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第一章 王国編第二部(中等部)

エピソード176 センチミニッツブルーコンゴの後ろには

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「寒い……」

「ちょっとアンタが早く出てくるからアタシまで寒い思いをしなきゃいけないのよ! 謝りなさいよ!」

 雪が降り頻り、地面には薄らと足跡が残っている。朝日は眩しくポカポカと背中を温めてくれるが冷たい風が頬を撫でて正直こんな日は外出したくないと思ってしまう土曜日の午前九時、オレと不機嫌なフィーネは正門近くでみんなを待っていた。

 そもそも事の発端は、出発する前にそれぞれ足りない物を準備しようと言う話になり、午前九時に正門前集合しようと一旦散らばった事だ。
 オレは魔道具店で繰り返し使えるカイロ的な物を探していたのだがどこを探してもそんな便利な物は見当たらない……探すのを諦めて店員さんに聞いてみると、どうやら強い衝撃で魔道具が壊れた際に出火する恐れがあるらしく、そんなこんなでカイロ的な物の開発はしていないようだ。

(冬って寒いんだよなぁ……それに今年は特に寒いらしいし、今後何とかならないのかなぁ)

 そしてフィーネはさっきからオレのパーソナルスペースに侵入してきてオレの身だしなみのチェックをしていた……

「ほら、ここの鎧の紐解けてるわよ! 髪だって後ろの方寝癖ついてるし、もう! しっかりしてよね!」

 何故一緒について来て魔道具には見向きもせずオレに小言を言うのか……

(オカンか!)

…………………………そして集合場所で待つ事数分

「クライヴ、フィーネ、ごめん。待たせたようだね」

 そう言ってモーガンは道具屋から出てきた。
 モーガンはマジックポーションを一本購入したようだが、何とも言えない表情だった。
 マジックポーションは魔力を回復させる薬なのだが、青汁と腐った卵のような不味さが凄まじいので勇気と根性と忍耐が必要な有名なポーションだ。
 ネックなのが一本小金貨二枚という高過ぎる値段…………しかもこれは国からの補助による騎士団又は冒険者価格といって騎士団に所属する中堅以上や初級冒険者以上の人達の割引価格となっている。
 普通の一般の人や冒険者見習いなら金貨五枚もするらしい。
 まぁ貴族達が買い占めないように設けた制度らしい。
 ちなみにマジックポーションを作るのに必要な材料が魔獣や魔物といった素材だ。
 マクウィリアズ王国には魔獣はレアな存在で魔物は五十年に一度出現するかどうかのもっとレアな存在なので、まず素材を見つける事ができない。
 その為マジックポーションは聖グランパレス皇国からの輸入でしか手に入れる事ができない。
 なのでマクウィリアズ王国では値段が高騰しやすい。
 余談だが、ポーションは銀貨五枚で売っていて素材も主に薬草なので比較的入手しやすい。
 ただ効果は傷を治したりするのではなく、疲れにくくなるというか持久力がアップする程度の物で、またマジックポーション同様に容器が小さいワインのような瓶なので割れないように注意する必要がある。
 後、傷を治すのは回復魔法か薬草しかない。
 食べても良し、塗っても良し、自然治癒力を高める効果があるがクズから最高級まで種類は様々で値段も銅貨一枚から金貨一枚まで幅広く、冒険者には最もポピュラーな回復手段だ。

(モーガン、学祭の戦闘祭りで魔力切れでリタイアしたから、その事を気にしてるのか? にしても奮発したなぁ)

「モーガン、お金は大丈夫なのか?」

「大丈夫だよクライヴ。普段節約して貯金は沢山あるからね。それに命はお金に代えられないよ」

 そう言ってモーガンは照れ臭そうな笑顔を浮かべていた。

「おう、待たせて悪りぃのぉ」

「すまないみんな、掘り出し物があってつい時間を忘れて夢中になってしまったよ」

 ショーンとリアナが武器屋から戻ってきたが二人の手には見慣れない武器を持っていた。
 ショーンの背中には槍に戦斧がついた武器。斬る、突く、払う、叩くといった万能武器の約二メートルぐらいのハルバードが顔を覗かせていた。
 そしてもう一方のリアナはショーテルを腰にかけていた。
 両刃の刀身がくの字に大きく彎曲していて、相手の防御の隙間を縫う攻撃や、手首を返す事なく斬り返しができたり、切っ先で引いたりもできる優れものらしい。
 二人ともホクホク顔だが、その値段は小金貨五枚と決して安い物では無かった。

