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第一章 王国編第二部(中等部)

エピソード170 戦闘祭り 先輩方

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「何っ!」

 モーストの上段斬りをモーガンはギリギリで躱して、カウンターで腕を狙う。
 だが、腕に届く前にモーストの木剣に振り落とされてしまう。

「モースト君! わざとフィーネの顔を狙っていたね」

 モーガンは厳しい表情でモーストに問い詰める。

「ふん! 平民を躾けようとしていただけだよ」

「フィーネを傷つけようとした事を後悔させてあげるよ」

「えっ?」

 モーガンの言葉にフィーネは驚く。

(まさかモーガンがフィーネの事でそんなにキレるとは……初めてじゃないかな、モーガンがキレるの)

 モーガンは木剣を握り直して、モーストに向かっていく。疲労困憊な身体に鞭を打って……
 モーストも迎え打つように木剣を構える。
 モーガンの胴斬りフェイントからのサイドステップしながらの袈裟斬りにモーストはしっかり対応して鍔迫り合いにもっていく。
 力勝負だと痺れ状態のモーガンが不利になる。
 そこでモーガンは左手を木剣から離して、鍔迫り合いで圧されながら手の平をモーストに向けた。
 その手の平からは冷気が漂い、十メートル離れたオレにも薄らと感じる事ができた。

「ま、魔法!?」

「ボクの勝ちだね」

 モーストは驚きの声をあげ、鍔迫り合いをやめた。そしてすかさず木剣で防御姿勢を取る。

 しかしモーガンの手の平からは何も発動せず、ただ小さな煙のようなものが出るだけだった。
 オレも含めてモーガン以外みんな呆気に取られていたが、その隙をモーガンは逃さない!
 もう一度腕を狙い木剣を振り下ろし、少し遅れてモーストもモーガンの腕を狙う。

 パキッ………………

 お互いの木剣が折れて、的には当たっていなかった。
 でも……モーガンは意識を失うように地面に倒れた。

「「モーガン!」」

「クライヴ君! 魔力切れを起こしただけよ!」

 遠くから聞こえるエルザ様の声でオレは安心した。そしてモーストは自分の木剣が折れて狼狽えている内にフィーネの弓で仕留められていた……

「覚えておれ! 平民ども! この私をコケにした事を一生償わせてやる」

 そしてモーストはお決まりの捨て台詞を吐いていた。

「モーガン!」

「………………」

「モーガン…………これでは君と戦えないじゃないか……クッ!」

「リアナの言う通りだわ。これじゃ失格になるわね」

「クライヴ…………アタシ、モーガンに迷惑かけちゃったのかな……」

「モーガンはなんとも思ってないよ。むしろフィーネを助ける事ができて喜んでいるよ。きっと」

(いやぁぁああ! どうするこれから! モーガン無しはキツいって……もう無理ですって!)

 そんな時に悪い事は続くもので、遠くに見えるテントから人影が現れた。

「クライヴ! お姉ちゃん登場だよ! 漁夫の利だよ」

「ようクライヴ! そっちは同盟結んでるみたいだから、遠くから見学させてもらったぜ!」

 現れたのはルーシー様………………ルーシーお姉ちゃんとジェイミー様だった。

(ピーーンチ! 詰んだ……)

「クライヴ! モーガンがいなくなった今、君に指揮を任せるとしよう」

「クライヴくんお願いね! あとジェイミーは私に任せて!」

 エルザ様は力こぶをつくるポーズをとり、やる気に満ち溢れていた。

「アンタに無理させないわよ! ア、アタシもいるんだからね!」

(何故今ツンが出るフィーネよ)

「エルザさん! ジェイミー様をお願い。リアナはもう一人の前衛の先輩を頼む、その後はフィーネのサポートで! フィーネは後衛の魔法使いとルーシーお姉ちゃんをオレと一緒にやつけよう!」

「「「了解!」」」

 まずはエルザ様が飛び出す!

「ジェイミー! あんた相変わらず姑息よね。そんなに自信ないの? テリー先輩なら正々堂々と戦うわよ!」

「おい、今兄上は関係ないだろ! それに勝負の世界は勝つ事に意味があるんだよ」

「だからあんたは弱いのよ!」

「ちっ!」

 エルザ様の口撃にジェイミー様は顔を顰めた。

(なんと言うか……喧嘩するほど仲が良いんだろうね)

 しかし二人の戦いは見る者を圧倒するぐらい気迫がこもっており、その木剣同士の激しい打ち合いはまるで音楽を奏でるような心地よい音が響き渡る。

「やるなぁ!」

「あんたもね!」

 男性と女性の体格差を活かしたジェイミー様の攻撃。
 その力に負けないようにエルザ様は技術で押し返す。
 一進一退の攻防戦、ジェイミー様の上段から下段と流れるような攻撃に、受け流すエルザ様。
 しかしエルザ様は中々攻めに転じる事ができない。
 均衡を破ったのは一瞬の出来事だった。

「ここで質問! あえてあんたの攻撃を受けていたのはどうしてでしょうか?」

「もしかして…………」

「そう! そのもしかしてよ! この隙を狙っていたのよ! フィーネ!」

 ちょうどジェイミー様のその位置は、フィーネから背中がガラ空きになる位置に立っていた。
 そして振り返りフィーネの一撃を防いだ後の、エルザ様の腹部への攻撃を防ぐ事は出来なかった。

「ぐっ! クソぉぉ!」

「あんた、昔から集中すると周りが見えなくなるの悪い癖だよ」

 悔しがるジェイミー様を見るエルザ様の眼差しは、まるで母親が幼子を見るような優しい表情だった。

「よそ見していいのかしら? ウィンドカッター」

 二人の先輩が同じ魔法をオレに向かって放つ。

(なにこれ痛そうなんですけど)

