討伐依頼が無かった! 自分の力の無さが情けない!」
「へへ、そうじゃな……先生と師匠にもっと稽古をつけてもらわないけまー」

 何故か話がどんどんと飛躍し過ぎて、リアナとショーンはザック先生ヒューゴ師匠に鍛えてもらって中級冒険者になるんだと意味がわからない事を言い出している。

 (採取依頼で平和に行こうよ……)

 そんな二人にオレは呆れ返っていると、頼みの綱のモーガンが帰ってきた。

「今ある討伐依頼は高難易度でボク達では受けれない依頼ばかりだったね。この採取依頼はどうかな? 」

 オレはモーガンの持っている依頼書を見せてもらうと、そこには今が旬のラズベリーの採取の依頼だった。

「ラズベリーの群生地は近場の森だったはずだし、もし獣が出た時はリアナやショーンも戦う事ができるよ」

「「「う~ん……」」」

 オレとリアナとショーンはモーガンに説得され、ラズベリーの採取依頼を受ける事にした。
 窓口に向かい採取依頼を行う手続きをしていると、窓口のお姉さんからオレ達を心配してくれてからか最近王都であった不可解な噂を話してくれた。

「リトルホープのみなさん。最近王都で子どもが消えたりするという変な噂が広がってきています。被害者が出たとか、そう言った話は聞いた事ないのですが…………一応念の為に依頼が完了しても気をつけてくださいね。」

(前にテリー様が調べていた事が王都にも起きているのか……でも被害者が出ていない? 誰かが流している出鱈目でたらめな情報か?)

「ありがとうございます。ボク達も注意して行動します」

 オレ達は窓口のお姉さんにお礼を言って、冒険者協会付近の飲食店で腹ごしらえをしてから採取に向かう事にした。
 目的地は徒歩二十分の小さな森、騎士団の演習を行う場所の近くからなのか獣達も駆除されており、殆ど獣は見かけない場所となっている。それでも二、三ヶ月に一回程度は獣が出現するらしく、果物屋さんが冒険者協会に採取依頼をお願いするらしい。
 ちなみにこの依頼はラズベリーが二百グラムで小銀貨一枚と中々報酬も良いのだが、この旬の時期しか依頼が無いらしい……

 時刻は約十三時半……
 飲食店で腹を満たしたオレ達は採取に向けて王都から外に出た。

 今日は天気も良く、そして道中も危険は感じられない。

「久しぶりじゃなぁ。依頼を受けるんわ」
「ぼくもこのままじゃ腕が鈍ってしまいそうだよ」
「だそうだよクライヴ。これ以上はボクでもリアナやショーンを抑える事は出来ないよ。近々討伐依頼だね」
「ねぇねぇ、アレって行商人の馬車かしら? 何を売っているんだろう? リアナ、王都に帰ったら見に行かない?」
「フィーネ……ハッピースマイルポテイトンのバイト代も減るだろう。ぼく達は節約する事を覚えないといけないよ」
「もう! リアナの意地悪ぅぅ」
 
 オレはみんなのやり取りを微笑ましく思いながら歩いていると、あっという間に目的地に到着した。
 森は小鳥達の囀りが響き渡り、木漏れ日が気持ち良く、獣など出そうもない明るい印象の森だった。
 そして辺りを見渡すと沢山のラズベリーの実がなっていて、ちょっとした副収入が期待できる量だった。
 黙々と作業をする事、数十分。
 オレ達は約一キロ程度のラズベリーを集めて、王都に帰る事にした。

「移動込みの約一時間で小銀貨五枚かぁ。みんな結構良い依頼だったなぁ」

「ぼくは討伐依頼が……」
「ワシもじゃ……討伐依頼の方がええ」
二人を除いては表情は明るく、帰路についた。

 そして二日後の月曜日、珍しくクラリネさんが欠席をしていた。リアナやショーンにその事を話したら、どうやらエルザ様も欠席しているらしい。
 オレは特に気にしていなかったが、次の日もその次の日もクラリネさんの欠席は続いた。
 ハッピースマイルポテイトンもお客さんが減少したのでクラリネさん抜きでも店はまわるが、流石にここまで欠席が続くと心配になってきた。
 その日もハッピースマイルポテイトンでの仕事も終わり、みんなとわかれて一人で庭の設備点検をしていた所、意外な人物に話しかけられた。

「クライヴ君、少しお時間よろしいかしら?」
 
夕日に照らされたローズブロンドの髪の輝きと、鼻腔をくすぐる上品かつほのかに甘いライラックの香水の香りにオレは一瞬思考が停止した。

「ちょっと、クライヴ君? 私の話を聞いていますか?」

  目の前には制服姿のアリア様が立っていた。

「す、すみません! アリア様!」
「また様付けで言いましたね。同じ学友ですので様付けはやめて下さいませんか」
「すみません……アリアさん」

 なんでこの場所にアリア様がいるのかわからないが、アリア様の表情は少し固かった。

「クライヴ君、驚かないで聞いて下さい。クラリネさんとエルザが何者かに攫われました。騎士団が内密に調べていた失踪事件と関連があるか分かりませんが、限りなくクロでしょう」
「そ、そんな………………それなら騎士団に任せたらいい事じゃ!」
「もしかしたらサンダース辺境伯を陥れる為に王国の人間が関与しているかもしれないので騎士団も信頼できるごく少数の人員で捜索しています」
「そんな噂が知れ渡っているなら騎士団が少数で動いても意味ないじゃないですか!」
「この情報は、お父様やランパード辺境伯しか知らない情報です。私もこの情報を集めるのに時間がかかりました」
「何故……そんな機密情報をオレなんかに……」
「信頼しているからです」 
「えっ?」
「クライヴ君なら助けてくれるって」
「いや、オレはそんな強い人間じゃ……」
「じゃあ、あの時のミッタールマウスの毒から助けた時のお礼をしていただきますね。私からのお願いは、クライヴ君達にエルザやクラリネさんを助けて欲しい。もちろん私も協力するわ」

(マジかぁぁぁ…………ここでアリア様のお願いを聞くと約束したやつを発動しますかぁ…………でもクラリネさんとさやエルザ様の事も助けたいし……あぁああ! ヤケクソだよ!)

 オレは大きく深呼吸をして腹を括った。
「う~ん………………よし! アリアさんのお願いを叶えるよ」
「……ぁ……がとう」

 アリア様が何か呟いて聞き取れなかった。
 そしてオレにお願いをしたアリア様は、表情こそ変わらないが、何故か雰囲気が柔らかくなった印象を受けた。

(とりあえず、帰ってから作戦会議だな)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

処理中です...