(おいおいモーガンもショーンもリアナも! 約一年後には高等部の入学金で小金貨五枚分必要なんだぞ! ハッピースマイルポテイトンがこのまま盛況なら半年ぐらいで入学金は貯まるけど……)

 そんなこんなで出発が遅れたが、オレ達はセンチミニッツブルーコンゴの被害があった集落付近の街道を目指して約一時間の道のりを歩き出した。


 道中は冬の寒さに手が悴んで白い吐息で指先を温めながら歩いていたが、目的地の街道にたどり着くとなにやら遠くで誰かが戦っている物音や声が聞こえてきた。
 オレ達は身を隠すようにしゃがみ込んで、まずはみんなで作戦会議をした。

「クライヴ! 早く助けに行こう! 助太刀が必要かもしれないだろ。ぼくの騎士道精神が胸の奥で熱く叫んでいるんだ!」

 リアナは今にも飛び出しそうな勢いでオレを見ていた。

「うん。分かった。リアナ一旦落ち着こうか」

「そうだね。ここは冷静な判断ができるクライヴとフィーネに任せて、助けが必要そうかどうか様子を見てもらおうか。残ったボク達は助けが必要で多人数の敵を想定して作戦を考えよう」

「おう」

 ショーンは力強い返事をしたが、正直オレは全てフィーネにお任せできないかと神に祈っていた…………叶わない願いだったが。

「ほら、さっさと行くわよ!」

「フィーネ……オレって必要か?」

「何言ってんのよ! アンタも任されたでしょ! たまには良いところ見せなさいよ!」

 フィーネのとてつもないガン飛ばしプレッシャーに負けてオレはフィーネと一緒にどよめいている現場に向かった。
 曲がりくねった街道を進んで七百メートル程歩いたところに、何やら複数の人達と獣達が戦っているようだ。
 
「ここからだとよく見えないわ」

「フィーネ、近づくのは止めて一旦みんなに報告しよう」

 オレとフィーネは敵にこちらの存在がバレるのを防ぐ為にこれ以上近づくのを止めて、一旦みんなの元に戻って報告した。

「この先で冒険者みたいなグループとなんか大きな獣達が戦っていたぞ。どうする?」

「さぁ助太刀に行こう」

「そうじゃ!」

「クライヴも覚悟を決めて現場に向かおうか」

 モーガンのその一言により、リアナとショーンは駆け出した。

「ちょ、ちょっと待てよ」

「仕方ないよクライヴ。腹を括ろう」

 オレ達もモーガンの作戦を聞きながら後を追った。
 作戦は、ショーンとリアナとモーガンの三人組と、オレとフィーネの二人組に分かれて対処するとの事だった。

(何故オレとフィーネだけなの……)

 モーガンの作戦を聞きオレが不満そうな顔をしていると「クライヴが本気を出せば大丈夫だよ」と黒い微笑みが返ってきた……

(モーガンこの野郎!)

 煮えたぎる思いを堪えて冒険者達が戦っている所から二十メートル付近まで近づくと、冒険者の三人組グールプがセンチミニッツブルーコンゴ四匹と壮絶な戦いを繰り広げていた。