 割とスピードは出ているが痺れが取れた今のオレなら躱す事ができる。
 次に攻撃に移ろうとするが、先輩との距離は五十メートル程離れていた……

(これは長期戦だな)

 徐々に近づきたいオレと、距離を取りたい先輩達。
 近づこうとするとルーシーお姉ちゃんのファイヤーボールも飛んできて、その魔法はエグいぐらい精度が良すぎてギリギリ躱すのに精一杯だ。

「クライヴ、ぼくの方は終わったから助太刀するよ! フィーネ、援護を頼む」

 リアナがオレの隣にきてアイコンタクトで動き出す。
 オレは左側から回り込み、リアナは右から直線的に攻めていく。
 リアナの方が危険なのでフィーネが援護射撃で先輩達を牽制する。

「マルディー気をつけてね、来るわよ!」

「「わかったわ」」

 双子のマルディー先輩は距離の近いリアナに注意が向いている。
 その隙をリアナは逃さず、オレの方をチラリと見てから軽く頷く。

「【クロノス】」

 オレだけが動く事を許された百分の一秒の緩やかな刻の世界は、三秒間だけ刻の流れを緩やかにする。
 オレはその間に【身体強化】をかけて、マルディー姉妹に向かって行く。その距離は五十メートル。
 
(この距離じゃ間に合わないが、どれだけ近づけれるか? ここで二人をやつけたいから……かなり接近しないと難しいなぁ)

 【クロノス】は解けたがオレの全力疾走により、マルディー姉妹との距離は残り四メートル。

(よし、この距離なら間に合う)

 オレは剣を構えてもう一段階スピードをあげる。足の筋肉は後に悲鳴を上げると思うが……

「「なっ! いつの間に!」」

 マルディー姉妹は先程まで遠くにいたオレが目の前にいる事に驚き、反応が遅れていた。

「すみません先輩!」

「「キャー!」」

 オレは【身体強化】を解かず、力加減を誤らないように二人の腕を木剣で一撃。
 そして二人は戦闘祭りから脱落し、後はフィーネとリアナに託してオレもその場にしゃがみ込んだ。

(もう無理! 全身が痛過ぎる)

 やりきったオレは置いといて、ルーシーお姉ちゃんとフィーネ達の戦いは始まった。
 ルーシーお姉ちゃんもフィーネも共に攻撃の精度は高いが、フィーネの動きがおかしかった……
 
 いつものフィーネなら躱す事ができる魔法に、反応できず、弓を盾にして防御するばかりだった。
 そんな状態も長くは続かない。

「キャー!」

 ルーシーお姉ちゃんの放つファイヤーボールがフィーネの弓を吹き飛ばす。
 そして続けざまにフィーネに四発のファイヤーボールが襲いかかる。

 一つ目はバックステップで回避する。そこへ間髪入れずに二つ目が飛んでくる。
 フィーネは右足を軸に身体を捻って半身の姿勢を取って躱す。
 続いて三つ目が襲いかかり、フィーネは無理矢理身体を倒すように躱した。
 そして右手で地面をついたところに四つ目のファイヤーボールが飛んできて見事にフィーネの腕に直撃した。

「しまった! キャー!」

 ピカーン!

 フィーネの防具が光を放ち、ここで脱落する事となった。

「フィーネ!」

「フィーネ!後はぼくに任せてくれ!」

 オレは重たい身体を起こして、フィーネの元に駆け寄ろうとする。
 リアナは足を止める事なく、ルーシーお姉ちゃんに向かって行く。

 ルーシーお姉ちゃんが魔法を唱える前に、リアナが袈裟斬りを放った。

「甘いわ!」

 リアナの袈裟斬りにルーシーお姉ちゃんは反応して、短剣サイズの木剣で受け止める。
 そこからは巧みに接近戦に持ち込むリアナと防戦一方のルーシーお姉ちゃん。

「ルーシー先輩。剣技ではぼくに分がありますので」

 リアナは右切り上げから、流れるような切り下ろしを放つ。ルーシーお姉ちゃんの腕を目掛けて。

「リアナちゃん! 先輩に花を持たせないつもり?」

「ルーシー先輩! 手を抜くのは失礼と思いますので」

「もう! 頑固者」

 ルーシーお姉ちゃんは三分間猛撃を防ぎ続けていたが、最後は力負けしてリアナの横切りが胴を捉えた。

 そしてルーシーお姉ちゃんは脱落した。

「フィーネ大丈夫か?」

「ク、クライヴ……だい……じょうぶ…………じゃないかも」

「えっ? どうしたんだよ! どこか怪我でもしたのか?」

「実はモーガンに助けられた時に足を捻っちゃってて……アタシとした事がこんなところで脱落するとは…………グス……ごめんね……グス…………クライヴゥ…………」

 フィーネは悔しさを滲ませ鼻声で答えていたが、涙を溢れさせまいと堪える姿に胸が締め付けられる……

「後はクライヴに任すんだフィーネ。クライヴ! さぁ後はぼく達だけだ!」

 フィーネを諭すように声かけたリアナは何処へやら……オレと戦える事が嬉しそうなリアナが喜びを噛み締めるように声をかけてきた。

「あぁ、オレはもう疲れたから不戦敗でいいよ」

「さぁ勝負をしよう! 勿論ぼくと一対一の戦いだ」

(あれ? おかしいぞ……リアナさん…………オレの声が届いてなかったのか?)

「クライヴ……アンタ負けたら許さないんだからね!」

 激おこなフィーネさんからのプレッシャーも凄い……

「あの…………不戦敗」

「さぁクライヴ! 準備ができたらいつでもいいよ。それまで君の回復を待とう」

 さらに目を輝かせてリアナはオレに声をかけてくる。

(さぁどうしよう……)
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