「青ワニ猿が四匹か……」

「「「「青ワニ猿?」」」」

「あぁ、センチミニッツブルーコンゴなんて言いにくいからオレが勝手に青ワニ猿って呼んでいるんだ」

 オレ達はそんなやり取りを終えてもう一度冒険者達と青ワニ猿達の様子を確認した。
 冒険者達は中々の装備に身を包んでおり、それぞれ一対一で戦っていた。その力量からして多分中級冒険者達クラスの人達だろう。
 次に青ワニ猿を見てみると三匹は二メートル弱の一般的な大きさで相変わらずの青い体毛にゴリラボディとワニの顔の不思議な姿だった。
 しかし後ろに控えている青ワニ猿は体毛も少なくて、身体はひと回り大きく二メートル半ぐらいあると思われる。
 その立ち姿はあきらかに他とは違った!
 肩にタンスを含ませているのではと思わずにいられない僧帽筋と三角筋の筋肉隆々たる本物のバルクアップを見せつけている。
 また腹筋の方に目を向けると、その割れ目の凄まじさは二世帯住宅の八LDKと言えるのではないだろうか。
 腹筋の表面に浮かぶ血管は住宅の外装塗装が割れに割れている程のキレキレ具合で、その仕上がりには可能性を感じずにはいられない。
 最後に両脚を刮目すると、ワイドパンツに土下座して謝らねばならない程の大腿四頭筋とハムストリングスや下腿三頭筋による圧倒的な威圧感と筋繊維の暴力。
 それら全身の筋肉の理想的なバランスはマーベラスと称えてしまう程の仕上がりと言っても過言ではない!
 
 そんな青ワニ猿の肉体美に、一晩で成せるモノではなくピラミッドを作る為に一つ一つ石を運ぶ程の根気と年月を重ねてきたのだろうと気圧されていると、モーガンがみんなに声をかけた。

「グレートボスブルーコンゴだね」

「あぁ、冒険者の方々が青ワニ猿を相手してくれているので、ぼく達はグレートボスブルーコンゴに集中できそうだ」

「けっ! やるしかないのぉ!」

「あれがグレートボスブルーコンゴなのね。アタシ達なら大丈夫よねクライヴ?」

(いや知らんがな……何そのグレートボスって凄そうなネーミングは?)

 オレは困惑しながら、いつものお助けモーガンに頼って説明してもらった。
 どうやらグレートボスブルーコンゴ(ボス猿でいいや)はその高い統率力から十匹以上の群れを引き連れている事が多く、群れの青ワニ猿達に指示を出す習性から集落や街道の人達を襲ったのでないかとの事だった。
 ボス猿を倒すと群れのリーダーを失った事で青ワニ猿は群れるのをやめて元々生活している森に逃げていくらしい。
 ちなみに青ワニ猿達が少ない理由としては、これまでの討伐依頼で何匹かは冒険者達に討伐されたのではとの事だった。

(まぁとにかくボス猿を倒したら問題は解決すると言う事なんだな! とりあえず冒険者の方々に方針を聞いてみよう)

「…………」

 オレのアイコンタクトにモーガンは反応し、冒険者達に声をかけてくれた。

「初級冒険者のリトルホープです! 援護は必要でしょうか?」

「あぁ助かる。後ろの大きい奴を頼む!」

 リーダーらしき人が返事をしてくれた。

「モーガン、相手が一匹の場合はどうするんだ?」

 オレの問いかけにモーガンは笑みを浮かべた。

「いつものようにだよクライヴ。
 ショーンは敵の正面で盾役で! 
 クライヴとリアナは両サイドから攻撃を! 出来れば背後に回り込んで弱点のお尻を狙って! 
 フィーネはショーンの援護を! 
 ボクは魔法を放ってからクライヴとリアナのフォローに回るよ」

「オッケー」
「おう!」
「了解した」
「わかったわ」

 そしてモーガンの指示に従いオレ達は動き出した。

(流石にバックを取るのは難しいから、リアナと他の方法を探したほうがリスクは少ないか?)
 
 そんなオレの考えをよそにリアナは冷酷な言葉を告げた。
   
「クライヴ、ボクが道を切り開く! 必ず隙を作ってみせるから後は任したよ」

(ちょ、そんな大役任されても!)

 オレは生まれたての子鹿のように足を震わせながら自分の運のなさと仲間からの過剰な期待に嫌気が差していた…………
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